第67話 大魔法

 アイリスとサレーネと共に王都を散策したその日は、ベッドに倒れ込むように眠りについた。

 疲労感はそれなりにあった。久しぶりに走ったし、戦闘も行ったからだ。もちろん全力ではないが、体力が少しずつ落ちているのは否めないようだ。

 運動不足の改善は、迅速に行うべきだろう。


 それはそうと次の日、俺は今日も今日とて研究室に篭っている。理由は簡単。手に入れた大魔法の魔法式の解読に挑むためだ。


 ……と、意気込んではいるものの。


 実際のところ、大魔法の魔法式は他の魔法とは違う。それは、そもそも構成要素が根底から違うのだ。

 通常の魔法式は、円を基調とし、そこから方陣、魔法文字を組み替えて魔法を構成する。階梯が上がるにつれて円を覆うようにもう一段円ができ、それが増えていく。

 だが大魔法の魔法式は違う。例えばエインフェルト家の大魔法の魔法式は、六芒星とその頂点に円が存在し、六芒星とは関係ないねじれた線が不規則に入っている。

 またアイリスの実家、リーンエイス家の大魔法の場合、クエスチョンマークのようなかぎ形の曲線と、その周囲にある別の曲線が五つ、パーツのように付いている。

 このように、複雑怪奇で法則性があるのか疑わしくなる形状をしているほか、魔法文字が違うことも挙げられる。形状も異なっており、しかも資料が四つしかないため、解読も難しいのだ。

 とまあ、これだけ聞けばあまりに絶望的だが、今回は違う。


「その特殊な模様は、恐らく奴ら・・の《しょう》じゃろう。奴ら《星霊》は、各々を示す紋様を持っておる。恐らくはそれが魔法式とやらに反映されたのじゃな」


 そう平然と語る幼女は、クッキーで餌付けされたクレア。

 俺はこの難解な謎の解決に、クレアを用いたのだ。

 というのも、以前エインフェルト家の大魔法を研究している際に、空腹でやってきたクレアが、「見覚えがある」と口にしたのだ。

 大魔法に宿る「何か」と、それに見覚えのあるというクレア。それが解決の糸口だった。

 その結果、俺はクレア先生から、大魔法について俺の知り得ない知識を得ているのだ。

 クレア曰く、大魔法に宿っているのは《星霊》と呼ばれる存在で、この世界の観念そのものとも呼べる存在のことだ。

《大星霊》とは本質的に異なっており、世界の構造の維持が《大星霊》、世界の秩序と概念の維持が《星霊》の役割らしい。分かり辛い。

 だがお陰で、大魔法というものがどういった存在なのか、何となく理解できた。

 要は、内在する《星霊》の持つ概念そのもの。一つの権能とでもいうべき代物なのだろう。魔法というよりは権能と呼ぶべき力だ。

 使い手が大魔法に選ばれる、という話にも納得がいく。こんなもの、何人も使い手がいたら世界がいくつあっても足りない。

 そして謎の魔法文字だが、厳密には違うらしい。正式名称を「星の言葉」といい、超越者たちしか理解できない情報だという。人間には情報量が多すぎて脳が焼け焦げるらしく、触れない方がいいと言われた。

 つまりこれは、《星霊》やそれに準ずる存在を、人間の意識下で真の意味で理解することは出来ないということだ。

 それについては心当たりがある。《命護龍ゼルクレア》の持つ権能、「命の産生」だって、そもそも「命」をどう定義しているのかが分からない。

 明らかに触れない方がいいと分かると、何故だか余計に触れたくなってしまう。まあ脳を焼き焦がして死ぬなんて真っ平だからやらないがな。


 そうして得た情報をもとに、俺はもう一つの目的の実行に移す。というか、ここからが本番だ。


 俺の真の目的は、俺自身の大魔法の作成だ。


 大魔法。そんな聞いているだけで心揺すられるワードに惹かれない俺ではない。

 だがこれは、俺が行うことというよりもクレアが協力してくれなければ話にならない。

 何故なら《軌証》とやらも「星の言葉」とやらも、俺が知り得ることではないからだ。

 という訳で、俺の考えをクレアに伝えると、予想外の返事が返ってきた。


「別にそれは構わんがの、《軌証》に関してはお主の左手に浮かび上がっているじゃろう」

「へ、これが《軌証》なの?」


 確かに見事な《軌証》だ。ゼルクレアをかたちどったような形状で、センスが光る。

 そこに俺が魔法式として形を整え、ゼルクレアが「星の言葉」を書き加えていく。それをまた更に整え、魔法式として形状を整える。

 この作業を延々と続け、気づけば夜になる頃、ようやっと完成に漕ぎ着けた。


 その日は死んだように眠った。なによりも頭を使う作業だったため、疲労が溜まったのだ。

 ちなみに次の日の朝、授業のある日なのに栄養失調になりかけたのだった。

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