聖女適正ゼロの修道女は邪竜素材で大儲け~特殊スキルを利用して香水屋さんを始めてみました~
@29daruma
プロローグ①
どこまでも広がるローズマリーの木々の中で、新米修道女のステラはトゲトゲした葉を摘み取る。
足元に置いたカゴの中には溢れそうな程に生葉が積められていて、量としては十分。
「そろそろ戻らないと」
ズッシリと重くなったカゴを持って立ち上がると、ちょうど悪いことに、馬と車輪の音が聞こえてきた。
「わわっ!」
慌てて身を潜めたのは、ローズマリーの葉を摘んでいたのをバレるわけにいかないから。
それに、修道院を訪れた客に自分の姿を見られてしまったら、修道院長にガミガミと説教されてしまう。
四頭建ての馬車が通り過ぎるのを待ってから、ステラは低い木々で出来た迷路を縫うように駆け、真っ白な建物を目指した。
ここは聖ヴェロニカ修道院。
歴史上幾度か聖女を輩出してきたこの修道院は、数十年に一度の頻度で能力の高い女児が預けられ、聖女になるための訓練を実施される。
赤児の時分にこの修道院の入口前に捨てられていたステラも、当初その潜在能力の高さから聖女になるだろうと目されていたらしいのだが、スキルの詳細が判明すると性質上の理由から聖女へのレールは外されてしまった。
とはいえ、両親の名も分からないので生家に返される事も叶わず、更にスキルの危険性から一般家庭に預ける事も出来なかったようで、修道女になるように育てられた。
自分よりもずっと大人な人達だけに囲まれる修道院暮らしはあまりに退屈だ。
だけど残念ながら、それを口に出来る立場にはない。
十五年前に親に捨てられて、尚且つ悪人に目をつけられやすいスキルを有してしまったステラに自由な暮らしを許されるわけがないのだ。
ただヒッソリと生きて、出来るだけ他人に迷惑をかけずに天寿を全うする。自分に望まれているのはこれくらい。
修道院に戻ってから、ぼんやり小一時間程箒を動かし続け、うっかり回廊を一周半程はいてしまっていた。
「あれ? いつの間に……」
回廊清掃はステラに与えられた唯一の仕事なのだが、単調すぎて脳みそが溶けてしまいそうになる。
小さくため息をついてから、チリトリにゴミを集めて物置き部屋へと向かう。
廊下を歩いていると、近くの部屋から妙に気になる声が聞こえてきた。
(男性の声?)
女性ばかりの修道院なので、聞き間違いかもしれない。
声の主は談話室にいるらしく、近付くにつれてクリアに聞こえるようになる。
「__だから、__なんだ。__」
談話室のドアに耳をくっつけてみると、声質は女性のものとは全く異なっていた。
珍しい事に本物の男性が来ている。
来客に対応しているのは、声から判別するに、修道院長とシスターアグネスの二人。修道院のトップとその補佐が相手をしている。来客の男性はそれなりの社会的地位にあるのだろうか。
「先程から申し上げておりますように、四月十五日に売り出された『聖ヴェロニカの涙』はいつもと同じ面子で作っています」
修道院長が口にした『四月十五日の聖ヴェロニカの涙』という単語に、ステラはギクリとした。
『聖ヴェロニカの涙』というのは、この修道院で作られる胃腸薬である。聖女であったヴェロニカが製造法を考え出したとされるそれは、胃腸薬でありながらも、非常に香りが良いため、この国の富裕層に大変人気がある。売り出すとすぐに売り切れてしまうくらいだ。
そして何を隠そう。四月十五日に売り出された複数の『聖ヴェロニカの涙』の中には、ステラがコッソリ作った物が混ざっている。
スキルを駆使して作ってみた液体は、従来品よりも強くそして鮮烈に香ったので、使用者に喜ばれると判断し、そのまま商品に紛れ込ませた。
瓶に巻くリボンに自分の名前にちなんだ『St』を記していて、何か問題が起こった時に名乗り出れるようにしてはいたものの、いざとなると心臓が縮む。どうか自分の作った物ではありませんようにと、ロザリオを握りしめて神に祈る。
「オレの雇い主であるポピー様は、従来品と明らかに異なる品質だと言っているんだよね。この瓶に巻かれているリボンを見てもらってもいいか? 端の所に『St』と記されている。こんなのは他の品には記されていない。修道女の中にSあるいはStから始まる名前の者が居るんじゃない?」
明朗に響く男性の声が、ステラの希望を打ち砕く。
客人は自分が作った胃腸薬の件でこの修道院を訪れているのだ。
スキルを利用してみたくて作っただけなのだが、危ない効果でも生んだのだろうか? 犠牲者が出ているなら、無差別殺人犯になるかもしれない。
談話室の中は静まり返っている。
ステラが前読んだ推理小説では、この様な沈黙は、お互いの腹の探り合いで起こるらしい。中の様子を何となく想像出来るだけに恐怖が募る。
三分程の沈黙の後、修道院長がどもりながら話し出した。
「そ、その文字は流通の過程で書かれたのでしょう」
「ポピー様は毎回この修道院から直接購入しているから、それはないと思うよ」
この分だと、バレるのは時間の問題だ。もういっそ乗り込んで白状しようかと考え始めた時、シスターアグネスが予想外な事を言い出した。
「それを作ったのは私ですわ! 何か問題があったのでしたら、罰は私に下してくださいませ!」
血の気が引いた。
シスターアグネスはステラの悪事に気が付き、庇おうとしている。
いてもたってもいられなくなり、ステラは談話室の中に駆け込んだ。
「それを作ったのはシスターアグネスではなく、私です! ゆ、許して下さい!」
そう叫んだステラに、三人の視線が集まる。
談話室に居た男性は、想像以上に若かった。
優し気な顔立ちで、まだ少年といっていい年齢だ。
柔らかそうなベージュ色の髪の毛。垂れ気味の目におさまる紅茶色の瞳。しっかりとした生地のコートとベスト。彼を構成する様々な要素が育ちの良さを裏付けているようだ。
彼の姿は、ステラが今まで抱いてきた男性のイメージをガラガラと崩した。
(男の人って、頭の毛が無かったり、ヘンテコな髭がモシャモシャ生えているんじゃなかったかな……)
少年はステラの不躾な視線を自信たっぷりな表情で受け止め、完璧な笑みを浮かべた。
「こんなに可愛いらしい修道女さんが居たんだ。初めまして」
「……はじめまして」
「見たところ十歳位?」
「十五歳です!!」
嫌味を言われたのかと一瞬思ったが、少年の驚きの表情を見て、そうではなかったのだと知る。
修道院から一歩も出た事のないステラは、同年代の一般的な少女の姿を知らない。もしかして自分は十五歳の平均よりも幼い容姿なのだろうか。
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