第63話 裏路地での戦闘

 裏路地の奥から聞こえてきた悲鳴の元を探るべく、俺たちは《身体強化》を用いて駆け抜ける。

 裏路地は複雑に絡み合い、捜索する俺たちを撒くようにあるかのようだ。ゴミの散在する石畳を蹴りながら、ある魔法を構築していく。

 その名は《エコーロケーション》。蝙蝠やイルカなどが用いる、反響定位を用いた空間探索の方法だ。

 用いる音は超音波。人間の鼓膜では聞き取れない周波数の音だ。

 人間の聞き取れる音はせいぜい十六〜二万ヘルツ程度。それ以上の音は聞き取れない。

 聞き取れるかどうかはこの際どうでもいいが、魔法的にこれを利用すれば、蝙蝠同様エコーロケーションが可能なのだ。

 魔法で生み出されたものなら、魔法で性質を理解できる。この事実があれば、脳内で超音波の処理を行うことも可能だった。

 この魔法、応用できれば胎児の観察などにも使える。ただ、超音波の利用は明らかにオーバーテクノロジー。そんな概念があるのかも微妙なくらいだ。

 周囲から幾つも感じ取れる人の反応。大体が家にいる人だ。目立つところにホームレスのような人々は見当たらない。

 しばらくして、もう一度悲鳴が上がった。


「離して!!」


 明らかに不穏な香りがする。だが、その音のおかげで、位置が特定できた。


「こっちだ!」

「了解!」


 有無を言わずに俺の後ろをついてくる三人。いくつか魔法を遅延起動ディレイキャストし、戦闘準備をとりながら、現場へと急行する。

 網目状に組まれた裏路地の先、辿り着いた住宅街の一角では、二人の少女たちに言い寄る数人の男の姿があった。

 革の鎧に武器がいくつか。短剣と長剣の二種類。動きやすさを意識した軽装と隆起する筋肉の量から、傭兵か冒険者の一派と見える。

 対して少女たちは華奢。赤髪の少女は強気に反抗しているが、武装もしていない、戦闘経験もない彼女たちの反抗は程度が低い。

 赤髪の少女に庇われるように、青髪の少女が籠を抱えて震えている。どちらも薄着で、男たちと対峙できる状況ではないようだ。


「アルーゼ、どうする?」

「俺が出る。二人は俺が注意を引く間に彼女たちへ、クレアは戦闘の余波から守ってやれ」

『了解!』


 短く作戦を立て、俺は男たちのもとへ向かう。

 ゆっくりと。だがしっかり足音をたて、こちらの接近を気付かせる。

 彼らが戦闘職ならば、背後に急に誰かが現れれば、警戒するのが当然だ。案の定、俺の予想通りのタイミングで男たちが振り返った。


「あん? なんなんだテメェ!」

「二人から離れてやれ。脅迫のようだ。お前たちは傭兵なのか?」

「誰が教えてやるかよ。お前ら、やっちまえ!」


 リーダー格と思わしき人物が他の男に指示を出すと、彼らは得物を引き抜いた。しっかりと統率が取れている。

 敵は五人。リーダー格の男を含めば六人。このくらいなら、簡単に対応可能だ。

 俺が腰を落とすと同時に、男たちが飛び出した。同時にアイリスたちも飛び出したのを視界の端で確認し、拳を握る。

 一人目の攻撃を、体を回転させて回避。同時に右肘を相手の鳩尾に叩き込む。左手で男の手首を叩き、武器を奪い取ってそのまま後方へ。

 直後、左手に握った長剣から衝撃と金属音。振り上げて弾き飛ばし、左側から来た男に剣の柄を、右から来た男に拳を、それぞれの鳩尾に突き出す。

 二人を殴り飛ばし、素早く屈んで四人目の攻撃を回避。右手をついて踵で蹴り上げる。しかし相手の顎に当てるつもりが、股間に直撃してしまった。偶然の事故だが、かわいそうなことに潰れてしまったかもしれない。ナニとは言わないが。ご愁傷様。

 などと心の中で思いながらも、体を後ろ蹴りの反動を用いて体を起こし、五人目の長剣を回転して回避。先程弾き飛ばした男だ。

 膝を持ち上げて立ち上がり、左の剣で相手の剣を払い、その隙に右の回し蹴りを男の頭に直撃させる。

 一撃で脳震盪を起こした男は、他の四人同様そこに伏した。まさに一蹴。僅か十五秒も掛からない戦闘。あまりの早さに、リーダー格の男も呆然といった様子だ。


「で、どうするんだ? お前もこいつら同様、殴り飛ばされたいか?」

「ヒッ!? だ、誰がお前なんぞに——!」


 一瞬だけ怯んだが、流石に場数は踏んでいるな。即座に反撃に出た。

 しかし、それはあまりにも愚策。反撃するべきは、勝ち目のある戦闘においてだけだ。勝ち目のない戦闘など、自殺行為と変わらない。

 予備魔法ストックスペルの《ブライトランス》をひとつだけ発動。神速で敵を射抜く光を、男は予想通り剣で迎撃する。

 だがそれは罠。光の影になった俺を一瞬でも見失うのはあまりに愚かだ。

 魔法の発動と同時に飛び出し、左手の剣の柄を男の鳩尾に叩き込んだ。剣を振り抜く要領でこれをすれば、槍の石突きで突かれるのと対して差はない。

 更に運の悪いことに、振り抜く腕に当たった肋骨の一本が砕けた感触も感じた。当分は痛みで動けまい。

 死屍累々と重なる男たちのもとを立ち去り、俺は離れたところで様子を見ていたクレアのもとへと向かう。

 そこでは、クレアは眠そうに目を擦っていたが、アイリスとサレーネは苦笑、二人の少女は完全に唖然としていた。


「どうしたんだよ。そんな呆れたような顔しやがって」

「いや、どうしたもこうしたも。ねぇ?」

「一度本気になると、やっぱりすごいなぁ、って思いまして」

「本気なわけがあるか。本気だったら、あそこには胴で半分にされた死体が積み重なる」

「魔法を使えば、跡形もなく消え去るだろうに。何を言うておるんじゃ」


 他愛もなく物騒な会話をする俺たちに、二人の少女が震えだした。その様子を見て、アイリスとサレーネが慌てて会話を中断させ、少女たちを撫でる。


「ごめんね、物騒なことを言っちゃって。でも大丈夫だよ。このお兄さんは、とっても優しいから。私は——本名言ってもいい?」

「別に構わないんじゃないのか? 少なくとも俺は一般人とは思われな」『あのっ!!』


 俺たちの会話を遮って、少女たちが声を上げた。それを見て、サレーネが慈母のように優しく微笑みかける。


「どうしたの?」

「あのっ、私はニーナって言います。ラナゾック孤児院に住んでます」

「わ、私は、リーン、です。よかったら、孤児院に来てくれません、か?」


 恐らくは民間の孤児院なのだろう。少し考えていると、アイリスがこちらを振り返った。


「どうする?」

「俺は別に構わないぞ。お前らがいいなら、俺もそれでいい」

「妾も構わんが……美味いものが食いたいの」

「うちにあるものでなら、おもてなしします!」


 ニーナが宣言する。その思い切りの良さは可愛げがあるな。


 そんな訳で、俺たちはラナゾック孤児院にお邪魔させてもらうことになった。

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