ホッコリ養生生活①

 ステラは枕元に沢山積まれたのクッションに身を預け、恨めしい気持ちで、ジョシュアの手元を見る。

 料理が運ばれて来る前に食べたブドウだけでは物足りず、お腹はグーグー鳴り続けている。

 それなのに彼は料理の皿をステラに渡してくれないのだ。


「はい、あーんして」


「うぅ……」


 良い笑顔で差し出されたのは、ひと匙のリゾット。

 目の前のスプーンに盛られるそれは、艶々としていて、玉ねぎのいい香りがする。


 誘惑に負けて小さく開いた口に、慎重な感じでスプーンが入れられる。

 クリームとチーズが入ったリゾットは非常に優しい味に仕上がっていて、数日ぶりにまともな料理にありつけたステラの涙腺を緩めた。


「美味しい……。生きてるって素晴らしい……です」


 ポロリと流れた涙は長い指に拭われた。


「ステラが美味しい物食べている時の顔、凄い可愛いよね」


「もっと食べたいです」


「幾らでも食べさせてあげる」 


 恥ずかしさを一度忘れた事にし、どんどん運ばれるリゾットをお腹におさめる。

 本当は自分の手で食べたいとは思う。

 しかし、三日ぶりに戻って来た身体は鉛の様に重く、スプーン一本ですらまともに持てない有様だ。

 そんな状態のステラを、ジョシュアは気の毒がってくれていたはずなのに、現在の面持ちは、まさかの気色満面。

 胡散臭く思いはするものの、彼を頼るしかない。


 ベッドの上に置かれたトレーの上には、リゾットだけではなく、白菜のスープや鶏肉のグリルが乗っていて、この介護がまだまだ続く事が予想される。


「あの……。出来れば、マーガレットさんに食べさせてほしいかもです」


「忙しいんじゃない? 今はオレが食べさせてあげてるんだから、集中してよ。ちゃんと口開けて」


「……はい」


 雛鳥にでもなったような気分で、美味しい料理を食べているうちに、だんだん脳が機能するようになってきた。

 一口ごとに元気を取り戻すようでもあり、冷えていた手足にも血が巡り、ヌクヌクし始める。

 身体が蘇っていくような感覚は心地よいもので、料理を完食し終える頃には、すっかりジョシュアに気を許してしまっていた。


「ふぅ。満腹です」


「他に何かしてほしい事はない?」


「うーん……。身体がちょっとベダベタするかもですね。お湯と布を__」


「一緒に入ろっか?」


「ん?」


 身体を拭くものを持ってきてもらえたら嬉しいと思っただけなのに、変な回答を貰ってしまった。

 キョトンと、ジョシュアの顔を見つめると、その笑顔が深くなっていた。


「一緒にお風呂に入ろう!」


「ヒッ!? 断固拒否なのです!」


 とんでもない提案に、ステラは口をパクパクとさせる。

 裸を見られるなんて絶対に耐えられない。

 逃げたいのに身体が思うように動かず、芋虫の様に転がるのみ。

 そんなステラはジョシュアに軽々と抱き上げられる。


「だ、ダメです! ウィローさんの本に、男女が裸で一緒に居ると、赤ちゃんが出来るとありました!」


「そうなんだ! その本が本当なのかどうか試してみよ!」


「嫌だ! 誰か助けて下さい! 変態さんがいます!!」


 ステラが叫び声を上げると、ジョシュアの従者が駆け込んで来てくれ、彼の主人を連れ出してくれた。もしかすると、部屋の外で待機していたのかもしれない。

 


 ジョシュアの従者に言われたのか、マーガレットは直ぐに来てくれた。彼女はステラをかなり心配してくれていたようで、顔を見るや否や、抱きしめてくれた。

 ステラは彼女にアジ・ダハーカを派遣してくれた事にお礼を言った。

 あのドラゴンが来てくれなかったら、たぶん生還出来ていなかった。

 そう考えると、マーガレットは命の恩人と言っていいだろう。


 彼女と、後から来てくれたメイド長の手で浴室に運ばれ、ステラは猫足のバスタブの中でモコモコの泡に埋まる。


 本来なら、衰弱した身体でお湯に浸かるのはあまり良くない事なのかもしれないが、たっぷりの温かなお湯と、マーガレットの優しい手は癒し効果抜群だ。

 丁寧な手つきで髪を洗ってもらいながら、この手がジョシュアだった可能性を考える。


(うぅ……、やっぱり無理!)


 顔を真っ赤にして泡の中に顔を突っ込んだステラを、マーガレットはクスクスと笑った。


「ステラ様が元気を取り戻してくれて良かったですわ」


「元気というか……、恥ずかしさを思い出したんです」


「あら?」


「ジョシュアが私と一緒にお風呂に入るだなんて言い出すから、危なかったんですよ!」


 髪を洗っていてくれた手が止まり、肩に下りてくる。


「む?」


「ジョシュア様はステラ様から目を離したくないのだと思いますわ。貴女が昏睡状態の時、ずっとベッドの側で手を握っていらっしゃったもの。本当にステラ様を大事に思っていらっしゃるのだと、感動していました」


「そうだったんですか……」


「ええ。それに、ルーク様が気を失ったステラ様を運んで来た時も、凄い剣幕で怒鳴られて……。あんな一面があるなんて初めて知りました」


「……でも、ルークお兄様が悪かったわけじゃないです」


 ジョシュアの行動は確かに意外なものだが、それよりも、ルークを疑ってそうなのが気になる。

 魂が抜かれてしまったのは、悪魔の仕業だ。

 あのオーデコロンを手首に塗られなかったら、こんな事態にはならなかったはずなのだ。現場になったのはネイック伯爵家ではあるが、ルークが責められる理由なんて何一つ無い。


「ジョシュアは、何か勘違いしているようですね?」


「ジョシュア様もそうなのですが、世間でも……」


「世間?」


「ネイック伯爵家のお茶会に出席者の中には、亡くなった方々もいらっしゃるようですの。それで……、ネイック伯爵夫妻は警察から取り調べを受けているそうですわ」


「え!? やっぱりあの三人は死んでしまったの……。で、でもネイック家の方々が疑われるのは違いますよ!」


 三人分の魂の光を思い出し、ゾワゾワする。

 それと同時に悔しい気持ちになる。あの美しい悪魔の所為で死にかけただけではなく、新しく出来た家族が窮地に立たされるだなんて……。


「ステラ様。何か知っている事があるのでしたら、まずはジョシュア様に相談してみてくださいませ。ネイック家はポピー様の生家でもあるのですから、何か行動してくださるかもしれませんわ」


「そうしてみます!」


 ステラとマーガレットは力強く頷き合った。



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