募集

 少女を助けたあとルクが向かったのは目抜き通りメインストリートに位置する狩猟協会ハンターズギルドだった。


 図書館で得た知識によると、元々『ギルド』とは『同じ職業を持つ人の集まり』を示す単語らしい。


 しかし、時代が進むにつれてそれらは一つないしは複数の大企業などに姿を変え、今はハンターや行商人といった限られた職種のギルドだけが残っているとのことだ。





 満員電車もかくやと思うほどの人口密度の人混みを抜けた先に、目的地はあった。


 スサム区ギルド。区ごとに設けられるハンターズギルドにおいては、比較的歴史が浅い新興ギルドとして有名だ。


 設備も充実しているらしく、建物から古めかしいイメージは感じられない。扉もまさかの自動開閉式だった。




 木を基調とした温かみのある内装と、ロビーに隣接したカウンターのある酒場。中はギルドらしさに溢れていた。入口付近にある掲示板には、人が集っている。



「なー、いいだろ。一晩くらいさあ」


「何度言っても無駄ですし、何度言わせるつもりですか。無理なものは無理です」


 ロビーの受付口では、受付嬢とハンターと思われる若者が話していた。どうやらナンパのようだ。反応を見る限り、男の連敗らしい。


 ルクはその隣のレーンに並ぶ。皆、並んでいる人は手に端末やら紙やらを持っている。


 ルクの常人離れした眼は、ルクの前に並ぶ男性が手に持っている紙に書かれた文字をはっきりと捉える。


(依頼書、のようなものかな?)


 紙には依頼概要や報酬、留意事項についての記載がなされていた。その隣の人が持つ端末にも似たようなことが表示されている。


「次の方」


 そうこうしているうちに、自分の番が回ってきた。受付嬢は、こちらを見て柔和な笑みを浮かべた。


「新規の登録ですね」


 そして、見事に要件を当ててみせる。驚きが表情に出ていたのか、


「一応、ギルドの受付嬢ですからね。よく来るハンターさんの顔は全部覚えてるんです。それにどの媒体の依頼書も持ってらっしゃらないようなので、初心者ルーキーの方かなと思いまして」


「その通りです。ハンターになりたくてここに。それにしてもよく覚えられますね、全員の顔なんて」


「全員といっても、せいぜい500人ぐらいですよ。流石に常連さん以外は……」


 そう言って、彼女は恥ずかしそうに笑った。


 それでもだ。人の顔を覚えるというのは、一種の才能と言うべきものだ。共に生活をする訳でもなく、この場で顔を合わせるだけなのに。


 すると背後から、誰にでもわざととわかる咳が一つ発せられる。


「す、すみません。長話が過ぎました。それでは手続きなんですけど…………」










「最近の端末はこんなに便利なのか」


 と、ルクはギルド内の共有スペースで独りごちる。労働意欲旺盛な受付嬢から渡されたのは、あの端末だった。


 ルクの比較的小さな手のひらにも、すっぽりと収まる程の大きさ。重量も、同じ大きさの書物よりはずっと軽いだろう。


(文章で読むのと実際に見るのは、全然違うな……)


 百聞は一見にしかず、とはよく言ったものだと感じる。同時に、きっとこの先もこのような現実との齟齬を感じることになるだろうとも思う。


 辞書は所詮辞書に過ぎず、誰かの見地フィルターを通してでしか情報を得られない。ルクが本当に欲しいのは『生きている情報』だった。



 何度か適当に画面に触れ、操作のコツを覚える。図書館のタブレットとほとんど変わらないので、慣れるのに時間はかからなかった。


 五分後には、意外にも入力が複雑だった手続きを済ませていた。





 そして、晴れてハンターに







「あなたの受験番号は16011919です」







 なれなかった。



 画面には、無機質な文字と数字が並んでいる。


 どうやら、入学試験のような者を受けなければならないらしい。いや、この場合は入社試験の方が適切か。


 この表示を見る限り、ハンターになるにはかなり時間がかかりそうだ。それも週単位で。


 その事実に肩を落とすルク。これでは、あのクリネという少女にいつまでたっても追いつけない。


 何とかできないものかと、あれこれ触っているうちに、試験日程や場所などの情報の下に小さく書いてある注意書きが目に入る。


『ただし、ギルドが定める特定試験官を『武具なし』で『一分以内』に降伏させた者は年齢性別を問わず、ハンターとして採用する(なお、社会的規範を守れるものに限る)』


 ご丁寧に、二重括弧までつけられて強調されている。


 これは、ギルド側が如何にこの試験が難しいかを示すための比喩ひゆに過ぎないのだろう。


(けど、僕にとっては願ってもないチャンスだ)


 しかし、この世界にはそれを本気で受け止める者もいる。



「まずは……」



 そして、それに挑んでしまう者も。






 _____________________







「ええっ、一分ルールに挑戦する!?」


 ルクは、先程お世話になった受付嬢にもう一度話し掛けていた。案の定、驚かれる。彼女の目は皿のように丸くなっていた。


「きっと、あの書き方から察するに誰もクリアしたことがないと思うんです。けど、僕にはどうしても早くハンターになりたくて」


 はやる気持ちを抑えながら、正直に思ったことだけを口にする。変に取り繕わず、ただひたむきに誠意を伝える。


「うーん、事情は分からないですけどそこまで言われてしまっては無下むげには断れませんよ」


「本当ですか!」


 ルクと受付嬢を隔てる木製の机を思わず、叩いてしまう。返答も若干食い気味になってしまった。


「まぁまぁ、落ち着いて。言っときますけど、かなり難しいですよ?現役のハンターですら、この条件で勝てる人はそう居ないですね」


 彼女はキッパリと言いきった。それは仕事が仕事なのだから、ハンターたちの実力だって正しく把握しているに違いない。


「それでもです。やれることは、なるべくやっておきたいんです」


「了解です。えっと、日時なんですけど」


 彼女が後ろにあるボードにあるスケジュール表らしきものを確認しようとすると


「今日、じゃ駄目ですか?」


「えっ」


 受付嬢は、唖然として口を開けている。何か手に持っていたら、それを落としていたかもしれない。


「いい、ですけど。あの、準備とかはいいんですか。ルール上は、特定試験官の情報が公開されたあと一週間は修行期間が与えられるのですが」


「申し訳ないですが、一週間も待てません」


 その返答を聞き面食らった様子だったが、どうにか受付嬢から許可を頂くことが出来た。


「では、私からお伝えするのはただ一つですね」


 そこで、一旦言葉を止める。ゆっくりと息を吸い込み、続きを言う。




「今回の特定試験官は私です」




 ______________________





 辺りは騒然としていた。


 室内のイメージと噛み合わない土の床が一面に広がる。いかにも頑丈そうな素材で出来た壁に囲まれ、その上には観客席まで用意されている。


 闘技場。それ以外の何物でもなかった。


「おい、あいつが噂のやつか?」


「ガタイのいい巨漢って俺は聞いたけど」


「私は皆が振り返るような美少女だと伺ってます」


 随分と噂に尾ひれがついているようだ。性別まで変えられてしまっているものもあるらしい。


「むむ……予想外の人数です。あんなに大声で言うんじゃなかったな」



 目の前には、先程の受付嬢が構えていた。


 下ろしていた髪を後頭部で束ねた総髪ポニーテール姿で、手には訓練用らしき装飾のない鈍色の槍が握られていた。服も動きやすい金属製の軽鎧を着込んでいる。


(前代未聞の特例試験……あまり大事にしたくないということなのかな……?)


 受付嬢もとい特定試験官は渋面じゅうめんだった。


「ちゃっちゃと終わらせないと、収集がつきそうにありません。準備はいいですか」


「いつでも」


 ルクは、敢えて挑発するかのように言った。相手はそれが気に触ったのか、一直線にこちらへと向かってくる。


 ここまでは目論見もくろみ通り。あとは少々気が引けるが隙だらけの胴に打ち込むだけ。


 余裕を持ちながら、拳を合わせていく。勢いは相手が十分につけてくれている。


「ふっ」


 ぶつかる寸前で、試験官はルクの視界から消え去る。同時に観客席からはどよめきが起こる。


 本能的に後ろへと飛び退くと、上から降ってきた試験官とともに槍が地面へと突き刺さる。


 間一髪。これは試験なので寸止めで終わるだろうが、戦場ならば容赦なく仕留められる一撃だった。


 そこには、優しくルクに端末の使用法を教えてくれた彼女の面影はなかった。紛れもない一人の戦士がいるだけだった。


「なめてもらっては困ります」


 受付嬢の時よりも低い声質トーン


「これでも、一ギルドの受付嬢を名乗っています。言葉だけでは説得できない状況だって、時にはあるんです」


 だからこそ、『戦える』受付嬢が必要とされているのだろう。


 このギルドには様々なランクのハンターが行き交っていた。それはつまり、彼女がその全員に対処しうる力を持つということだ。


「一筋縄じゃいかなそうですね」


「もしかしたら、三筋縄でも足りないかもしれませんよ」


 多分、彼女自身は半分冗談くらいのつもりで言ったのだろう。しかしルクからしてみれば、それは単なる事実どころか謙遜のようにすら感じられた。


 今使える技を全部使うしかない。そう確信した。


「身体改造『鋼鉄化メタライズ』」


 この技は、見た目の変化はほとんどない。むしろそれを長所としている。


 この地上に降りてから最もお世話になったが、初見で皮膚が硬化したことに気付ける者は少なかった。


 カタパルトから射出されたかのようなスピードで、ジグザグに進んでいく。タイミングを一回一回変えながら、じわりじわりと迫っていく。


 迫ると同時に思考も重ねていく。


(設けられた時間は一分。……つまり、先程の会話の時間をいれると)


 あと数メートルのところだった。


「な」


 ルクは驚きで声が漏れるものの、どうにか足を止めずに反復横跳びを行い機会を伺う姿勢となる。


 そして驚いた理由は、


「おい、あの試験官の姉ちゃん目を瞑っちまったぞ!?」


 彼女が目をつむったこと


(体中からマナが溢れて出している。何かが来る)


 次の瞬間、彼女の両手がブレた。


閃光突シャイニスタブ


 体の表面に纒わり付くようにあったマナの塊が、槍の先端に集中していく。


 突き出された槍からほとばしるのは黄色がかった一条の光。その見た目に恥じず、圧倒的な速さを誇る。


 が、その一撃は虚しくルクの横をすり抜けていく。相手は目を閉じているので、避けることは別段難しくはなかった。


「何だったんだ……?」


 外れることは明らかだ。それなのにこの技を放ってきた意味、それは。


(まさかっ、)


 咄嗟とっさに強く踏み込み無理やり動きを止める。地面は耐えきれず沈み込む。


 すると、これから動こうとしていた場所に光が通過する。光はそのまま壁に激突し、


 頑丈そうだと思っていたが、マナまで弾く壁だとは思いもしなかった。最初から、これが狙い。


「反射し続けますよ、この壁だとね」


 見越したように試験官は言う。


「ほとんど、反射時の威力減衰はありません」


 こうして彼女が言葉を繋いでいる最中にも、光線もとい魔導線マナムが縦横無尽に闘技場内を駆け巡っていた。


 一条のはずなのに、あまりの速さから何本もあるようにすら感じる。これでもう少しここが狭かったなら、とても恐ろしいことになっていたはずだ。




「さあ、あと十五秒ほどですが降伏しますか?」




「ご冗談を」








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