第5話 魔法
魔法だと?
という疑問はすぐに捨てた。
何しろ魔力などという代物が、当たり前のように存在している世界なのだ。何らかの形でそう言った概念が存在していようと何ら不思議ではない。
しかし、魔法と言ってもそれが指し示す内容はかなり曖昧で、想起するイメージは人それぞれ。ジブリなんかで見た何でもありな力から、呪文を唱えて使うものまで。魔法という概念が内包する実態は、実はかなり複雑だ。
であれば、これを解決したくなるのは人の性とも言えるだろう。元より探求は、人の持つ力の一つだ。
俺は母さんに抱き抱えられるまま、目的地へと移動した。
着いたのは、一つの建物だった。
アリーナによく似た形状だ。あるいは学校の体育館なんかとも似ている。高さと奥行きがあり、運動なんかをすることに特化した場だ。
ちゃっかり視覚を通して見れば、何やら壁面を魔力が覆っていて、壁の一部として形を成している。
おそらくは結界だ。どのように作られたのかは分からないものの、それ自体が防御の役割を果たしていることはよく分かる。
つまり、結界でも使わない限り、この建物を損壊させかねないことをするのだろう。だからこそ、この整備の整った場を選んだに違いない。
場内には、すでに少年と少女二人がいた。皆一様に美男美女で、しかも両親によく似た顔立ちをしていることから、彼らが
確か一人ずつ二歳違いだった筈なので、一番上は七歳、つまりは小二だ。
故に彼らの行動はまだ幼く、愛嬌がある。実の母親が入ってくると、彼らの顔がパッと明るくなって、駆け足で寄っていく。
「お母様お母様! 待ってました!」
「ママぁ、早く早くー」
「ママ、早くやろ?」
皆がそれぞれ、母さんに催促する。
母さんは軽く「はいはい」というと、少し離れたところにいたメイドのエリンさんに俺を預けた。
エリンさんは俺の側付きのメイドだ。整った容姿に短く後ろで纏められた茶髪が可憐で、大人なのに幼さが残るというか、可愛げのあるメイドである。
主な仕事は普段の俺の世話。子供が四人もいながら、日々激務の数々をこなし続ける母さんは、やはり一人ひとりに時間を割くことが難しい。そのため、それぞれに側付きのメイドを用意し、世話をさせているのだ。
母さんが仕事で忙しいことは知っていたので、特別泣いたり駄々をこねたりはしない。社畜時代の影響からか、誰かの仕事を妨げることが、妨げられる側にして見れば迷惑極まりないことは知っている。それは母さんでも例外ではないだろうという、俺の静かな心掛けだ。
母さんは俺を預けると、三人の元へと向かっていった。
それにしても、母さんは綺麗な歩き方をしている。動きに無駄がないというか、実に運動技術が巧みなように見える。
前世の俺は猫背気味の側弯気味だったので、とても綺麗な歩き方をしているとは言えない。その美貌も相待って、父さんは実にいい人を嫁にもらったな、と少しばかり妬んでしまう。
そんな前世の記憶を引きずっている俺を無視し、事態は動いていた。
「はい、みんな。今日はアルーゼに魔法を見せてあげながら、実戦の訓練をするわよ」
そう、母さんは切り出した。
この世界において、実戦は当たり前だ。時には戦争だってするし、人殺しも是とする。
世界観の違いだろうか。俺としてはあまり認めたくない事実だ。まして将来、人殺しを行わなければならない事態になる可能性もある。そこはこれからの努力次第だろう。
母さんの指示を受けた長男、クレオ兄さんは、コクリと頷いて移動する。姉二人は母さんに並んで兄さんの観察だ。
一つ上の姉、リーネは、まだ三歳だからか、何か落ち着かないようにモゾモゾと動いている。その姉にして長女、イレーナ姉さんは、流石に五歳のためか少し落ち着いている。クレオ兄さんに至っては真剣そのものの顔で、自分の兄姉の精神年齢が高いことに驚いた。
「始めッ」
母さんが鋭く叫ぶ。
すかさず兄さんは、手に持っていた
「我が手に集え、大いなる炎の魔よ、《ファイアーボール》!」
兄さんの呪文が終わると、手杖の先端に、何かが発生した。円形に似た、幾何学的な光の模様だ。
それが浮かぶと、変形して光が収束。炎が球状に生まれ、それが杖の先端から飛んでいく。そして少し飛んでいくと、着地。爆発した。
爆発したとは言っても、水素が燃えるような、ポンッ、という音を上げて炎が広がり、そして消えただけだ。
だがそれを見ていた他のメイドたちは拍手を送っている。兄さんは悔しそうな顔を浮かべながら一礼。その場を離れ、母さんの元へと向かった。
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