第40話 旅の軌跡

「ただいま。——リディア」


 その一言を聞いて、リディアは手に持っていた荷物を零れ落とす。

 そして立ち上がった俺に向けて飛び出し、ドン、と勢いよく抱きついてきた。


「相変わらず甘えん坊だなぁ。背、伸びたか?」

「……うん。六年近く経ったんだから、当たり前だよ……」

「そりゃそうか。元気そうで良かった良かった」


 感動の再会に水を差すまいと、周りはとても静かに見守っている。俺の隣に座っていた少女だけは黙々とクッキーを食い尽くしているが。

 抱擁する華奢な身体を優しく抱きとめ、頭を撫でてやる。すると、埋めていた顔を上げて、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「……ブレスレット。返して」

「そうだな。ホレ」


 手首から取り外すと、リディアの左手首に付け直してやる。旅で何度か血も浴びたものだが、それを知ってか知らずか、優しく愛おしそうに撫でる。勿論洗浄済み。


「うん。やっと言えるね。

 ——おかえり、兄さん」

「お兄ちゃん、とは呼んでくれないのか?」

「それは流石に無理。年端もないことは言えない」

「うーむ。時間とは、かくも哀しきものだな……」


 可愛く視線を逸らす姿を見ると、やはり大切に感じてくる。

 そんな妹の頭を撫でてやると、拒絶することなく静かに受け入れてくれる。なんだこれ、超可愛いんだが。底知れぬ尊みを感じる。


「うーん。今はお邪魔かな?」


 その言葉に、俺に抱擁されていたリディアが弾き出すように俺に手を当て、腕を伸ばして距離を取る。その頬は紅潮して、恥ずかしそうだ。

 チラリと。俺は若干の殺気を込めた声で、その言葉を発した主に声をかける。


「妹との感動の再会を邪魔しないでくれないか?」

「失敬失敬。ついうっかり、声をかけてしまったんだ。だからその殺意の篭った視線を向けるのはやめてくれないか?」


 そこにいたのは、几帳面に白で統一された礼服を纏った優男だった。

 年齢は四十くらいだろうか。やや痩せぎすで髪色は灰。同じように灰の瞳を持っていて、そこから底知れぬ魔力が感じ取れる。その姿には、見覚えがあった。


「アンタ、確か叙勲式の場にいたよな」

「覚えていてくれたのかい。うれしいなぁ。僕はクレイウス・アグドノイア。君と同じく、《大魔導》の名を貰っている者で、今はリディアちゃんの通う高等学舎の理事長を務めている者だ」


 優男——クレイウスは、そういうと一礼し、その底知れぬ気配を微塵も隠さずに、空いているソファに座った。


 ……というか、ソファ広いな!!


     ——————————


「いるべき人間ってのは、これで全員だよな?」

「そうだね、少なくとも、僕はそう思うよ。むしろ予想より多いかな」

「それは同感。なんだかよくわからん連中が増えた」


 俺は静かに茶を啜り、落ち着くと、カップを皿に置いて机に置き、俺とゼルクレアの間に立てかけた刀に手を置いて一撫でする。そして一拍おいて、口を開いた。


「さて。聞きたいことがあるなら聞いてくれ。ただし、一人ずつな」


 すると、まず兄さんが手を上げ、こんな質問をぶつけてきた。


「アルーゼ。率直に聞くけど、数日前のあの霊脈の異常は、君のせいだね?」

「霊脈の異常?」


 俺の問いに、兄さんは事細かく教えてくれた。そしてそれが起きたタイミングは、間違いなくあの時である。


「そうだな。俺が本気でやり合ってた時だと思う」

「相手は?」

「《命護龍ゼルクレア》だよ」


 その言葉に、皆唖然とした様子で硬直する。

 だがまだだ。まだこの話には続きがある。

 俺が一連の話をすると、部屋の中はシーン、と静まり返る。重い静寂をなんとか破ったのは、グランだった。


「成る程……。つまりその子が」

「ああ。ゼルクレア本人だ。今はクレアと名乗らせている」

「む、どうした?」


 紹介されて自分に話題が振られたと思ったクレアが、クッキーを食べる手を止めて俺の方を見る。俺の右隣にいるのだが、左隣にはリディアがいて、若干狭い。


「なんでもねぇよ。あと、あんまりクッキー食いすぎるなよ。太るぞ」

「ふん。妾は伝説の龍なのだぞ? こんな菓子で太りはせぬわ。それよりこのクッキーとやらは美味いな! もっと欲しい!」

「お前今の姿だけ見れば子供にしか見えねぇぞ……。フラン、追加頼めるか?」

「かしこまりました。少々お待ちを。アルーゼ様、クレア様」


 そう言ってフランが部屋から出ていく。済まない、ウチの幼女が。

 次に動いたのは、兄さんだった。


「なるほど……。まさか伝説の龍と契約するほどとは。それにクレアって名前、なんだか僕と響きが似てていいね」

「驚き慣れしてるな、クレオ……」


 父さんが、兄さんのズレた反応に頭を抱える。すると、確認するようにグランが口を挟む。


「アルーゼ。ゼルクレアは、我々に対して攻勢に出たりしたりする可能性はないか?」

「一応は手綱は握る。ただし、コイツの管理者としての存在意義は依然として変わらないから、そういう意味で手を出すことならあるだろう。それは俺の預かり知らぬところだ」

「……そうか。分かった」


 つまり、俺がこの国に対して攻勢に出ることはないが、ゼルクレアの意思であれば別である、ということ。

 あくまでも俺たちは契約した者同士の関係。互いに互いの役目や行動に一々目をつけることではない。

 為政者としては、国力の一つに数えたいだろうが、そこは「相手による」と回答するのが妥当なところ。悪魔や天使など、人類やこの世界に影響を及ぼす存在の排除には、その力を使うことも躊躇わない。

 俺の言わんとすることを理解したグランは、素直に引き下がった。

 案外、俺自身の力は使っても構わないという事実に気付いている可能性があるのがこの男の食えないところだ。

 すると、今度は予想外なところから質問が出てきた。


「なあ、一ついいか?」

「なんだ? レヴァン」

「その、ソファに立てかけてあるその剣は一体なんだ? ソイツからはとんでもない気配がするんだが」

「当然じゃろう」


 俺とクレアの間に立てかけておいた刀についてレヴァンに、俺よりも早くクレアが口を挟む。


「何せそれは、妾の角から作り出してあるのじゃからな」

『!!?』


 予想だにしない言葉に、再び沈黙に包まれる室内。しかし、やはり驚き慣れしている兄さんとリディアが反応した。


「またとんでもないものを出してきたね……」

「ねえ、見せてくれない?」

「別に俺は構わないが……」


 チラリと確認すると、材料の提供者は無言だった。「許可」らしい。

 俺は刀の鞘を持つと、リディアに峰を向けて差し出す。白鞘に白の柄糸、白の鍔と白一色に染められた刀は、美しい輝きで見るものを魅せる。


「気を付けろよ。それ結構切れるから」

「う、うん。了解……」


 俺の忠告を聞き届けたリディアは、割れ物でも扱うように慎重に鞘から引き抜く。鯉口を切れば、その美しい刀身が顕になる。


「き、綺麗……」


 その刀身はどう見ても金属ではない。夜空のように美しい紺に、星のように光点が散りばめられている。まさに宇宙を切り抜いたような刀身に、唖然としていた他の連中も、目を丸くして魅入っている。


「ソイツはゼルクレアの鼻の上に生えていた角から作った剣だ。銘はないが、《れいじんとう》って俺は呼んでる。呼び方は特に決めてない」


 魅入っている人たちに、冷静に解説してやる。聞いているかは知らないが。

 すると、リディアが鋭い質問を飛ばしてくる。


「ねぇ、兄さん。兄さんは魔導士でしょ? だったら杖は無いの?」

「ん? おぉ、流石は俺の妹。よくそこに気付いたな」


 通常の魔導士は、肉体を使う剣などの武器ではなく、杖などの魔法と相性の良い物を用いる。

 兄さんなどの魔法剣士は、杖を持つ余裕がないため剣のみを持つ。だがその分、魔法の威力は落ちてしまうという欠点がある。

 ゼルクレアの角というとんでもない素材を使うのなら、俺の場合杖の方が圧倒的に効率がいい。リディアはそこを指摘したのだ。

 なんだか妹の成長を感じる。中身では父と娘くらいの年齢差があるのに、まるで自分のことのように嬉しくなる。

 感傷に浸っている時間が長かったのか、リディアから苦言が呈される。


「ねぇ、杖は?」

「あぁ、悪い悪い。少し悦に浸っていてな。ほら」


 俺が左手を空中に翳すと、それに従うように光の粒子が顕れる。やがてそれは収束し、歪な形状をとった。

 不規則に歪んだその杖は、これまた青白く輝き、七色の光点が、衛星のように回転している。上方はバネのように捻れていて、先端は中央で止まっている。

 世界樹のイメージから生まれたこの杖は、俺のとっておき。


「《星杖フレーナ》。《星晶スターアダマス》から作られた杖だ。コイツが俺の相棒、ってところだな」

「これまた随分な物を持ち出したな……」


 父さんが遂に頭を抱える。

星晶スターアダマス》は、星が生み出した伝説の鉱石——などと呼ばれるが、正確にはゼルクレアの胸元から生えていたあの鉱石のことだ。

 ゼルクレアと、その対極に位置する《死護龍》の二体から生まれるので、《星晶スターアダマス》は二種類存在するのだが、今は語る必要はない。

 その杖の真価は、後々語ることにしよう。

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