第62話 王都城下街にて

 晴々とした穏やかな陽光と、それを引き立てる白い雲。微風が緩やかに頰を撫で、腰に巻いたローブを煽ぐ。

 週末、俺の研究所ラボの入り口の前で待ち合わせ。待ちに待った訳でもないが、アイリスたちとの王都観光の日だ。

 日和もよく、清々しい天候に恵まれ、舞台はよく整っていると言えるだろう。

 精神の年齢差は親子ほども離れているが、女子との食事というシチュエーションは、男心としてはドキドキするものだ。妙にソワソワするというか、別に向こうにその気がなくとも期待してしまう。それが世界の理である。

 どんな格好をするべきかは悩んだが、深く考えずにシンプルに済ませるということにした。別に気にするほどのことでもないのだが、それはそれ、これはこれ。女子とどこかへ行くというのならば、体裁くらいは整えるのだ。

 少しは格好つけたいという、少年のような精神だが、悪いこともあるまい。

 ちなみに持論だが、そういう男に対して女性の場合、特にこれといった感情がない場合、特別凝ったものにするといったことはない。普段からオシャレには気を付けているからなのかもしれないが、相手への好意が丸わかりになる分、それなりに辛辣に写る。

 まあ童貞を拗らせるとこういう風になるという典型的な姿のように思ってくれればいい。

 ただ、今日はそんなことはないだろう。何故なら……。


「このコート、意外と重いのぅ。何故人間は、そこまで体裁に拘るのじゃ?」

「そういうもんなんだよ、人間ってのは。誰かからの視線を常に意識する生き物だから、外面くらい飾るのさ」


 隣で立っている白いコートを羽織ったクレアがぼやく。

 今日はコイツもついてくるようだ。今朝、準備をしているとあっさりと見つかり、俺の思考を読み取ってまでついて来たのだ。どれだけの意地なのか。

 それを聞くと、彼女は無い胸を張って自慢げに言い切った。


「なに、人の世に居座るのならば、それの享楽に身を置くのが欣快きんかいの至りというものよ」


 要するに、旨いものを食べたいだけのようで。

 そんな訳で、俺たちが王都で食事を取ると知ってすぐに同行を決めたのだ。まさに即決。

 ……まあ別に、三人だけでと決めていた訳でもなし、許してもらえるといいな。

 そう考えていると。


「アルーゼ! お待たせー!」


 アイリスの呼びかけが聞こえてきた。見ればこちらに手を振りながら近づいてくるアイリスの斜め後ろに、サレーネの姿も窺える。

 二人と合流して、まずはクレアの件について説明する。事情を知ると、二人は快諾。よく出来た奴らだ。


「それじゃ、出発するが……」

「了解! 私たちが案内するから、二人はついて来て!」

「うむ! いざ行かん、新たなる美食へ!」

「ちょっと待て」


 元気に飛び出していこうとする二人を捕まえる。

 どうして進まないのか、という不機嫌そうな視線を無視し、ある魔法を使用。特別外的変化は見当たらない。


「何をしたんですか?」

「少し幻惑魔法をな。《イリュージョン》って第五階梯魔法だ。それなりに難しいし使う場面も少ないから知らないか」


 この魔法、《イリュージョン》の原理は、空間の光の屈折や反射を制御し、現実とは違った像を結ばせるというもの。光の制御と別の像の作成と制御という、三段階の作業を同時に行うのだ。

 そのためか、これは戦闘向きでは無いものの、第五階梯魔法の一つに数えられている。

 クレア以外、俺たちは有名人だ。しかも俺は、王国内に三人しかいない《大魔導》。身バレしたら何が起こるか分かったものではない。


「結んだ像は『街娘』だから、適当に散策して問題ないだろう。これで準備完了だ」

「なんだかよくは分からないけど、とりあえず、出発しよう!」

「うむ! 妾も早う行きたくて我慢ならん!」


 その様子は、まるで遊園地にやってきた子供のよう。無邪気にはしゃぐとはこういうことである。

 諦め半分で溜息を吐きながら、同じく苦笑するサレーネに声をかける。


「んじゃ、俺たちも行くか」

「えぇ、そうですね」


 幼児のようにはしゃぐ姿を追いかけながら、俺たちの王都観光はスタートした。


     ——————————


 王都の住民街は、価格で統制されているという訳ではない。各々が自由に自宅を持ち、店を持ち、金を稼ぐ。

 立地上、一次産業の従事者はいないが、それでも人々の暮らしは豊かだ。

 上下水道など、衛生面で不安が残ることはあるが、基本的には問題と呼べることは少ない。

 ただ一方で、法外な店舗を営業する者もいるため、治安がいいと言い切るのは難しい。最近は風俗店の取締りが強化されているようだ。

 最後までヤらせてくれる店は少ないが、キャバクラのような店が、最近は摘発が多いようだ。

 もっとも、騎士団のリーネ姉さんから伝え聞いた情報だけなので、一概に全て事実とも言い切れないが。

 人々の生活の彩りを見ていると、なんだか気分が踊る。クレアなんかは既に適応し、出店のおばちゃんに串焼きを一本サービスされている。

 いつもは静かなサレーネも、アイリスとクレアの雰囲気に飲まれて楽しそうに笑っている。あんまり広場で笑い合っているから、俺がいないとナンパされるのではないか。実にけしからん。

 ちなみに、現在俺は視線に晒されて絶賛四面楚歌状態。老人や女性からは微笑ましい視線が、男性陣からは突き刺すような視線が向けられている。

 一般人に紛れるために《イリュージョン》を使ったのに、結局注目の的。どうしてこうなった。ジーザス! いないけど。

 男一人に女三人と、あまり安全かと言われれば微妙な面子のため、裏道を出来るだけ使わないようにしていた時、アイリスが気になる裏道を見つけた。


「ねぇ、アル。次はこっちに行ってみない?」

「やめておけアイリ。裏道は暴漢が出る可能性があるだろ」

「それ言ったら、アルの方が暴漢染みてるけど」


 拳骨一髪。軽い仕置きを加えておく。

 名前の呼び方を変えているのは、身バレ防止のためだ。せっかく姿を変えたところで、名前を出してしまえば意味がない。

 そのため、現在俺は「アル」、アイリスは「アイリ」、サレーネは「サレン」と呼び方を変えている。クレアはそのままだ。その甲斐あってか、今のところ身バレはしていない。


「いいじゃないですか。私たちだって、暴漢程度に負けるほど弱くないですし。それにいざとなったら、アルさんがいるじゃないですか」

「信頼されるのは悪い気はしないが、わざわざリスクを負う必要がないと思うんだが」

「分かってないなー、アルは。多少のリスクがある方が面白い。これこそ世界の理だよ!」

「リスクもない方が安全だろうが。いいか、本家の盗賊ってのはどこに潜むか分からないんだ。だから、人の少ない路地に入るのはオススメしない」


 子供に教えて聞かせるように伝える。そうでもしないと、押し切られそうな勢いだ。

 だがアイリスもまた抵抗する。クレアはその様子を、串焼きを頬張りながら鑑賞中。呑気なもんだな……。


「それにほら! こういう裏の路地とか、美味しそうなものが眠ってそうじゃない?」

「うぐっ! それは……」

「む、旨いものがあるのか? なら行くに決まっておろうが!」

「コイツあっさり寝返りやがった!」


 クレアが反旗を翻す。中立を保っていた幼女が、よりによって飯で釣られてグルになるなど拙い。

 裏路地に入るか入らないかと騒いでいたその時だった。


「やめて下さい!!」


 何処かから声が聞こえてきた。いや、どこかから、という表現は正確ではない。どこから聞こえてきたのかはすでに全員分かっている。


「……この先から何か聞こえてきたな」

「不穏な声音だった……助けないと!」

「急ぎましょう、アルさん!」

「……あぁ、もう。仕方ない!」


 こうなったらやむを得まい。

 緊急事態のために、俺たちは現場へと急行した。

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