昇格

「……どっちも立ってる……?」


 信じられるだろうか。あの光の奔流を受けてすら、倒れてないのか。


「正気じゃない…」


「?」


 何もかもを知っている上で、驚いている口調だった。戦神ガランドが、立っている理由を知っているようだった。


「あの瞬間、あなたはエルトからの電撃を受けつつ、レイピアを地面へ刺した………そう、


「アース?」


「漏電などを防ぐために、大地へ回路を繋ぐことです」


 別名、接地。


 洗濯機などは水を扱うので、漏電の危険性がある。そのためアースがあると、電気が電気抵抗のある地面へと流れ、感電を防げる。


「そんなの、むちゃくちゃじゃないですか。だって、電気がガランドさんに流れてることに、変わりはないのですから」






「そこは、意志力の問題ですね」


 と、先程まで口を閉ざしていた本人が語り出した。いつしか、戦闘モードの口調も解除されている。


 服は、持ち主のようにはいかなかったのだろう。あちこちが焦げ付き、破れ、気品さなどは霧散していた。


「確かに、意識が飛びそうにはなりましたよ。さすが、ルク様。考えることがいやはや恐ろしい」


「光栄です」


(それを意志とかなんだかで、耐え切った貴方の方が怖いですよ!)


 クリネは、心の底からそう感じた。


「それより、ルク様もクリネ様も素晴らしい活躍でしたね。まぁ、ですがね」


「……」


 

 これには、閉口せざるを得なかった。チラリと横を見ると、ルクも考え込んでいる様子だった。


 ゴタゴタしたが、依頼は達成したのだ。後は、このままあの壮年ギルマスの元へ、報告にいけば良い。


 戦闘によりボロボロの状態だったが、いち早く依頼達成をしたかった。その為、クリネは直ぐに出発することを提案した。






 ______________________







 ギルドへの道中にて。







 相も変わらず、豪邸ばかりが立ち並ぶ通りをクリネはルクと共に歩いていた。


「えへへー、これでようやくなれましたね!上級ハンター!」


「そうですね、これでようやくクリネさんに追いつけましたね」


 そう言って、微笑むルク。しかしクリネはその表情を見て、素直に喜ぶことが出来ずにいた。


(追いついた……か……)


 彼女は、先程の戦いを反芻はんすうしていた。ガランドが言うには、クリネの太刀筋は愚か、魔導も使えないと判断されてしまった。



 これでは役ただずもいいとこではないか。



(これでも、魔導の方はかなりの自信あったのにな……)



「どうかしましたか、クリネさん」


「いや、さっきのガランドさんとの手合わせの事なんですけど、私役立たずだったなって」


「まだ、そんなこと言ってるんですか」


 ルクは、どうやら少し怒っているようだ。何故、彼は怒っているのだろう。別に、事実を言っただけなのに。


「あの人、ああ見えてクリネさんのこと褒めてたんですよ?」


「えっ?」


 何を言ってるのか、と聞き返したくなった。だって、あんなにガランドは馬鹿にしていたじゃないか。



 使




「戦神が語り掛けるのは、ある程度実力を持った者だけと言われているそうです。それに見合わない弱者は、見向きもせず切り捨てられると専らの噂ですよ」


「__」


「言い方には棘がありますけど、きっとあの人なりに鼓舞したのでしょう。もっと強くならないと死ぬぞって」


「っ!」




 ___駄目ですよ。敵の前で一度出した技をまた出すなど。さらに、この魔導は練度が低すぎます。大戦の魔導鎧だとしたら、傷一つつかない。



 ___




 改めて思い出してみると、ガランドのキツイ言葉の中にも、確かに優しさがあった。クリネの成長を願い、彼女に足りないものを的確に教えてくれた。


 当時は、敗北による劣等感で素直に受け止められなかった。


 しかし、今になってみると彼の「心遣い」を感じることが出来た気がした。




「ま、まぁ……僕もあの時は、感情的になってしまったんですけどね。後から考え直したんですよ」


「そうだったんですか……」


 あの時は、正直とても嬉しかった。


 出会ってから数日しか経っていないのに、ルクは自分のことを少なからず思ってくれていたんだ。




 ___黙れッッ!!クリネさんを罵った罪をここで償わせてやる!


 ___それが、あなたのせいだとしても?


 ___分かってる!自分が未熟だから、自分が弱いから!こんなことになってしまった。だから!だからこそ、ここで負けていい理由にはならないんだ!




 しかも、それを自分で全て背負って。勝てないと思い込んでいた敵に、一人で向かっていった。




 ___……弱くてもいいんですか?……先輩面していいんですか?


 ___そんなの訊かないでくださいよ。当たり前です。




「まさか、泣かしてしまうとは思わなかったですけど」


「うう……」


 あの時は、泣いて泣いて泣いて、スッキリした。


 でも、今思い出すと敵の前でおめおめと泣き、味方を混乱させているやつだ。恥ずかしいを超えて、愚かしいと言えるだろう。


「だけど、こんなに僕のために泣いてくれるのは、師匠ぐらいでした。ずっと、遠い地で過ごしていたので人との関わりが、無かったんですよ」


 そう、少し弱気に語るルク。


 今まで見せたことの無い、弱さが隠しきれていない表情だった。そんな顔を見せるほど、信用されているということなのかもしれないが。


「ルクさん」


「はい?」


「また今度、小さい頃のことをお話してくれませんか?覚えている範囲でいいんです」


「そうですね…善処しますよ。その代わり、クリネさんの昔話も聞かせてくださいね」


(故郷アルカナのことを、話せる人が出来るとは思わなかったな……師匠からは、大切な人だけに打ち明けるよう、言われてきたけど……)


 ルクが、いつの間にかクリネを大切な人だと思っていたことを、自覚した瞬間でもあった。


「ホントですか!やった!」


 無邪気な子どものように喜ぶクリネ。


 クリネにしてみれば、彼との距離が近づいたのが改めて嬉しかった。


 ルクはそんなクリネに釣られて、再度笑みを浮かべるのであった。



 ______________________




 二人は、スサム区中枢にあるハンターズギルドへ戻ってきた。


「おおっ!キタキタ!待っていたぞ、二人とも!」


「……アルフレッドさん、自らお出迎えなんて」


 中に入った途端だった。


 目の前に急に大きな壁が現れ何事かと思ったら、そこに居たのはスサム区狩猟組合長ギルドマスター、アルフレッド=ロクラタイナだった。


「当たり前ですよ。期待の新人ルーキーが、上級ハンターになったんですから!」


「おお!こいつが、噂のやつか」


「なかなか、いい面してんじゃん」


「こりゃ、大成するな?」


「酒が進むぜぇ!!」


「おいおい、俺が最初にあの新人のことに目をつけたんだぞ?忘れんなよ!俺は信じてたぞー、新人!」


 ギルド内にいた他のハンターも、ルク達二人のことを祝福していた。


「ささっ、完了手続は応接間で行いますよ」


 二人は、大きな喧噪の中を通りながら、奥にある応接間へと向かった。




 ドアを閉めると、急に静かになる。ドアを閉めると消音魔導サイレントでも発動する仕掛けなのだろうか。


「よく頑張ったな」


 まず、初めに厳しい口から飛び出したのは、労いの言葉だった。やはり、こちらが素の方らしい。この応接間を去る時に、見せたあの表情をしていた。


「ぎ、ギルドマスターってそんな顔もされるんですね」


 クリネは、見るのは初めてだったようだ。驚くのも無理はない。彼は今まで何に対しても、敬語で接していた。


 ルクだって、あの一瞬しか「素の」アルフレッドを見ていない。


「いやな、あのエルフうるさいやつに言われた迄よ。あまり、威圧感を与えないようになと」


「エルフってあのもしかして副長サブマスターのことですか?」


「そうだ」


 すると、


「お呼びですか?」


「うおっ!」


 ぬっと、一人の女性が出てくる。しかも、扉を一切使わずにだ。


 長く尖った長耳族エルフ特有の耳に、美しいブロンドの髪、翡翠色の目。どこをとっても正真正銘のエルフだった。


「この部屋に、私のことを悪く言った痴れ者バカヤロウがいるみたいなのですよ、ね?ギルドマスター?」


「ひぃぃ!」


 アルフレッドは歴戦の猛者と聞くが、その人すら恐怖させるとは一体何者なのだろうか。


「あらあら、私としたことが忘れていましたわ。お初にお目にかかります。スサム区ギルド副長サブマスター、ナシエノ=リートと申します。以後お見知りおきを」


「「はい!」」


 思わずして、元気の良い返事を返した。ルクも、クリネと同時に返事をしたようだった。





 ______________________






 軽く世間話をした後、本題へと話は移った。




 「ルクさんは、今回上級ハンターの昇格おめでとうございます」


「はい」


 毅然とした態度で、受け答えをするルク。そこには、既に上級ハンターとしての風格のようなものが感じられた。


「こちらをお受け取り下さい」


 どこからともなく、ナシエノはカード状のものを取り出した。


「これは?」


「上級ハンターの証明書です」


「おぉ……」


 ルクは、感嘆の声を隠しきれていなかった。


 クリネもその初心うぶな彼の姿を見て、過去の自分と重ね合わせた。


 ルクが手渡されていたのは、身分証明書のようなものだった。


 顔写真や、生年月日などの個人情報がズラリと乗っていた。相違点は、「貴殿を上級ハンターとして承認する。 総長グランドマスタールベルト=ベルセム」 の一文だろう。


「ありがとございます」


「心からの祝福を送ります。本当におめでとう」


 ナシエノは、ギルマスを踏みつけながら、にこやかに答える。


「ぐおっ、本当におめでとう、ぐはっ」


 アルフレッドも、折檻に耐えながら言葉を絞り出す。


「これで、やっとクリネさんと一緒にクエストに行けますね」


「はい!」


 クリネは今度こそ、心の底から笑みを浮かべることが出来た。


 今まで心に抱えていた不安など、消し飛んでしまった。


「私の顔に、何かついてますか?」


「えっ、いや」


 ルクが、じっとこちらを見つめてくる。不思議に思って尋ねると、少し焦ったような表情になる。


「なんか、顔が赤いですよ?」


「そ、そうですか?」


 クリネはルクが珍しくキョドっているのを見て、不躾ながら吹き出してしまう。


 いつもの彼からは、想像もつかない姿だったからだ。



「ほぉー青春してるなぁ、若い頃は私m、ぐほおおぉっ!」


「えっ、ええっ!?」


「余計なこと言わないでくださいね、ギルマスジジィ?」


「す、すみません許してくだしゃい」


 あの威厳は、どこに行ったのだろうか。まるで、母親に怒られている小さな子どもだ。







 ___兎にも角にも、無事晴れてルクは上級ハンターとなった。





 新たなる冒険が始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る