04. なるようになるさ

 茅の輪くぐり当日、紗英の予想に違わず、続々と石段を人が上る。

 茅の輪は本殿の前に設置され、巫女姿の紗英が皆を案内していた。

 口上もそれらしく、堂々たる神職ぶりだ。


 社務所の窓口では、母がお守りやおみくじを販売していたが、こちらは少々寂しい。

 売り上げには期待出来ないだろうな。


 茅の輪は一人が四回くぐる。

 くぐって左へ、戻って右へ。八の字を描いて最後、本殿へと直進し手を合わす。

 大方は遊び半分なのだろうが、中には真剣な面持ちの者もいた。

 包帯を巻いた参詣客や、おぶられた老人の姿もある。

 彼らは自分を襲う病魔を払いたいのだろう。


 俺は御神木の裏に隠れて、人々の様子を窺うだけだ。

 手伝ってやろうにも皆には俺が見えないし、神の御業みわざなど披露出来るはずがない。

 こんな行事一つで神社が再興したら、苦労は無いよなあ。


 ぼんやりと輪っかくぐりを眺めていた俺は、一人の老人に目を留めた。

 なんか黒いな。


 家族に両脇を抱えられた老人は、拙い足取りで八の字を歩む。

 その足にまとわり付く黒い影がどうにも気になって、俺は茅の輪へ近づいた。


「ぶち!」


 紗英の顔が、俺に気づいてぱっと明るむ。

 彼女の相手はどうでもいい。

 いざ本殿へと進み出した老人の足元へ、俺は勢いよく飛び掛かった。


 一気に膨らんだ影が、俺の全身を包み込む。

 苦しい、気持ち悪いと感じたのも一瞬だけ。

 黒もやをひと噛みし、捻りをつけて跳ね上がると、影は散り散りになって地面にバラ撒かれた。

 黒い飛沫は境内に吸われ、何事も無かったように消滅する。


「おお、歩ける……歩けるぞ! ほら見てみい、ここの茅の輪は本物じゃろ!」


 老人は足が治ると信じて家族に頼み、間奈神社へ連れて来させたらしい。

 何故そう思ったかより、大事なのは結果だ。

 感涙を流す老人に釣られて、家族どころか周囲の参詣客にももらい泣きする者が出た。


「皆さん! 間奈神社の守護神は人を助け邪を討つ、古来そう伝えられております」


 紗英の口上を受け、順番待ちしていた者たちが「おお!」とどよめく。


「茅の輪のミニアクセサリーは五百五十円、白黒カラーの特製陰陽護符は三百三十円。社務所にてお扱いしております!」


 早速、何人かが社務所へ向かう。

 紗英はしてやったりという面持ちで、こそっと俺にウインクしてみせた。

 いつの間に特製護符なんて作ってたのやら。

 こいつは大物かもしれん。商売繁盛の札を作った方が効きそうだぞ。


 この日、俺は四匹の影を退治する。

 事あるごとに狛犬の御加護だと喧伝けんでんした紗英のお蔭で、売り上げは結構なものだったみたいだ。

 人が消えた日没後、紗英はまた狛犬像へ食事を供えに来た。


「ありがとう、神様。ここからは、私が頑張るね」


 それがいい。

 今日の売り上げなんて、知れているからな。


「まず、狛グッズを作ってさ。んで、ホームページにお話を載せようと思うんだ」


 はあ? 狛猫グッズって何だ。

 まさか俺の人形とか作る気か?


『あなたみたいな狛犬は珍しいから。まつられても仕方ないわね』


 ン百年を超して生きた俺は人に等しい智恵を得て、野犬どもが恐れる半妖となっていたとか。

 近隣中の犬が集まるのも、俺が恐くて必死だったんだな。

 化ける寸前に神社に救われた、と。

 神域に縛られたとも言えそうだが――。


『辞めますか? 無理強いはしませんよ』


 ま、不自由なのは我慢するよ。

 爺さんの曾孫ひまごだか玄孫やしゃごが、こうも喜んでるの見ちまうとなあ。


「尻尾が二股の狛猫、人気出そう! ねえ、鳴いてみてよ。可愛く、ほら」


 ぐるるっと短く吠えてやったら、思いっきり不満な顔をされた。

 ふん、なるようになるさ。


 俺の狛犬生活は、こうやって始まったのだった。






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