第48話 式場にて
『保護者の皆様は、前に詰めて御着席頂きますよう、ご協力を——』
場内アナウンスがメインアリーナを流れ、子供の成長の新たな一歩たるこの式場に押しかけた保護者たちが、開式を今か今かと首を伸ばして待っている。
この後は在校生が式場に入れば開式だ。
各地点で、教職員が誘導を行い、指示を出している。これだけの人数を統率するのは至難の技だ。ここの入学とは、それだけで一族の名誉、みたいな節があるので、親族総出でやってくる人も多い。
王都にある高等学舎は、毎年百二十人の新入生を迎え入れる。王国内の各地から受験者が殺到するため、倍率はこれ以上ないほど高い。
他の、地方にある高等学舎は、枠も広く入りやすいのだが、ここの卒業という名誉は王国内で非常に強く、就職に有利に働く。
留意点は、学部が一つしかないこと。戦闘技術を磨くことができるものの、逆に言えばそれしかない。地方の高等学舎には、幾つも学部があり、大学のようなシステムが出来上がっている。
戦闘系の職務に所望する人は、ここの卒業で就職するのだが、進みたい道がある場合、他の高等学舎も卒業することが求められる。
そのためどの高等学舎も、受験資格の定年は定めていない。なので倍率が急上昇するのだ。
せめて三十までにするべきではないのかとも思うが、俺に関係する話ではない。
俺はというと、メインアリーナ正面にあるステージの横で、新任教師としての立場で待機している。手元にはいくつかの紙。何か次の研究テーマを探すために、適当に漁ってきた論文だ。
緊張はあまりない。大勢に見られるのは、いつかの《大魔導》叙勲の際に経験したし、あれほど大人数ではないだろう。
他には後三人、ここに赴任する教職員が、落ち着かなそうにしている。ある者は膝を擦ってモジモジし(トイレでも我慢しているのか?)、ある者は胸に手を当て深呼吸し(女性なので胸元が目立つ)、ある者は手に「覇道」と書いて飲む仕草をしている(意味が分からない。どこかズレてるタイプと見た)。
ここの指導者として、クレイウスに認められたのだから、それを誇ればいいのに、と思うのは俺だけなのだろうか。
すると、待機部屋に二つの人影が入って来た。それは迷わずに俺の方へと歩いてくる。どうやら目的は俺らしい。
「ここに居たのか。探したよ、アルーゼ」
「大して探しても居ないだろう。お主、妾が此奴の位置を分かるからと、妾を羅針盤のようにこき使いおって」
聞き覚えのある声だった。
目線を上げる。そこには、礼服に身を包んだ兄さんと、クッキーの袋を片手に持つ
……コイツの存在、すっかり忘れてた。まあ、家に置いておいたとしても、誰かしらから餌付けされていただろうから、大して心配にもならんが。
「どうしたんですか? クレアも一緒にこっちに来るなんて」
「そんなの決まっているだろう? お前の晴れ姿をコイツに収めるためさ!」
そう言って、懐から見覚えのあるアイテムを取り出した。満月のようながら、少し緑っぽい光を放っている。
「それは、俺の作った特製映像宝珠! 何故それを兄さんが!?」
「フハハハハ! 愚かなり我が弟よ! 伊達にセフィアの可愛い映像集を高額で買い続けただけではないぞ! 同レベルにまで記録時間を伸ばせるように、コツコツ時間をかけて作り出した、僕の特製さ! お前のものほどではないが、三時間程度は保存できるから、覚悟したまえ!」
なんか半分キャラ変わりながら、自慢話を宣った。どうやらあれだけの宝珠を使って、少しずつ俺のものに近づけようとしていたらしい。
「とか言いつつ、本当は兄さん自身でもセフィアさんの可愛い場面を撮影したかっただけでしょ?」
「愚問だね」
即答しやがった。
ちなみに俺は、家族の年上組とセフィアさんのみ、「さん」付けしている。何故セフィアさんは呼び捨てでないのかと言われれば、何故か本能が恐怖するからだ。アレを怒らせてはいけない、という本能の警鐘が、俺に敬称をつけさせるのだ。
そこで、俺はもう一つの話を切り出した。
「で、兄さんがいる理由は分かったけど、クレアがここにいる理由は?」
「お主が妾を忘れて引っ越してしまったからじゃろうが」
こちらも即答。ただしこちらは全面的に俺が悪い。
「なんか、すみませんでした」
その場で謝罪を決行することで、俺はその場を凌いだのだった。
——————————
控室にて。
兄さんとクレアが帰った後、再び静寂が訪れた。
だがそこに不安や恐怖はほとんど無くなっていた。奇しくも兄さんとクレアの来訪によって、緊張が緩和されたのだ。
そして丁度、保護者と在校生がアリーナに集まり、開式を今か今かと待ちわびている。会場もまた静寂に包まれ、そこは期待と歓喜が渦巻いているのだろう。しかし、どこか厳かだ。
控室にはモニターが設置されている。正確には、投影系統の魔法、《ブロードキャスト》に映されたガラス板だ。投影される映像は、式場に設置された映像宝珠で、撮影された映像と連結しているのだろう。
凄い技術だ。本当、どこからどこまでがオーバーテクノロジーなのか判断が効かなくなってくる。そして画面から、アナウンスが流れて来た。
『それでは、新入生の入場です! 拍手でお迎えください!!』
どうやら、いよいよ始まるようだ。
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