祝! サキュバスでドーテー卒業!

尾上遊星

第1話 祝。卒業!!

 薄暗い部屋の中。 


「はぁはぁ……」

「うふっ。いっぱい出たわね。気持ちよかった?」


 目の前でひとりの女、エロヴィスがそんなことを聞いてくる。

 エロヴィスと俺の顔はすぐ近く。

 近づけば、キスができる距離。

 彼女の息がクラクラと俺の頭を刺激する。

 ゴクリとつばをのむ。

 俺は口もとを手で押さえながら、


「めちゃくちゃ気持ちよかった!」


 そう言って、身体ごとエロヴィスから離れた。

 距離をとると彼女の裸が目に映る。

 ……彼女の身体から目が離せない。


「そう。よかった。私も気持ちよかったわ」


 エロヴィスはその言葉と同時に枕もとにある黒い下着を履き始める。

 俺はメガネをかけると、無気力にその光景を見つめた。


 腰までかかる黒髪。

 乳首だけを隠した黒い布。

 大事な部分だけを隠した黒いランジェリー。

 太ももを包む黒いタイツ。

 なんというエロい姿。

 むしろ裸よりエロいっっっ!


 そして、黒いしっぽがピョコピョコと動きまわる。

 黒いツバサがゆっくりと羽ばたく。

 二本の黒いツノが俺を睨む。

 とがった耳が凛としてカッコいい。


 そう、彼女は人間じゃない。

 正体はサキュバスだ。

 きっかけは、スライム討伐を失敗して酒場でヤケになっていた俺にエロヴィスが声をかけてきたからだ。

 そこから、家で飲もうだの、私はサキュバスだの聞いてたら、トントン拍子でゴール。

 展開が早すぎて、酔いも覚めてしまった。 


「……トッ」


 不意にエロヴィスが俺の顔をのぞき込む。

 彼女の真紅の瞳に俺が映る。

 その艷やかな唇が俺を誘惑する。


「サクトッ!」

「えっ?」

「どうしたのボーッとして。……もしかして取りすぎた?」


 エロヴィスが心配そうに俺を見る。


「あー、いや……その、見惚れてて、アハハハハハ」


 俺は、恥ずかしさを笑ってごまかすことにした。

 ついでにコップの水を口に運ぶ。

 俺の言葉にエロヴィスは「フフッ」と鼻で笑った。


「サクトってやっぱり童貞だったのね」

「――ブフォッ!」

「ちょっとお! 汚いって!」

「ごめんごめん」


 いきなり160キロの直球が飛んできたから、思わず水を吹き出してしまった。


「いや、童貞じゃないって! 俺もう二十八だから! ちょっと久しぶりだっただけで……」

「久しぶりって何日ぶり?」


 エロヴィスがニヤリと口もとを歪ませる。


「何日かなー? 数えたりしてないからなー。ちょっと、わかんないな」


 本当のことをいえばもちろんゼロ。

 唯一のチャンスは、二十歳ハタチのときの成人式で、地味目な女の子をお持ち帰りしただけ。

 しかも、やっぱり無理って泣かれておしまい。

 何回あのときを後悔しただろうか。

 だが、あの悲劇も今日で終わり。

 俺、春川サクト(二十八歳)はついに卒業したのだ。

 それもこんな美女と。

 人間じゃないけど、オッケー。

 こんな美女そうそういないし。

 異世界に来て本当によかった。

 涙が出そうなくらい嬉しい。

 だが、喜んでるなんてバレたらダサすぎる。

 カッコつけとかないとな。

 

 そう、本当の目的はここからだ。


「ごちそうさまー。お腹いっぱいになったから眠いし、そろそろ帰るね」


 エロヴィスはそう言って玄関へと向かう。


「ちょっ、ちょっと待って」

「ん?」


 エロヴィスが首を傾げる。


「どした?」

「あー、えと……」


 このあとの展開を考えると緊張して声が震える。

 恥ずかしさで、彼女の顔を見ることができない。


「もう帰っていい? めっちゃ眠いんだけど」


 エロヴィスは不機嫌そうに俺をにらんだ。

 しばしの沈黙のあと、


「その……泊まってったら?」


 俺はうつむきながら、エロヴィスを引き止める一手を放った。


「ブフッ、フフフッ」


 エロヴィスの笑い声に顔を上げる。


「クククッ、そっかぁ、もしかしてまだしたかった?」


 悪魔のような笑みを俺に向ける。


「ちがっ、そうじゃない。そんなやましい気持ちはないっ!」

「へー、やましい気持ちはないんだぁ。じゃあ、なんで泊めようとしてるのぉ?」


 エロヴィスは、ニヤニヤと笑いながらそんなことを口にする。

 なんで、ってそんなの決まってる。


「その……すき……」

「え?」


 その瞬間、エロヴィスの顔から笑みが消える。

 やばっ、フラレる!

 クソッ、人生初の告白が失恋かよ。


「あー、つき! そう! 月は見えるか? って意味。ジョークであるんだよ」

「はぁ?」


 エロヴィスの顔がまたしても曇っていく。


「えーと、バイバイ」


 そう言って俺は手を振った。

 バイバイ俺の恋。

 童貞貰ってくれたから好きになるとかキモすぎるし、これでよかった。

 いや、これがあたりまえか。

 相手はサキュバスだ。

 こんなのよくあるだろうし、彼女からしたらタダの食事なんだ。

 冷静に考えたら、なにをひとりで舞い上がってたんだ俺――


「うん。じゃあ、バイバーイ」


 そう言ってエロヴィスは、手を振って出ていく。


 バタンッ!

 閉まるドアの音がやけにうるさく聞こえた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ひとりに戻った部屋の中。

 魂が抜けたような長いため息が漏れた。


 ガチャッ!


「――!?」


 突然ドアが開けられる。

 不意をつかれて声が出ない。

 少しだけ開いたドアの隙間からエロヴィスが顔を出した。


「明日もこの時間に来るから」


 バタンッ!


「……」


 声が出ない。

 頭は真っ白。

 明日も会える……。

 これって俺のこと好きだよな。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 またしても、魂が抜けたように口が開いた。

 生きててよかった。

 

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