第49話 入学式
華々しい、下ろしたてのまだ硬い制服を纏った新入生百二十人が、顔を緊張で強張らせながら、引率教諭に従って入場する。その姿は、自らを大きく見せようと、少し背伸びする子供のようで、初々しさが残って見える。
俺の場合、学力・実績・成果と全て、学生の領域を逸脱した結果、学舎になんて行かなかった。そして十三歳でこの国を飛び出し、世界を知る旅に出た。
前世ではまだしも、今世では普通の人生を送って来たとはお世辞にも言えない。だからこそ、なんだか初々しい子供の姿を見ると、懐かしさというか寂寥感というか、そういった類の感情が溢れてくる。
まだ見ぬ新たな世界と栄光に心弾ませる彼らの姿を、俺は幼き日の自分に重ねて見てしまう。
あり得たかもしれない、しかし俺であるが故にあり得なかった可能性。うーむ。
話がややこしくなってきた。この辺で終わらせておこう。
会場もまた、厳かな式典の雰囲気に包まれ、新入生を歓迎する拍手の音が静まり返った。新入生が全員入場したのだ。
司会を担当する教頭の言葉で、開式を宣誓。そして続くのは、当たり前のように理事長のお話というやつだ。
『皆さん、初めまして。入学、本当におめでとう。
僕はこの学舎の理事長を務めている、《大魔導》クレイウス・アグドノイアだ。
あんまり長くダラダラと話すのは非効率だからね。僕からは手短に。きっと在校生からの挨拶の方が粛々としているよ。
君たちが入学したのは、魔道の最先端、そしてその先へと進む叡智の集う領域だ。国を支え、導く者たち、魔法士を輩出する。それがこの高等学舎の目的だ。
この王国には、何人もの英傑がいる。自慢ではなく僕自身が、《大魔導》なんていう国家規模の魔法を支配する魔導士だ。
最近で言えば、西方の支配者、エインフェルト公爵家から、初の《大魔導》が誕生したね。
彼自身は、ここに通っていたわけではない。でも、彼に続くような、そんな英傑の一員となるべく、時に厳しく、時に優しく学び、導くのがここだ。
そして君たちは、その候補としてごまんといる受験者たちから選ばれた精鋭だ。皆それぞれに、才覚と可能性を持っている。僕がそれを保証しよう。
この
僕からは以上だ。君たちの可能性は、まだ冬芽のように膨らみ出したばかり。だがこの学舎には、多くの先輩や教師がいる。彼らを栄養剤のように吸い尽くし、糧とできるさ。
どうぞ目一杯、その羽を広げてはばたいてくれ』
答辞を終え、静かに礼をする。その悠々とした答辞は素晴らしく、会場からは大きな拍手が湧き上がった。
それにしても冬芽とは。面白い表現を用いるな。
クレイウスが壇上から引くと、司会の言葉が聞こえてきた。
『ありがとうございました。続いて、生徒会長からの答辞です。生徒会長、シルヴィ・アドリアナ。前へ』
『はい』
その一言と共に、壇の傍に設置されている特別席に座っていた少女が、指示に沿って立ち上がった。
見覚えのない顔。黒く艶の入った髪は背中まで伸ばし、その深紅の瞳はとても妖艶で思わず見入ってしまいそうになる。白磁の肌と、華奢な身体ながら、懐に隠し持っているワンドが強く存在をアピールしている。
そう言えば、アドリアナ家は、南方の伯爵家ではなかったか。彼女の同期には、公爵家の面子がいないのか?
リディアなんかみたいな奴らの闊歩する中で生徒会長に成り上がるとは。一体何者なんだろうか?
『ただいまご紹介に預かりました。本年度の生徒会会長、シルヴィ・アドリアナです。在校生を代表し、答辞を致します。
最初に、皆さん、入学おめでとうございます。本学舎に入学するために、多くの努力をしてきたことでしょう。その甲斐あって、皆さんはこの地を踏み締めているのです。
私が入学したのはおよそ三年前。今の皆さんと同様に、胸を高鳴らせて並びました。
しかし、現実はそれほど甘くありません。私は、上には上がいる、ということを真っ先に理解してしまったのです。
この学園の先輩や教職員の方の中には、きっと想像を絶する実力を持った方々がいらっしゃるでしょう。
ですが諦めないで下さい。逃げないで下さい。決して下を向かないで下さい。
そうして成長した先にこそ、本当の未来が待っています。かの大英雄、《大魔導》アルーゼ様やクレイウス様のように、素晴らしい未来があることを切に祈り、答辞とさせて頂きます。
聖神歴八百年一月九日、シルヴィ・アドリアナ』
粛々と答辞を読み上げ、礼をするシルヴィに、溢れんばかりの拍手が送られる。
クレイウスよりも短めの答辞だったな。やれやれ、視線を感じて仕方がない。人のことを様付けしたりするのは別に構わないのだが、なんだか妙にこそばゆいのだ。
その後も、式は淡々と進められた。新入生の名前を読んだり、校歌を斉唱したり、見覚えのあるというか、普通の入学式だった。
続く始業式でも、理事長の挨拶と担任の発表だけだった。
そして終わったあたりで、準備のお願いが入る。
次は着任式(始業式と順番逆じゃね?)、つまり俺の出番だ。
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