魂の狩場①

 強い力に引っ張られ、右も左も分からない程暗い常夜の中を飛ぶ。

 長い旅路の果てに辿り着いたのは、月光に照らされた花畑。

 漸く目にするまともな風景に心安らぐが、どういうわけか、地面に降り立つ事が出来ない。


(ここは何処? 広い花畑だな……)


 一緒に馬に乗っていたルークは、ステラが急に居なくなってしまい、心配しているだろう。

 それに、お茶会に出発する前に怒っていたジョシュアも、ステラが帰って来ないのに呆れてしまっているかもしれない。


(『帰らない』なんて、本気で言ったわけじゃないのに……)


 とにかく早く帰り、安心させる必要がある。

 この花畑の中で人間を探し、フラーゼ家に帰る手立てを考えるべきだろう。

 ステラはフラフラと上空を飛び回り、人影や、民間を探し始める。

 暫くすると、花畑の中で強く光を放つ場所を発見した。もしかするとそこに人が居て、何か教えてくれるかもしれない。

 そう思って近付こうとするが……。


「ステラ。待て」


「ひゃ!? 誰!?」


 急にかけられた声に驚いて、周囲を見回す。

 いつの間にか、ステラの側の空間が歪んでいた。

 そこからニョッキリと出てきたのは、鋭く尖った巨大な爪。それは時空を切り裂く様に上下し、亀裂を押し広げる。

 大きくなった穴から、爬虫類に似た頭部が現れ、続いて首、胴、翼等がモリモリと出てくる。

 モンスター図鑑で見たことのあるドラゴンそのものだ。

 訳の分からない空間に投げ出され、次は凶悪な生き物に遭遇するだなんて、何と運の無い日だろうか。


「わ……わ……!? 何でドラゴンが!? 食べないで!」


 大慌てで逃げようとするステラは、残念ながら、あまりにもトロかった。

 穴から完全に出てきたドラゴンにいとも容易く捕まえられた。


「逃げるなステラ。お主を探して迎えに来てやったんだぞ」


「お迎え……? 貴方は誰なんですか?」


「アジ・ダハーカだぞ。あれだけ交流しておるのに、何故気付かん?」


「アジさん……なんですか?」


 黒猫の姿でしか会ってないので、すっかり忘れていたが、そういえば彼は元ドラゴンだった。

 近くから感じる気配は、確かに覚えのある気配。本当にアジ・ダハーカ本人なのかもしれない。


「マーガレットに捜索を頼まれたのだ。向こうの世界に戻ったら、礼を言っておけ」


 この一言で、完璧に信用出来た。

 マーガレットと親交のあるドラゴンなんて、アジ・ダハーカしかいないのだ。


「そうだったんですね。私、やっぱり皆さんに心配かけてるんだ……」


「三日三晩寝たきり状態らしいな」


「そんなに長く!? やばいですよ、それ!」


「うむ。そろそろ肉体の限界になるだろうから、魂を戻さねばなるまい」


 彼の話から察するに、ステラは今、魂だけの状態のようだ。。

 だけど自分で見てみても、身体は気を失った時の状態なので、何だか変な感じがする。


「ここって、どこなんですか? 何で私、こんなヘンテコな場所に来ちゃったんだろう?」


「ここはあの世とこの世の狭間だ。おそらくお主は悪魔の罠に嵌ったんだろう」


「臨死体験中!?」


「そういうことだ。ぬ……、あそこにおるのは……。ふむ。興味深い。ちょっと観察してみるか」


 あまりのショックにブルブル震えるステラを掴んだまま、アジ・ダハーカは花畑の中で発光する場所へと向かう。

 そこには、お茶会で会った美しい少女が居た。

 大きな鳥籠を抱え、楽しそうに、クルクルと回っている。


「あの人……」


「悪魔だな」


「嘘!?」


 アジ・ダハーカが告げた言葉に衝撃を受ける。

 あんなに可憐で、清らかな人が悪魔だなんて、何かの間違いなのではないだろうか。


 正体を明かされた後でも、視線の先で舞い踊る乙女はどこまでも美しい。


「ウフフ……。一つ、二つ、三つ……。綺麗な魂は、ぜーんぶ私の物」


 彼女の周りには、キラキラと明滅する光が三つ浮かび、その一つ一つが、鳥籠の中に吸い込まれていく。

 それを持ち上げ、愛おしそうに見つめる眼差しは、愛玩動物に向けるそれ。


「アレ等はもう助からないだろう」


「籠に入っているのは、魂の光……?」


「うむ。悪魔のコレクションになったら、もう終わりなのだ」


「……」


 思い出すのは、お茶会であの少女と話していた男性達だ。三つの魂は、彼等のものに思えてならない。

 籠の中の光を見ていられなくなり、ステラは目を閉ざす。

 死とは、こうも間近にあるものなのか……。


「折角とても美しい魂を見つけたのに、捕まえ損ねちゃったぁ。綺麗な星……ステラ。強い子なのねぇ。またチャンスがあればいいなぁ……」


 クスクスと笑う可愛らしい声に寒気がする。

 自分は完全に目をつけられてしまっている。


「お前、厄介なモノに狙われているな。見つかったら、儂が居てもただでは済まないだろう。逃げるぞ」


「う……うん……」

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