報恩の宴3
「……お、おい。ハーン殿。これはなんだ。なにが始まるんだ!?」
王女殿下ってば“魔王陛下”になったり“ハーン殿”になったりするのはアタシに対する気持ち的な距離感が揺れてるのかしら。難しいのよね、他国との間での上下関係って。
まあ、そんなことよりアタシが気にするべきは、目の前の
直径1m近い中華鍋が宴会場に運ばれ、特製高火力バーナーに点火された時点で王国御一行様はあんぐりと口を開けて固まっている。
辛うじて反応を示した王女殿下にしても、どうしたらいいのかわからず半ば腰を浮かせ掛けたままだ。
「殿下、大丈夫ですからお坐りください」
「本当か!? 爆発したり炎上したりはしないのだろうな!?」
「しませんから、大丈夫ですよ。アタシのいたところの料理には、“静かで大人しいもの”と“激しく猛々しいもの”があるんです。ここまでの
ここまでの流れで、「ふー満足」みたいな空気だった場合は、胃に優しくほんのり薬草が香るお粥の用意もしていたのだ。でも、なんか飢えた獣のように目がギラギラしてるし。ここは攻めないとと。
「猛々しい、
「ええ、そんなようなものです。この料理を極めた料理人たちは、劫火を意のままに御するだけの力量を求められるそうです」
アタシの場合は所詮、真似事だけど。
さて。中華鍋をチンチンに熱して軽く煙が出るくらいになったところに、ナッツから抽出した特製のゴマ(風)油を投入。これには事前にニンニクに似た香草を低温で温め、香りを移してある。カリカリ気味になったニンニクは取り出してトッピング用に細かく砕いてある。
野鶏の肉は軽く衣をつけ油通ししてあるし、卵も溶いて乳脂を混ぜてある。ネギに似た薬草も微塵切りにしてあるし、硬めに炊いた
後は、気合と度胸でスピード勝負!
鶏肉を軽く炒めて香り付けの醸造酒を振りかけると、バチバチバチジュワバシューっと激しい音が弾け、火炎が跳ねる。お客さま方がビクッと身体を引き攣らせたのが、視界の端に映った。
気にせずすぐ卵を流し入れると手早くふわりと火を通し、続けて
日本で流通するジャポニカ米だとあれこれ手間をかけ工夫しないとベッチャリしちゃうんだけど、この沼麦の場合は元々の粘り気がなくパサパサボソボソしているので上手くパラパラになる。
その上、油と卵と肉の旨味が自然とじんわり染み込むのだ。
タイミングを見極めてネギと投げ入れ、鍋肌に醤油を振りかける。ホワッと湯気に乗って焦げた醤油の香りがテーブルに届く。誰かがごくりと喉を鳴らした音が聞こえた気がした。
「「「ほぉおお……」」」
続いて、呆けたような吐息。これは、
浅めのスープ皿に丸く盛り付け、レンゲをイメージした木製スプーンを添えて各テーブルに手早く配る。一緒に出したスープは濃いめでトロみのある餡掛け風。
「お上がり下さい。アタシのいた隣の国の料理ですが、“チャーハン”といいます」
……って、もう食べてるわね。
皆さん、すごい勢いでがっついてるんだけど大丈夫かしら。ハフハフいってはいるけど、誰もひと言もしゃべらない。ムフンとかウムムとか鼻息だけで意思表示しあい、お互い顔を見合わせては頷いている。
いいたいことは、わかるけど。
「そちらのカップに入ったものは、スープとして飲まれても結構ですし、チャーハンに掛けても美味しいですよ?」
半分くらいの人たちが既に食べ終わってしまったらしく、お代わりを所望されている。多めに作っておいたんだけど、それでも足りなくなったみたいで食べてる途中の人たちが焦り始めている。昭和の子供か。
「ああ、ご心配なく。チャーハンもスープも、お代わりは、たくさんだありますよ。
それを聞いて、皆さんはようやくホッとした顔で味わいながら食べ始めた。
ちなみに、大食漢の王女殿下は早くも3杯目に突入しながらも勢いは衰えを見せない。それどころか食べ終わるより早くメイドさんに手を上げ、お代わりを頼もうとしている。
姫様、あなたどこのフードファイター?
「これが……」
「はい?」
「……これが、沼麦の力ということかッ!」
王女殿下ってば、カッと目を見開いて悔しそうに、なんか倒される前の魔王みたいになってるわ。
いや、魔王はアタシなんだけど。
「そうですね。沼麦はまだまだ多くの可能性に満ちているんです。もう少ししたら、新しいお酒や料理も試してみようかと思って……」
「「「「!!!」」」
いや、皆さんカッと目を見開いて一斉にこちらを見るのはやめていただきたいわ。ムッチャ怖いから。
泡盛みたいな蒸留酒も美味しいと思うの。あれタイ米で作るらしいから、日本酒風の酒造りより向いてるんじゃないかしら。あとは魚介たっぷりのパエリアとかも良いわね。スープで炊くピラフも悪くないわね。お客さんにお好みで混ぜてもらうビビンバみたいのもそそるわ。元・日本人としてはカレーも外せない。
これは夢が広がるわね……。
「……そ、その沼麦料理は、ここでしか食べられないなどということは、ないのだろうな!」
「え? ええ。いまは産地がバッセンだけですから、少なくとも最初はここで……」
それを聞いた姫騎士殿下が、この世の終わりのような顔をしてテーブルに突っ伏した。
……ああ、そうよね。
早くも食べ終えていた王国御一行様は、扱いに困ったような顔で姫様を見て、どうにかしてくれというようにアタシを見る。
「収穫量が増えてきたら、ルーイン商会から王国にも輸出しますよ。売れ行きを見ながら、ですけどね。とりあえず、いまは自生種しかないので、料理とお酒はバッセンと……わかりました、メレイアでもお出しします」
その言葉を聞くと、にぱあっと輝くような笑顔を浮かべ、たちまち立ち直った殿下は幸せそうな表情で手を上げメイドさんを呼ぶ。
「お代わりを、大盛りでお願いする!」
――まだ食べるの!?
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