第二章

始動

「クリネさん、そっちに飛んでいきましたよ」


「分かりました!こちらで迎撃します」


 周囲の様子が見えずらい、森の奥深くで二つの声が木霊する。


 ルクとクリネは囲うようにして、獲物を狙う。木々が生い茂り、木陰の隙間から漏れるわずかな木洩こもれ日が、薄暗い世界の中で唯一の頼りだ。


 クリネの剣閃が、正確に弱点へと迫る。


 少し鈍い音がした後、その獲物__牙狼フェンリルは、首が落ちる。体は数回痙攣を起こし、そのまま力なく倒れる。


「ふぅ。あとは、魔核コアを剥ぎとるだけですね」


「ルクさん、結構私たち、狩り慣れしてきてるんじゃないですかね?」


「まだまだですよ。この牙狼も討伐危険度サブジュゲーションリスク4程度ですからね……」


 討伐危険度サブジュゲーションリスク。ハンター達に、分かりやすく対象の危険性を伝えるために、制定されている公式指標だ。


 これが設置されていたあとは、ハンターの死亡率はぐっと下がった。


 討伐危険度には、1~10までの十段階があり、討伐危険度1はほとんど人間に害を及ぼさないもので、討伐危険度10は天災級のものだ。


 因みに、ルクがクリネに出会った時に、彼女が相手していたベアリンスは討伐危険度3であった。


 成人男性でも対処が難しいものの、ハンターにしてみれば、駆け出しの討伐対象によく選ばれるぐらいのレベルだった。


「ルクさんは流石さすがですね……私もその謙虚な姿勢は見習わないと」


「臆病なだけですよ。少しの慢心が命を落としますからね」


 ルクは会話をしつつ、手際よく魔核の剥ぎ取りを進めていく。やがて、肉塊となった牙狼の体から、美しい群青色の玉が取り出される。


「うーん、何度見ても魔核は美しいですね……強い魔物のものは特に」


 魔核というものは、魔物にとって心臓のようなものだ。自身の生命を司る器官であり、その所持者が強いほど、魔核はより美しく大きくなると言われている。


「では、狩猟協会ギルドに戻りますかね…」




 ______________________




「昇格、おっめでとうごさいまーす☆ラムレットちゃんも嬉しいですー」


 ギルドの受付口に行くと、猫族ケットシーのお出迎えがあった。


 軽い口調と明るい雰囲気は裏腹に、彼女のが身に纏っている赤いギルド制服は、その身分の高さを示している。


「あ、ありがとうございます!この前の依頼の時はお世話になりました」


「いやいやぁー私がやったのは、依頼をお伝えしたことだけですよー。とーぜんのことをしたまでです!」


 見かけに反して謙虚な姿勢も、ギルドで高い評価を得ている一因だろうか。


「それで、今回は牙狼の魔核の買い取りをお願いしたいのですが…」


「あ、いいですよ。それにしても、へぇ、牙狼ですか……すごい成長の早さですねぇ」


「二人ならそんなに苦労しなかったですよね、クリネさん?」


「はい!」


「………ふーん、いつの間にかそんなに仲良くなってるんですねぇー、ふふ」


「「!」」


 ラムレットは、目の間で繰り広げられる光景に対し、ニヤニヤする。クリネは、自覚がなかったようで、揃って赤面した。ルクは……そのポーカーフェイスを崩さなかった。


「か、からかわないでください…」


「あはは、ごめんごめん~」


「えっと、すみません。買い取りを……」


「あ、忘れてたー。了解了解、すぐに始めまーす」


 先程まで無邪気な顔つきだった猫耳少女は、雰囲気を一瞬にして職業モードに変える。


 メジャーのようななものを取り出してくるなり、早速魔核の大きさを計測し始める。様々な方向から測定を行い、結果をその都度メモしていく。


 魔核は、輝き、大きさ、色合い、傷の有無などでその価値が決定される。それを彼女は、卓越したスピードで測っていく。


「いつ見ても、洗練された手捌きですね……」


「褒めても何も出ませんよー」


 軽口を叩きながらも、作業は続けられていく。気づいたらものの数分ほどで作業、もとい魔核の査定は完了していた。


「ええと、結論から言うと上質な魔核ですね。少し小ぶりではあるものの、傷が無く色合いも美しいので、問題ありません」


「良かったー、心配してたんですよ、傷がついてたらどうしようって」


「ここに来るまで、何度も何度も確認してましたもんね」


 まるで我が子のように玉を抱きかかえ、周囲から後期の目で見られたことは、記憶に新しい。


「じゃあ、査定額をお伝えしまーす」


「ごくり……」


 とうとう開示される値段。


「ドッドッドッドッドッドッ、、ジャン!15万イェノムです!」


「おぉ…」


 声を漏らすクリネ。ルクは、それを聞いて表情を少し和らげる。上級ハンターの依頼一件分にしては少ないが、それでも稼ぎとしては十分な金額だった。


「では、支払いどうします?現金キャッシュ、または電子マネーで出来ますが?」


「えっと、ルクさん、電子端末持ってましたっけ?」


「ええ、持ってますよ。こんなこともあろうかと、契約をしておいたんです」


流石さすが、ルクさん」


 ルクの手には、まだ使用の形跡があまり見られない四角い箱状のものが握られている。


「じゃあ、問題ないですねー。それでは、端末をここにかざして下さーい」


 先にクリネが指示された通り、円盤型の機器に端末をかざす。


 触れた瞬間、明るい電子音が鳴り響き、端末内に存在するクラウドバンクに報酬が振り込まれたことが示される。


 ルクは初めての振り込みに少し戸惑いつつも、何とか作業を完了させる。


「これで完了です。お疲れ様でした。また来てねー!」


 二人が帰ろうとした時の事だった。










「おいおい、やっと終わったのかよ。俺は、忙しいんだよ。ったく、新人のために割く時間なんかねぇーつーの」


 ドスの効いた声が、二人の背後から聞こえる。質の良いサイバースーツを見に纏い、腰に刺してある高周波ナイフも同様に金がかかっている。


 髪はくすんだ金色で、見た目は三十代後半。眼光は鋭く、眉が濃い。髪の間からチラチラと見える、額の傷がなんとも顔全体の圧を強化している気がした。


「すみません、貴方の仰る通り新人なもので、貴方の名前を存じ上げないのですが、教えて頂けますか?」


 ルクが尋ねる。クリネだけでなく、周囲の人やラムレットですら、口を開こうとしない。そんなにも、このギルドで幅を利かせているのだろうか。


「ほう、俺を知らないと。それは、この俺を馬鹿にしているのか?………いい度胸だな」


 金髪男のただでさえ凄まじい圧が、さらに強くなる。


 正に、一触即発の状態だった。








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