復活

「……大丈夫なんですか?」



 腹部を中心とした大きな痣、折れたと思われるおかしな曲がり方をした腕や足。血色の悪い肌に、弱々しく痙攣する唇。



 そして、口から溢れ出てくる血。



 彼の体は、誰が見ても満身創痍だと答えるだろう。


「はい、大丈夫ですよ。こんなの怪我のうちに入りませんよ」


 もっとも被害者本人が、一番状態を軽く見ているというのには、驚きだった。


 いつまた気を失うか、分からないというのに。


「で、でも、ダメですっ!やっぱり、安静にしてなきゃ。ほら、私がルクさんの家に運びますので」


「あ、すみません。そうしてくれると、助かります……よいっ、しょっと」


「うおっ……と」


 そう言うと、彼はふらつきながらも立ち上がる。慌ててクリネは近づき、彼を支える。


「もぅ、無理しないで下さいよ……」


 彼の体は、思ったよりも軽かった。死期が近づくと体重が減少するという話を思い出し、ドキリとする。


 しかしそれは老衰の特徴だった思い直し、安堵する。


 そんな無駄なことを考えてしまうほど、彼女の気は動転していた。


「ルクさんの自宅は、知ってます。だからもう、安心して寝ていいですよ」


「なんで、僕の」


「あ、や、それは聞かないお約束ですよ?」


 クリネはしどろもどろになりつつも、答える。友達をダシにして、あなたの情報を手に入れたなど言えるはずがない。


「うーん、引っかかるとこはありますが、クリネさんの可愛さに免じて深くは聞きませんよ」


「ふ、ふぇっ!?」


 ルクには適わなかったが、何とかバレずに済んだ。クリネの慌てふためく様子を見て、ようやく彼はいつものように微笑んだ。






 _______________________






 何処ともしれぬ、路地裏での会話だった。


「どうだった?そのルクとか言うやつは」


 暗闇の中、片方が言う。その口調は重く、諭すようなものにも感じられる。


 顔は暗がりでよく見えないが、溢れ出る覇気によって、周囲に人を近寄らせないのは確かだった。


「うーん。思ってたより、弱かったなぁ。なんか拍子抜けだよ。


 もう片方が答える。質問者とは対照的に、明るい口調だった。しかし、その声音には、硬さがあった。


「あの御方の言うことは絶対だ。それで……「トリガー」の方はどうした?」


「見つからなかったよー。接触はしてるはずなんだけど、彼は吐いてくれなかったの」


「お前は、尋問が下手くそなんだ。やりすぎるのはよくない。最近もほら、事件を起こしたそうじゃないか」


「えー、だってぇー、あの人が「怒れる人」だっただもん」


「それでもだ。。関係の無い殺しは、私達の存在を世に広めてしまうだけだぞ」


 物騒な単語が並ぶ。少なくとも、一般人の会話ではないだろう。


 二人は、そんな単語が出てきても、一切表情も変えない。当たり前だと、言わんばかりであった。


「っ?」


「どうかしたのか?」


 急に軽い口調の方が、顔をしかめる。何かを感じ取ったのかというのだろうか。


「……まさか、追っ手か!?」


「しっ!黙って」


 指に手を当てて、沈黙を促してくる。


 明らかに焦燥しているが、それは追っ手が迫っていると言うよりは、不本意ながら良からぬ事を知ってしまったようだった。


 そして静寂を破り、語り出す。


「うん、間違いない。あいつ、_____」






 _______________________






 ルクに肩を貸しながら、何とかルク家に到着する。彼の案内もあり、迷うことは無かった。


 時間が時間なので、酔っ払いに間違われたらしく、クリネ達を見ても怪しむ人はいなかった。


 彼の部屋は、アパートの二階の階段から最も遠い所に位置していた。


 彼の体を支えながら、階段を上るのは想像よりも大変だった。


 しかし、ここで休むわけにはいかない。自分より大変なのは、支えられているルクなのだから。


「ふぅ……ただいまです……」


「なんか新鮮ですね。ずっと、一人暮らしだったので」


 彼をリビングのソファまで持っていき、横にさせる。流血は、タオルを拝借し拭いた。


 クリネも着ていた軽鎧を脱ぎ、床にへたり込む。


「ここまで、運んで頂きありがとうございました。僕はもう大丈夫ですので」


 ルクが、言外に帰宅を勧めてくる。自分はなんとかなるから、帰って貰って構わないと。


「重体の人を一人にするなんて、出来ません。それに、こんな時間に女の子を独りで帰らせるつもりですか?」


 クリネはそれでも、食い下がった。自分でも、意地の悪い問いかけだとは思う。


「そう言われては、仕方ありませんね……」


 彼はソファーの上で、力なく笑った。


 ルクは、その後直ぐに眠りについた。余程のダメージだったのだろう、縁起でもないが、まるで死んでいくかのようだった。


 こんな時でも規則正しいルクの寝息のみが、クリネの安心できる裏付けとなっていた。


「これで、ようやく私も………あれ」


 クリネは、重大なことに気がつく。部屋に入った時は、気が動転しており、気にも留めなかった。


「私、どこで寝ればいいんだろう……」





 _______________________





 応接間にて。


 クリネが足早に立ち去ったあとも、アルフレッドは孫娘と会話をしていた。話題は、ここに先ほどまでいたハンターについてだった。


「爺ちゃん、あの子、大丈夫だと思う?」


「うん?クリネのことか?そうだな……」


 アルフレッドは、顎に手を当てる。レマグは、それが彼の熟考する癖だということを知っていた。


「何かあっても、ルクが何とかしてくれるだろ」


「そんなもんかねぇ~」


 他力本願なことこの上ないが、見方を変えれば、ルクの実力が買われているということでもある。


 しかし、レマグはその実力をよく知らなかった。アルフレッドだって、実際に見ているわけではないのに、どうしてそこまで自信を持てるのだろう。


「あの『戦神』に、見込みありと言わしめたやつだぞ。実力は担保されとる」


「え、マジ?」


 レマグはそれを聞いて、ようやく彼を信用することが出来た。


 アルフレッドの旧友であり、魔導戦争を生き残った猛者が言うのだから、間違いはないだろう。


 レマグは、昔、調子に乗って彼に挑んだことがあるが、見向きもせず返り討ちにされたことを思い出す。


「じゃあさ、じゃあさ」


「どうした?……まさか、デートは嘘だったなんてことはないよな……ないよな!」


 ワナワナと震え始めるアルフレッド。


「そんなことは、言わないよー。いやね、もしそんな彼が、後れを取るような相手がいるとしたら、どんな人なんだろうって」


「なんだ、そんなことか」


 アルフレッドの震えが、ピタリと止んだ。彼は、そんなこと言うまでもないといった感じで、レマグに告げた。








「そんな輩は、

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