報恩の宴1

 アタシはグッタリしたマーシャル王女殿下を引き連れ、王国御一行様の待つ温泉宿に向かう。彼らには今回、バッセンに建設された温泉宿のひとつ、グレードごとに松竹梅とある最高級旅館、松の湯に入ってもらった。ちなみに竹と梅はまだ建設中だ。

 竹の湯は、中流階級の逗留やちょっと奮発したお祝い事を行うための施設やサービスを予定している。梅の湯は団体客用の大箱で、作りも料理も安くて簡素。湯治にも使えるようにと長期滞在割引も考えている。

 お湯は共通で効能も抜群。ご飯やお酒や娯楽は温泉街に出て好きなものを選べるようにするつもりだから、各自の趣味嗜好や懐具合に合わせた楽しみ方を選べる。


大凡おおよそのことはわかった。もしかして、ここに娼館も作るつもりなのか?」

「それなんですよね……」


 正直、あまり乗り気ではない。性風俗それが必要とされていることはわかるんだけど、経験もなければ指針もない自分たちの管理できる分野ではないのだ。


「いまのところありませんね。後ほどルーイン商会と相談します」

ルーイン商会あそこは裏町に伝手はない筈だが」

「でしょうね。それにしても、こちらで勝手に動くより話は通りやすいでしょう。ちなみに南部領ではどうされています?」

南部領府うちは、王都が比較的、近くにあるからな。個人営業・・・・の娼婦が商隊や旅芸人に付いて訪れることはあるが、それだけだ。古来から旅芸人かれらは春を売るのが副業ということになっているので、黙認している」


 良い機会だと思って、アタシは前から気になっていたことを訊く。獣人族の一部に流れていた噂だ。


「流れの商隊のなかに人身売買組織ひとかいが混じっているという話を聞いたことはありますか?」

「それは事実だ。流れというのとはちょっと違う。王国東部にはずいぶん広く入り込んでいる。捕えようと動いてはいるのだが、王国側こちらの動きを読んで、狡猾に逃げ回っている。捕まったところで娼婦を切り捨てるだけで黒幕は判明しない、ことになっている」

「実態は把握しているけど証拠はない、ということですか?」

「共和国で税を払い切れない平民や農奴が娼婦に落とされているようだ。東部という時点で明白だろう。肌の色も言葉も隠せていないしな。隠す気もないのかもしれんが……」


 アタシ個人としては、望んで身体を売るひとがいるのなら特に問題はないと思っている。必要な職業ではあるんだろうし、需要は確実にあるのだ。それで不幸になるひとがいるのなら関わりたくない。むしろ……


「保護して難民として受け入れる、か?」


 姫騎士殿下は食材だけでなく、人の心まで読んでしまうようだ。アタシがわかりやす過ぎるのかもしれないけど。

 苦笑して首を振るが、実際その通りだ。共和国や帝国は敵ではあるけれども、一般市民に対して他意はない。それが齎す騒動は大きいだろうけど、いまの魔王領の国力なら対処できるのではないかと思っている。


「もし王国で処分に困ったひとがいたら、話をしてくださいな。揉め事込み・・・・・で、相談に乗りますから」


◇ ◇


「お、おおお……!?」


 王国マーシャル王女殿下御一行様は、広い宴会場で戸惑いの声を上げる。

 広いといっても松の湯は少人数にきめ細かいサービスを、というコンセプトなのでテニスコート半分くらい。そこに掘り炬燵式のテーブルが4脚、中央に少し寄せて設置してある。

 お風呂に入って旅の汚れと疲れを流した皆さんは、肌と髪の艶がエライことになってるけど、そこは華麗にスルー。シャンプーリンスや化粧液、あと香りの良い石鹸も、先代魔王様カイトの開発したものだから詳しくないし、玄関近くの売店で売ってる。お土産に持って帰ったら研究熱心な王国スタッフが分析して自国でも開発するんじゃないかしら。商売にライバルが多いのは良いことなので、特に規制はしない。


「椅子が無いな」

「そのテーブルのところに座ってくださいな。掛けてある布をめくって、脚を入れるんです」

「……暖かい。なんだこれは」

「コタツというんですけれども、そのテーブルの下に設置した魔珠で温めてあります」


 館内は保温のため、各所に配管で熱いお湯を流している。セントラルヒーティングみたいなものだ。夏場は流入を切るが、いまは熱々のお湯で館内はどこも暖かい。

 ただし、炬燵と料理の喜びを体感してもらうため、宴会場は温度を少し落としている。


「コタツ、か。輸出は可能なのか?」

「設置と魔珠の交換が少し面倒ですけど、可能ではありますね。現在まだコストの圧縮が出来ていませんから金貨1枚(約10万円)くらい掛かりますけど、量産が進むと銀貨2枚(約2万円)くらいまで下げられる筈です」

「ああ、これは一度入ると、出たくなくなります……」


 侍女のひとりがふにゃっとした笑顔でつぶやく。みんな同じなのね。

 アタシも新魔王城の執務室に置こうとしてイグノちゃんから止められた。絶対、仕事しなくなります! ……って。彼女の言葉は実体験によるもので、鉄の意思で自分の工廠から炬燵を撤去したのだとか。ヘンなもの作らせちゃって、ごめん。


「お手元のお酒は、魔王領で新しく開発した穀物ワイン、“バッセン酒”です」


 皆さんの目はまずガラスの御猪口に食いついているみたいだけど、味わってみてもらいたい。温泉旅館には日本酒、と思ってあれこれ試したけど開発はかなり難航した。お米に似た作物は王都の市場にあったんだけど魔王領では育たないし、王国でも需要が無く収穫量も流通量も少なく安定しない。品質もバラバラ。酒造りをしてみてもあまり良いものにはならなかった。

 そこで、バッセン住民に話を聞いて、近くの湿地に自生する雑穀を試してみたのだ。

 タイ米というかインディカ米に似た長くてパサパサしたお米。これが酒米の代用としてはかなりの大ヒットだったのだ。甘く複雑な果実に似た香りとサラリとした喉越し。色合いも透明ななかに虹色の輝きがあって素晴らしい出来。

 ちなみにこのワイルドライス、炊いたご飯として食べると全然美味しくないんだけど、チャーハンとかピラフならいける。自生種だけあって病害には強く、収穫量も増やせるようだから、バッセン住民の副業――寂れたとはいえ元は農村なのだから本業?――として大規模栽培をお願いしてある。


 バッセン酒を口に含んだまま目を白黒させているマーシャル王女殿下に、アタシは笑顔で感想を訊く。


「いかがですか?」

「……穀物、か。香りも味わいも到底そうは思えないのだが……確かに穀物のようではある。麦、ではないな。これは、沼麦か?」


 ホント、なんなのかしら、このひと。一発で当てちゃったわ。王国にも水路の淀んだところや池の周りに少しだけ自生しているらしいけど、食べる人などいない(食物と思われてさえいない)と聞いている。

 王国ではライ麦も地位が低くて“黒麦”とか“偽麦”とか侮蔑含みで呼ばれているけど、沼麦コメは完全に雑草扱いだ。麦の育成を邪魔するので積極的な駆除対象ですらある。


「さすがのご慧眼、お見逸れしました」

「あ、ああ。それはこっちの台詞だ。まさか料理の前にこれほど驚かされるとはな」


「この素晴らしい酒が、沼麦? あれが酒になるのか?」

「そもそも食えるものだとは知らなかった」

「しかし、なんなのだ、甘く澄んだこの風味……馥郁ふくいくとした香り。並みのワインを超えている」


 騎士だか兵士だか男性陣がグラスを手に困惑している。呑んだときの表情を見る限り、みなさん気に入ってはもらえたみたい。


「魔王陛下、これは売っているのですか?」

「これは入り口近くの売店で売ってますが、まだ少量生産で、買えるのはこの旅館だけです。値段も、まだ王国ワインの5倍くらいします。もう少ししたら同程度まで値段を下げて、市場にも流通させられると思いますよ」


 王女殿下は悩んでいる。


「価格が下がったところで、ワインと同額で沼麦の酒を飲むとは思えんのだが。材料名を出さないというのは考えなかったのか?」

「それはもちろん考えましたが、事実を隠す方が拙いと判断しました。実際、殿下が当てられたのですから、隠さないのが正解だったのだと思います。他にもわかる方はいるということでしょう?」


「それは、そうだが」

「原材料の公表くらいで、このお酒が価値を落とすことはありませんよ。逆に、沼麦の価値を上げる方向で考えています」

「ライ麦のときに使った手か」

「そう、そうなんですよ。“沼麦は磨けば宝石のように輝く”、とかなんとか。素朴な田舎娘が垢抜けるように、手を加えれば新たな価値を創造できるってところをプロモーションでうたって、“沼麦のような娘”なんて表現が良い意味で広まるくらいになればいいんです。そうだわ、王国でも魔王領でも、地味な少数民族の娘さんを広告モデルに使えば……」

「ああ、魔王陛下。戻ってきてくれ。意味不明な心の声が駄々洩れになっているぞ」


 困り顔のマーシャル殿下に引き戻され、アタシは膨れ上がった妄想の世界から現実に帰還した。あれこれ浮かんだ思いを心のなかにある審議中あとでの箱に入れ、気を取り直す。ちょうどいいタイミングで、料理が運ばれてきた。


「「「おおお……」」」

「アタシのいた国の作法で、王国とは少し違うかもしれませんがお許しを。まずは、前菜ですね」


 さあ、自信作のお披露目。気合い入れて、戦闘開始パーティタイムよ。

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