新作はここ

賢者に訊く

賢者に訊く

 おお、こんな森の奥までよう来たのう。

 そりゃまあ、こうも大きな家を建てたら目立つわな。 

 無愛想で箱みたいな家じゃが、立派なもんじゃろ?

 犬も猫もみんな一緒に暮らしとるんじゃ。これくらい広々としとらんとな。

 大人しい生き物ばかりじゃから、そんなに縮こまらんでええ。

 人嫌いには、ちょうどよい仲間たちじゃ。


 そこの蛇をどけて、椅子に座って待っておれ。

 獣は嫌いか? 顔が青いぞ。


 ……おぬしから立ち上がっとるその波動、帝国の魔道士であろう。それも特級じゃな。

 なあに、取って食ったりせん。帝国人は見つけ次第、焼き殺すとか、ありゃあタチの悪い噂じゃ。

 こら、土下座はよさんか。


 話くらいは聞いてやるから、まずは水を――うむ、消えてしまいおったな。魔法の失敗じゃ。

 そんな顔をするでない。

 ワシだって失敗くらいするわ。ほれ、今度は上手くいった。

 さあ、ぐっと飲んでまずは落ち着け。


 どうせ頼み事でもあるんじゃろ?

 ほう、世界の危機を救って欲しい、と。

 大賢者であるワシにしか頼れん、と。

 買いかぶり過ぎじゃ。他人より少し知識を得ただけの老人に、何を期待しとるのやら。


 まあ、遅かれ早かれ、誰か来るのは予想しとった。

 魔法が使えんようになったことじゃろう。山に引きこもっておっても、それくらいは知っておるよ。


 帝国は魔法に頼りきっておったからなあ。

 夜は真っ暗で、移動もままならない? 自分の足で歩けばよかろう。

 食べ物が枯渇しそう? 田畑は人の手で耕すものじゃろうに。


 だからワシは何度も訴えたんじゃ。このままでは、いずれ国が滅ぶぞと。

 それをアヤツら、騒乱罪だとか国家反逆罪だとか、勝手な罪状をなすりつけよって。

 牢から逃げたら、追っ手まで寄越しおるし……。


 よいよい、お主は礼儀正しいからな。すぐには、どうこうせんって。

 で、魔法が失敗するようになった理由、か。


 魔法が発達したのは、今から百五十年前のことじゃ。

 ワシなんか足元にも及ばん天才がおってな。それまで遊戯に等しかった魔法を、其奴が特級位にまで昇華させよった。

 歴史くらい知っていると? 馬鹿者、年寄は順番に話さんと気が済まんのじゃよ。

 黙って聞いておれ。


 その天才の教えを受けた連中は、皆が天変地異の如き魔法を駆使して、世界を一変させた。

 最たるものが、あの帝国じゃ。

 海の真ん中に土魔法で大陸を作ってな。そこに魔道士の治める国を造りよった。

 魔造帝国、とはよく言ったものよ。土地も建物も、そこで得られる食料も衣服も、全部魔法で得た物ばかり。


 今でもよく覚えておる。三十二年前のことじゃった。

 帝都の夜道を歩いておったら、街灯が一つフッと消えてな。その場でワシが直したんじゃが、どうにも納得出来んかったんじゃ。


 街灯は半永久的に使えるように、保護魔法も掛かっておる。

 もちろんその術式が崩れたら故障もするだろうが、保護も点灯も時間制御も、何一つ損なわれておらんかった。

 それなのに、光が消える。

 なぜ、と考えるのは大事じゃぞ?


 魔法は何もない宙空に炎を生み、水を注ぎ、光を灯す。

 不思議よのう。

 最初は原理を研究した者もいたんじゃが、誰にも仕組みは解き明かせなかった。

 やがて魔法とはそういうもの、と認識されてしまう。


 しかしな、無から有を生むなんて、神でもなければ不可能なんじゃよ。

 魔法は魔素エーテルで生むのでは、じゃと? のんきな頭をしておるのう。

 その魔素というのも力の一種じゃろ。では、その力は虚空から生まれたとでも言うのか?


 人の身体にも、大地にも、皆を包む大気にも、魔素なんてものは含まれておらんかった。

 延々と調べたワシが言うんじゃから、信用せい。

 魔法を使うとどこからか魔素が湧き、自然現象が生じる。そうとしか説明しようがない。


 分かりやすいのは、お主の飲んでおる水じゃな。

 空気中の水分を凝縮しているとか、魔素を水に変換しているとか、全部嘘っぱちじゃ。

 いきなりポンッと生まれる、それが正解。何も無い空間に、水が降って湧くんじゃよ。


 そこでワシは考えを進めた。

 本当に無から生まれているのか、と。世界に存在する力が、どんどん魔法で増えるのはおかしいんじゃ。

 それでは歪んでしまう。それはもう、手の施しようのない歪みが。


 力は必ず、等価でなくてはいけないと、ワシは思う。世界もその理を曲げられやせん。

 コップ一杯の水を得たのなら、どこかでその分の力が失われないと辻褄が合わん。


 そろそろお主も理解してきたかの? まだか。頑固じゃの。

 この世にいきなり魔法で力を湧かせたら、必ずどこかで同量の力が消える。

 さっきワシも、一度は水を作るのに失敗したじゃろうて。あれが魔素の消滅という現象じゃ。


 生成と消滅は対になっとるが、同一の次元とは限らん。

 次元、では難しいか。時間と言えば分かるかの?

 おお、顔がさらに青くなってきおった。

 ようやく理解が追いついてきたか。


 魔法を使うと、力を前借りするんじゃよ。

 先の次元から、同等の力を引っ張ってきて充てる仕組みじゃ。これで魔素やら魔法原理の説明がつく。


 大体、百年じゃと思う。

 人は百年先から力を奪い、魔法として顕現させてきた。

 いずれツケは払わんといかん。それが現在、次々と魔法が失敗し、魔法で作ったあれやこれやが消滅していく理由じゃな。


 おうおう、もう帰るのか?

 どうせまた、ここへ戻ってくる気はするがの。

 そん時は嫁さんも連れて来い。


 大地が没する津波が起きても、この家は海に浮いて助かる。

 種が絶えんように、虫や鳥も乗せてやるかのう。


 急いだ方がよかろうて、お前さん。

 どうしても救いたい者がいるなら、もう少しくらい乗せてやってもいい。


 伝えよ。

 このアララト山の麓に、箱船が待っておると。

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