オチ無し王子と先読みの姫

オチ無し王子と先読みの姫

 王には七人の子がいた。

 上の六人は男ばかりで、皆が壮健に育ち仲も良い。

 戦火は絶えて久しく、後継ぎの心配も無いとなれば、王国の安泰は約束されたようなものだ。

 少なくとも当面は、国を悩ませる事案とは無縁のはずだった。


 その王の顔が憂いげに曇ってから、もう三年の月日が流れる。

 彼の懸念は七人目の子、唯一の王女であった。


 幼い頃から愛らしかった彼女は、殊の外、王から可愛がられる。

 城から出すのも嫌がったそうで、まさに箱に詰めた宝石の如き扱いだった。


 見た目は玲瓏れいろうでも、勝ち気でやんちゃだった少女からしてみれば、籠の鳥に不満も募る。

 彼女の退屈を慰めたのは、城に保管された古今東西の書物だ。

 貪欲に物語を読み漁り、知識を蓄えた王女は、やがて教師役の貴族たちも舌を巻く聡明さを身につけた。


 粗方あらかたの蔵書を読み尽くしてしまうと、彼女は更なる本が欲しいと王へ訴える。

 ニコニコとそれに応じた王の命で、次々と新書や稀覯きこう本が城へ持ち込まれた。


 そんな王と王女へ、苦言を呈したのが王のきさきである。

 もはや娘も親を離れる年頃、いつまでも城と本に括りつけてはなりませぬ――この叱責に王も反論出来なかった。

 十二で嫁ぐことが多い王族にあって、王女は既に十三回の誕生祝いを受けている。


 彼女に見合う相手を探すため、后は国内外の王侯諸氏に声を掛けた。

 この知らせを待っていた者は多く、我こそは、我が息子こそはと、列を成して青年たちが城へ押し寄せる。

 王女の器量は絶世のものと知れ渡っており、連日、男の側がこうべを垂れて求婚した。


 近隣一と噂される財を築いた貴族の長男。

 自ら陣頭に立ち、蛮族を退けた遠国の王子。

 隣国の公爵家から来たのは、市井の女たちが溜め息と共に噂するほどの美丈夫だった。

 しかし、どの男たちも色良い返事は貰えず、肩を落として城を出る。


 国のために嫁ぐことを、王女も決して拒みはしなかった。

 ただ、彼女は一つだけ相手に条件を付け、これを王と后も受け入れる。

 たった一つくらいの希望を叶えてやれなくて、人の親が務まるものか。その王の意気込みは、次第に時節を過ぎた花のように萎れていった。


 ――面白い話をする人と結婚したい。


 一見、簡単に思えたこの条件を、合格できる者などいやしなかった。

 あらゆる物語に通じる姫は、何を話して聞かせても面白いとは言わない。

 それどころか、話の途中で先を予想し、相手の気勢をこれでもかと削いだ。


 黒幕を当て、或いは作戦を推測し、時には意外な結末すら的確に予想する。

 男たちは王女の賢さを讃えたが、彼女はつまらなさそうに中座を繰り返した。

 ここに至り、珠玉の姫と称された彼女は、もう一つの異名を頂戴する。全ての話を予想し切る、“先読みの姫”だと。


 さて、困ったのは王だ。

 三年が経っても相手が見つからなければ、さすがの彼も焦ろうというもの。

 だからと言って、平民の詩人や道化と引き合わせるのも躊躇ためらわれる。

 王女は話の面白さだけで選んでいるのかもしれないが、やはり王としては立派な男を探してやりたい。

 しかしながら、冒険譚にも神代の伝承にも退屈する王女を、楽しませられる者はいるのか。


 白髭を蓄えた先代からの側近が、悩む王へ助言した。

 先が読めるから、つまらないのです。結末が分からない話をさせればいい、と。

 それが難しいから困り果てているのだと言う王へ、適当な者がいると側近は受け合った。


 およそ辺境と呼んで差し支えない東の国に、一人の王子がいるとか。顔も能力も並以上だが、話が面白くなくて未だに独り身らしい。

 説明をされた王は、それでは条件と真逆ではないかと憤る。


 ところが激論の末、王もこの王子へ使いを出すことに決めた。

 どんな話をしてもスッキリとした結末を語れず、要領を得ない男。彼に付けられた渾名は、“落ち無しの王子”であった。


 七日の後、王子は城へ現れ、王女の前で片膝を突く。

 挨拶もそこそこにして、彼を椅子へと案内した彼女は早速、話をせがんだ。


 私が五つの時、鹿狩りに付き合って山へ連れて行かれました――そう切り出した王子は、自らの思い出を話し始める。

 王国とは様相の違う狩りは、それなりに興味を持てるものだった。

 だが、この程度であれば、もっと波瀾万丈な物語を何人もがしている。

 今回も王女が話の腰を折るだろうと、同席する王たちが待ち構えていたところ、予想に反して彼女は王子を制したりはしなかった。


 狩りの話は晩餐の様子に移り、城下街の説明から、彼の国の歴史へと続く。

 話題が変わる度に、王女は眉間に皺を寄せ、少しずつ身を前に乗り出した。


 王子もまた、出された水を断って、ひたすらに口を動かす。

 どの内容も、さして盛り上がりもしないし、気の利いた落ちも無い。

 正午過ぎに始まった王子の奮闘は、なんと日没を過ぎても終わらなかった。


 こんなにも長時間にわたり喋った候補者は、王子が初めてのことだ。

 大部屋の燭台に火が灯り、晩餐の準備が整った頃、王女はすくと立ち上がった。


 まだ話す王子の傍らへ寄り、出会った時とは逆に膝を折った彼女が、王へと振り返る。


「この方の元へ行きたく存じます」


 まさかの決着に、一同は声が出ない。

 彼女が王子の手を取り、二人並んで王へ頭を下げたのを合図にして、ようやく万雷の拍手で祝福された。


 先読みの姫は、一度たりとも王子の話に口を挟まなかったと伝えられる。







 二人が結ばれて数年後、王子は辺境の領主を任じられた。

 姫の国から見れば、東の端のさらに端、遥か遠くの異境に違いあるまい。

 それでも彼女たちは仲睦まじく、知恵を絞り合って領地を治める。

 やがて東の国が隆盛するのは二人のお蔭なのだが、まだこの時は知るよしもない未来のことだ。


 王子はかねてから姫の噂を耳にしており、城に招かれた際には跳んで喜んだという。

 もっとも、選ばれる自信は皆無で、無我夢中でつむいだ話はほとんど覚えていない。


 それを姫に打ち明けた彼は、ずっと心に抱いていた疑問を彼女へ問う。

 自分でも、あの時の話が面白かったとは思えない。

 いつ「もういい」と止められるか覚悟していたのに、どうして最後まで聞いてくれたのか、と。


「やめてなんて、言えるわけないわ。でも……面白くはなかったかも」

「ならどうして?」


 彼女は当時を思い出して、楽しそうに微笑んだ。


「みんな、練りに練った話をしてくれた。でも、話すことにばかり夢中だった」

「ボクは違った?」

「ただただ、私に・・喋りたいっていうのが伝わったから」


 王子が何より考えていたのは、ほんの寸刻でいいから長く姫の前にいたい、だ。

 オチも面白さもすっ飛ばし、息継ぎも怪しい勢いで、時間を引き延ばすことだけに集中したのだった。


「求めているものを勘違いしていたのかも。それに、ずっと話してくれれば、いつかきっと面白くなるわ。それまで聞かせてくれるんでしょ?」

「約束しよう。じゃあ、今日は地下室の話かな。王城には鍵の掛かった部屋があってね――」


 きっとこの夜も、物語は尻切れてしまうのだろう。


 それで幸せなのだと、姫は黙ってつまらない話に耳を傾けた。

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