逃避

「じゃあ、あんたはその変ななりをした野郎にコテンパンにされて、クリネに拾われたと」


 ルクからの詳細な説明を受けたレマグは、内容の確認をする。


「そうなりますね。あの時は、本当の意味で手も足を出なかったので、クリネさんには感謝してます」


 そう言って、彼はクリネに微笑む。それに対し、まともに目も合わせられなくなったのか、クリネは俯いてしまう。


(そんなこと経験したら、普通はハンター辞めちまうと思うけどな…)


 そんな様子を見ながら、レマグは自分の中での彼の評価を上方修正していた。


(ま、多少は骨のあるやつってことか)


 ほんの少しだけではあったが。



 立ち話をいつまでもしてるのもあれだと思い、彼らはギルドの酒場へと足を運ぶことにした。


 今日は昼頃ということもあり、かなり空いているのが確認できた。客はいない訳では無いが、十二分に座れるだろう。




 レマグが頼むものを悩んでいる、その矢先だった。





「ルク=シュゼンベルクはいるかな?」





 澄んだ低い声。


 ギルドの入口の方からだ。そちらに目を向けると、一人の青年がたたずんでいた。


 ジーパンにTシャツという非常にラフな格好だが、装飾品の類はなくむしろ下手な正装よりも、フォーマルな印象がする。


 上下の服は、どちらもシミや汚れなどが見受けられず、清潔感がある。


 しかしあまりに綺麗すぎるので、何となく近寄り難い雰囲気も同時に存在している。


「おい、兄ちゃん。ここはお前さんのようなひょろひょろ野郎が来るとこじゃねぇんだよ。ガハハハハハ。とっとと、愛しのママの所へでも帰るんだな!」


 最初に反応したのは、ルクとは別の中年ハンターだった。レマグの記憶では、そこそこ実力のあるハンターだったと思う。得意武器はアックスだったか。


 中年ハンターの冷やかしにつられて、周りにいた他の者も下卑た笑いを出す。格好から判断すれば、この場に相応しくないのは間違いないだろう。


 しかし、ルクはじっと状況を伺っていた。目線はしっかりとジーパン青年に注がれている。


 レマグもつられて笑おうとしたが、彼のただならぬ様子を見て止める。


 まだ完全に信用した訳では無いが、少なくとも無意味なことをするような人物ではないと信じていた。


 クリネは、心配する表情を浮かべている。優しい子だ、とつくづくレマグ思った。


 すると、


「返事がない、か。言っておくがここに彼女がいることは、既に調査済みだぞ」


 青年は、周りの野次を全く気にとめていない様子だった。冷静に、目的を果たそうとしている。


 ルクが、そっとレマグに耳打ちしてくる。


(レマグさん、落ち着いて聞いて下さい。彼は。あの男は危険人物です。僕が話しかけている間にクリネさんと逃げて下さい)


 どこに、などとは聞かなかった。レマグの行動は迅速だった。


「えっ、どうしたの」


 素早くクリネの手を引っ張り、裏口へと急ぐ。このギルドには裏口が存在し、そこを抜けると雑居ビルが立ち並ぶ通りに出ることが出来る。


 ジーパン青年の気を引かないように、なるべく自然な動きを心掛ける。しかし、レマグはチラチラと青年を見ざるを得なかった。








「僕ですよ、あなたの探しているルクというのは」




 大きいルクの声がギルドに響く。笑い声も次第に静まっていた。


 以前、皆の前であれほどの実力を見せた者が真面目に話し始めたのだ。このギルドという世界は、実力至上主義だということを誰しもが知っていた。



「ああ、君か」


 青年は、ここに来てから初めて反応らしい反応を示した。そして、にっこりと笑いながら言う。





 それは威圧の笑みだった。




「クリネ=システィナベルの居場所を吐け。さもなくば…まぁ、分かるな?」



 やはり目的はルク自身ではなく、彼と繋がりのあるクリネの方だった。


 この纏っている雰囲気も、あのダムと似ている。喪失者ロスターズの一員と考えて間違いないだろう。


 こちら側の意思は関係ないようだった。二人の間の空気は徐々に険悪なものになる。それには、中年ハンター達も気圧されてしまったようだ。


「知りません」


 一言だった。きっぱりと言い切る。ここで負けては駄目だ。そういう意思が言葉に滲み出ていた。


「……了解した。ここでのも良くないだろう。表へ出ろ」


 相手もそれに応じて、指で入口を指しながら言った。しかし、ルクが本当に驚愕したのは次に紡がれた言葉だった。





「……くっ」


(何もかもお見通しか……これは、相当やりにくい戦いになりそうだな…)


 ルクは、ダムと対峙した時とはまた違った切れ者特有の圧を如実に感じていた。








 _______________________







 二人は、裏口から通りへと出た。


 気づくと、クリネを掴んでいたレマグの手は汗でびっしょりだった。そんなに長い距離を走った訳では無いのに、息が荒い。


 あの場から逃げることだけを考え、脇目も振らず逃げ出した結果だった。


「急に走り出して……何かあったの?」


 クリネは、まだこの状況の不味さに気づいていない。でも、事実を素直に話せば、ルクを助けにギルドへ戻ってしまうかもしれない。


「ほら最近、二人で遊ぶ機会がなかったじゃん。だから、一緒にどっか行こうかな~って」


 親友に嘘をつくのは心苦しかったが、これが後に優しい嘘になってくれることを祈るばかりだ。


「……ルクさんは?」


彼奴あいつはいいんだよ!!!」


「えっ」


 突然の大きな声に震えるクリネ。その姿に一瞬本当のことを話したくなったが、どうにか心を持ち直す。


「悪い、大声出して。ルクを大切に思う気持ちは分かる。けど、今日ぐらいは、私の相手もしてくれよ、な?」


 これは本音だった。クリネは、彼に会ってから変わった。


 彼女は、いつもいつもルクの話題ばかり話すようになった。出会ってからそんなに日にちが経っていないというのに。


「ルクさんがね~」


「あ、それルクさんが言ってた!」


 最初のルクのイメージが悪かったのも、親友を取られた気がしたからという幼稚な理由からだった。


 とにかく、勘づかれる訳には行かない。これは誰よりもまずクリネのためを思っての行動なのだから。


「う、うん。分かったけど、大丈夫……?さっきからなんか変だよ。いつもと違って焦ってるよ」


 全力で隠したつもりだったが、バレてしまったようだ。クリネがさといのか、レマグが気持ちを隠すのが下手なのか、はたまたその両方か。


「大丈夫だ。ちょっとゲームで夜更かししすぎちまったから、カリカリしてたみたいだ。ごめんな」


「ううん。気にしないで」


 クリネは、ようやく笑ってくれた。どうやら、最悪の事態は防げそうだとレマグは内心安堵した。


「よし、じゃあ今からゲーセン行くか。目指せ、新機種全制覇!まずは手堅くガンシューから……」


「ふふ、ゲームし過ぎたってさっき言ったばかりなのに〜。ていうか、ゾンビ系は止めてね?」


 そうは言っているが、満更でもなさそうだ。いつもの調子が戻ってきたような気がした。


 これは例の「押すなよ」パターンな通ずるものなのだろうか。この近くのゲーセンの場所と最恐のゾンビゲーを脳内ピックアップしていく。


 しかしそういう浮かれた気分の一方で、あのジーパン青年のことが頭から離れなかったのは言うまでもないだろう。


 さっきまでのことが夢だとしたら、どんなに嬉しいことだろう。


 少しの不安と、喜悦きえつを抱えながらレマグは、親友と共に歩き出した。クリネを握る手には、先程とは違う温かさが宿っていた。





 _______________________






「お前、ダムにこっぴどくやられたそうじゃないか」


 こちらの男二人組は、クリネ達とは反対側の大通りに出ていた。平日かつ昼前ということもあり、街ゆく人はまばらだった。


 青年は、ずっと余裕な態度を崩そうとはしなかった。負ける気がしないのだろう。


 実力は未知数だが、ダムと同レベルと考えるとかなりのやり手であることは間違いないだろう。


 単騎で来ていることも、その証拠であった。頭も切れて戦闘面もいけるとなると、よっぽどダムより危険だった。


「ははは、恐れのあまり言葉も出ないか。それもそうだろう、だってこの私が相手だと言うのだからな」


 傲岸不遜もいい所だとルクは感じた。高純度のプライドの塊だ。


 違うと言いきれない自分が、何より情けなかった。


 それでも、相手に気取られないように話す他なかった。


「つかぬ事をお伺いしますが、名乗って頂けないでしょうか?」


「ふむ、私としたことが。失礼した」


 彼は、わざとらしい仕草をした。先程から、妙に一つ一つの動きが演技くさく鼻につく。


 そしてここも、ダムとの類似点だろう。


 目的に囚われすぎて、他のことが見えなくなる。自分本位な生き方だが、裏を返せばそれを貫ける実力があるということだ。


「しかしえて教えないというのも、また一興いっきょうでは無いか?」


勿体もったい付けないで、教えてください」


「つれないな。芸術が理解できないというのは、非常に残念な事だ。人生の浪費とも言える」


 ルクはそれには答えず、青年を睨みつける。彼は説得は無理だと諦めたのか、溜息をつきながら話し始めた。





「『嫉妬』の喪失者、ユオラエジュと言う。お察しの通り、喪失者達ロスターズの一員だ。まぁ、あいつらを仲間だと思ったことなど、一度もないがな」

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