小説 ロボットの話 It was a story of dark and quiet nights.

66号線

第1話 darkness

 皆様、はじめまして。私はお手伝いロボットです。


 ロボットといってもAIみたいに、何でもできる優秀なものではありません。お茶を運んだりお掃除をしたりといったような、ちょっとした家事のお手伝いを致します。そうですね、家庭用ロボットといったところでしょうか。形はちょうど、何でしたっけ? そう、「スターウォーズ」に出てくる丸っこいロボット。あれに似てるとよく言われます。使う人の心を和ませるように、ころころとした形状で作ったと生みの親は申します。


 私がお世話になっている(お世話をしている?)お宅を紹介します。23年前に家電量販店で私を選んでくださったご夫婦と、その一人娘のお嬢様が私を使ってくださる家族です。まだ小学校に上がる前だったお嬢様は寂しがり屋さんで、幾度となく私をぬいぐるみ代わりにぎゅっと抱きしめるのでした。


 小学校に上がってからは、寝坊助なお嬢様をお母様とともに起こしに行くのが私の朝の仕事でした。学校に遅刻しないように起こし、朝が弱くてぐずつく彼女の顔を洗わせ歯を磨かせ、身支度を整えさせます。これが意外と骨の折れる作業で(ロボットに骨はありませんが)ようやくお嬢様が朝食を召し上がっていただく頃にはいつもバッテリーが切れかけてしまい、慌てて充電をする始末でございました。


 そんな昔の朝のルーティンが余計に懐かしく感じるのは、きっと近頃のお嬢様が塞ぎ込んでいらっしゃるからでしょう。寝室で一度眠りにつくと、なかなか目を覚まされません。丸一日近く眠られている日もしばしばでございます。


 話をお嬢様の小学生の頃に戻しましょう。


 私のご主人であるご夫婦はいわゆる転勤族で、昔から全国を転々としがちでした。お嬢様は御多分に洩れず典型的な「転勤族の家庭に生まれた娘」でありました。私の古ぼけたメモリーで覚えている限り、少なくとも小学校で2回、中学で2回と義務教育課程で4回以上は転校を余儀なくされました。私なんかは呑気ですから、引っ越しのたびに段ボールに入れられる以外は快適なもので、未知の世界を旅する感覚でむしろ楽しんでおりましたが、彼女は私よりもずっと繊細でした。繊細で、意地っ張りなのでした。繰り返される転校のたびに迎える、お友達とのお別れが辛すぎるあまり距離を置くようになさっていました。お友達に本音を打ち明けられないようになってしまったのです。やがてその癖は治しようがないほど定着し、何を考えているか分からない、ちょっとクールな性格としてお嬢様の印象を形作ってしまいました。それはそれで個性ですから良いと思いますが、ご本人はそういった周囲の反応は不本意でございました。


 言葉を選ぶ配慮がまだ身についていない子供ゆえか、時にはご学友に本音で話したところ「性格が暗い」など心ない一言を浴びせられることもあったそうです。彼女はたまたま気分が落ち込んでいただけで、普段からそういうわけじゃない。私は元気があって活発なお嬢様をたくさん知っています。ロボットだから人間の心の機微には今ひとつピンと来ませんが、あまりにも傲慢な態度だと思います。その一瞬だけを見て、さも全体を知ったかのように切り捨てるとは、何事でしょうか。私は気にしなくて良いと思うのですが、そうした理不尽な出来事の積み重ねでお嬢様の心には細かい傷がたくさんついていき、ますます本音を言えない臆病な人になっていきました。仕方がないとはいえただでさえ縁が切れやすい境遇に加え、連絡が途絶えて馴染みの人とだんだん疎遠になっていくのです。本来なら心を持たないはずのロボットの私ですら、お嬢様のご様子には一抹の寂しさを覚える程でした。


 あれは何度目のお引っ越しでございましたでしょうか。


 雪が多く降る街のある夜のことでした。しんしんと降り積もる雪の音が遠くから聞こえそうなくらい静かな夜。お嬢様は寝室のカーテンの陰に隠れて窓の外をじっとご覧になっていました。リビングではご夫婦がくつろいでいらっしゃいました。


 赤いパジャマを着たお嬢様は手にお人形を持っていました。お人形に窓の外とご自分を交互に見比べさせながら、なにかを呟いています。バレないようにそっと私は近づいてお嬢様の様子を伺いました。お人形は青いドレスを着たフランス人形みたいな古びた陶器でした。「いつかここから出たいね」「迎えに来てね」とフランス人形は言いました。それはもちろんお嬢様の声でした。


 今、お嬢様の世界にはたった1つの古ぼけたフランス人形しかいません。フランス人形がお嬢様をこの部屋から連れ出せるはずがないし、あるいは彼女たちを迎えに来る人も、存在するはずがないのです。降りしきる雪が、彼女たちをまっさらで不思議な泡沫の世界へと閉じ込めてしまったのでしょうか。ああ、私はロボットなので心などないのですが、この時はお嬢様を、人間というのを、とても哀れで、とても愛おしい生き物だと思いました。


 私たちを音もなく雪が覆っていきました。夜が永遠にずっと続くかと思うくらい長い間、お嬢様はいつまでもいつまでもフランス人形に話しかけていらっしゃいました。

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