第50話 着任式

『続いて、着任式に移ります。理事長、お願いします』


 アナウンスが流れ、クレイウスが登壇。俺たちにも声がかかり、いよいよ出番のようだ。

 控室からは直通でステージに繋がる通路がある。そこから歩いて出ていくようだ。

 俺以外の他の三人は、思い思いの方法で緊張をほぐそうとしている。深く深呼吸をし、頬を叩く姿を見ると、本当に緊張が凄いんだな、と感じる。

 ちなみに俺からすればあくまでも他人事である。なんというか、そこまで緊張するか? と感じるのだ。


『さて、みんな、そろそろ砕けていいぞ。ここからは、今年からみんなが世話になる新しい教員の紹介だ。いずれも強者揃いだから、油断すると痛い目を見るぞー』


 壇上から、間の抜けた声が聞こえてくる。どうやらそろそろ出番らしいが……。

 折角だ。どうせなら派手に出よう。日本人は、目立つのを嫌う傾向にあるだが、俺の場合はこれ以上ないってくらい目立った経験がある。今更感溢れる話だ。慣れて仕舞えばどうってことはない。

 それに何より、あの男がノリに合わせられるタイプか知ることができる。兄さんのカメ……もとい宝珠の目もあるのだし、目立って損はないだろう。

 素早く演出を考え、即興でスタンバイ。立ち上がりかけた体をもう一度椅子に落とす。

 他の三人は、変な行動をとる俺を横目にステージに上がっていった。そうだ、俺に構うんじゃない。さっさとステージに上がれ!

 三人がステージに上がると、それに合わせて在校生たちから一斉に声が上がった。先程までの静寂とは打って変わり、途端に声が上がる様子を、新入生とその親族たちが驚きながら見ていることまでは、映像からでも読み取れる。何を叫んでいるのかまでは分からないが。


『彼ら四人が、この学舎に新しくやってきてくれた教師だ。早速自己紹介を——ってあれ? 一人いないぞ?』


 ボケに走ったぞアイツ。

 流石にその寒いギャグには在校生も笑えない。思いっきり滑ったようである。というかギャグとすら言えないかもしれない。

 この親父ギャグの直後に出るのは気まずいにも程がある。出番はパス。

 俺がまだ出てこない様子に、会場がざわつき始める。クレイウスは、少しの間何かを考えると、徐に頭を縦に振った。理解したようだ。

 敢えてマイク(音声増幅の魔法を使った魔道具である)の前で咳払いをし、注目を集めると、ステージに立った新入り教師たちの方を向く。


『どうやら、彼はタイミングを図っているようなので、先に自己紹介してくれるかな?』


 クレイウスの指示に従って、まず胸の大きな女性が前に出た。

 黒髪を背中まで伸ばし、パーマをかけている。瞳は琥珀色ながら、それを覆う赤縁の眼鏡が、彼女をより一層知的に見せている。全体的に黒を基調とした服で統一されているが、髪留めに黄色の花のものを使って少しオシャレしている様子。


『本日より、ここ王都高等学舎に勤めることになりました、常勤講師のフレイア・アルヴァンツです。皆様を教え導く者として、責任を持って励みたいと思います。よろしくお願い致します』


 なんとも人当たりの良さそうな自己紹介。そして責任感に溢れるタイプと見える。堅物そうな印象を受けるのだが、気負いすぎている気もするのだ。

 続いて貧乏揺すり男。腰に手を当て、直立不動。ガチガチに緊張してるなアレ。

 スーツ姿といかにも職務に忠実そうなサラリーマンの姿。その上仕事が山盛りになって困る、社畜のような見た目をしている。どう見ても新入社員だな。


『初めまして! 本日より常勤講師として本校にて教鞭をとらせて頂きます、ジレン・カッタースと申す者です! 宜しくお願い致します!』


 声は大きくハキハキと。うん、新入りだ。

 あまりの一般人感は面白いところがある。役所としては絶対にモブA辺りだ。

 この風体で四十路なら、間違いなく意思疎通できる。というか共感できることばかりで酒が進むだろう。

 生徒たちからは微妙な声。目立たない上に特徴もこれと言ってないから、取っ付きづらいのだろうか。

 そして次に、あの謎の女性……男性? 小柄で華奢。でも頭髪は短め。駄目だ、まったく分からん。


『初めまして。ボクはアン・ランゲスト。こんななりだが、一応女だよ。二人よりちょっと歳は離れてるけど、仲良くしてくれると嬉しいかな。宜しく』


 女性だった。

 赤いショートヘアーが特徴的な彼女は、その小柄な体を黒を基調とした服で覆っている。

 先程までの奇行は一体何だったのか。そう問いかけたくなるくらい落ち着いている様子だ。本番に強いタイプなのか?


 ——さて。


『さて、ステージに出てきている三人の紹介は終わった訳だけど……。僕は四人呼んだ筈なんだけどなぁ〜』


 既に俺は、クレイウスからは視認できる距離まで移動している。ステージの袖に隠れている訳だ。そしてそれを、向こうも知っている。


『どうやら、彼は派手に登場したいみたいなんだ。だから——諸君!』


 バッ、と腕を広げ、大袈裟に生徒たちに呼びかける。その動作はしっかり演技がかっていて、まさにエンターテイナーの気質だ。

 悪くない。実に悪くない。

《アポーツ》を用いて《霊神刀》を呼び出して腰に差し、《星杖フレーナ》を虚空より顕現。左手に持つ。


『心して聞きたまえ。そして感動したまえ! 僕の成した偉業を称賛したまえ!

 彼こそ、皆の憧憬の的。誇るべきフレイヴィールの象徴にして最強の証明。西方からのし上がってきた《大魔導》!!!』


 よし、ここだッ!!

 袖を飛び出し、ステージにその姿を現した瞬間、在校生及び新入生とその保護者、更には教員に至るまで、一斉に歓声をあげた。


『四人目! 非常勤講師、《大魔導》アルーゼ・エインフェルト!!』


 会場のボルテージは最高潮。飛んで喜んでいる者や、唖然として口を開いたままの者もいる。

 俺は堂々と《アポーツ》でマイクを取り、声を大にして呼びかけた。


『んじゃ改めて! 《大魔導》アルーゼ・エインフェルトだ! 今更自己紹介なんていらないよな! 非常勤だが、これから宜しく!!』


 会場から厳かな雰囲気は抹消されていた。生徒たちが狂喜乱舞する中、クレイウスが締めの言葉を口にした。


『それでは! 以上で着任式は終了だ! あとは各自、それぞれのクラスでやることをやって、この感動と僕への称賛をありありと感受したまえ!』


 最早学校機関とは思えない状況。前世では考えられない話だ。

 だが、これもまた良いもののように感じる。そしてこの人の温度は、クレイウス・アグドノイアという人物の人柄が為せる技なのだろう。


 感動を覚えながら、ステージから去るために踵を返す。

 その時、同じくステージに上がっていた三人の新人教師と目が合った。合ってしまった。


 三人の目は、「全部持って行きやがった」というジト目だった。


 俺はその目を見たせいで、その後しばらく後悔と自責の念に駆られることになったのは、言うまでもない。

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