出迎えるもの

「何だ、あれは」


 砦の前に、何台もの巨大な乗り物が並んでいた。箱型の荷台は馬車のようにも見えるが、その前部に馬は繋がれていない。車輪もなく、代わりに箱からは鉄槍を束ねたような脚が生えていた。

 よく見てみれば、それは連結された長い1台の、巨大で長大な乗り物のようだ。

 先頭の箱が虫に似た動きで蹲ると、横腹から男が降りてきた。見覚えのない人物。彼は小走りで近付いてくると、兵たちに笑いかけた。


「お待たせ、みんな。アタシが新魔王のハーンよ。まあ、新っていうか、代理ってとこだけど。話は後にしましょうか。疲れたでしょ? 早く魔王城まで帰りましょうね」

「ハーンの旦那、引き渡し書類にサインしてくれ。その間に枷を外すから」

「ええ、ヘンケルさんもありがとう、この数相手だと緊張したでしょ」

「いや、ミルトンちゃんたちで慣れてるから」


 ヘンケルと呼ばれた王国兵士は枷を外す鍵をコムスに手渡すと、自らも別の鍵で獣人たちの拘束を解いてゆく。


「ミルトン?」

「ああ、可愛らしい獣人の、重装歩兵だ」

「……あいつは」


 死んだ、といいかけて新魔王陛下と目が合う。彼は笑顔のまま静かに首を振った。


◇ ◇


 得体の知れない乗り物に詰め込まれ、動き出してすぐは落ち着かなかったものの、兵たちは心地よい揺れに疲れが勝ったのか間もなくみな寝息を立て始めた。

 コムスだけは御者台(運転席、というらしい)の後ろに立ち、新魔王の動きを見守る。馬車であれば自分が代わるのだが、正直これのどこをどうしたらいいのか見当もつかない。


「これは、工廠長が?」

「ええ、メレイアとの往復が楽になるようにって、作ってくれたの。いま物流が激しいのよ。多いときは日に何度も往復して、今日もそれで少し遅れちゃったの。ごめんね待たせちゃって」

「いえ、とんでもございません。陛下おん自らお出迎えの上に送り届けていただくとは恐縮の極みにございます」


 いいつつ、コムスは心のなかで首を傾げる。

 寒村、というか廃村に近かったメレイアが大都市のようになっていたのは見た。それは我が目で見てすら信じられないほどの発展だった。

 これほどの荷車が頻繁に往復するような何が、魔王領で産出するというのか。コムスにはわからない。運転とやらに忙しそうな陛下を煩わすのも憚られた。

 だが、わからないといえば、もうひとつ。こちらだけは、何としても訊かないわけにはいかない。


「陛下、お訊きしたいことが」

「ええ、ミルトンちゃんたちのことでしょ。戻って来てもらったの。死霊術じゃないわよ、生き返ったの。バーンズ曹長たち総勢30名ちょっと。経過は観察してるけど、幸い、いまのところ何の問題も出てないわ」

「……そんな、ことが……」

「知り合い?」

「娘です。階級にうるさい近衛を嫌い、女だてらに重装歩兵を選びました。魔王城を守って死んだと聞いて、無理にでも自分の傍に置くべきだったと悔やみましたが、そうですか……」

「良かったわね、ミルトンちゃんも事前に教えてくれたらいいのに。いま確かタッケレルから帰ってる頃だから、きっと魔王城で待ってるわよ」

「へ、陛下ッ」

「え? なに、どうしたの?」

「……ありがどう、ございばじだッ!」


◇ ◇


「ああ、ミルトンちゃん、なに隠れてるの。お父さんお待ちよ?」

「え、えええ……!?」


 ミルトンちゃん、お父さんをびっくりさせるつもりだったらしいけど、死んだはずの娘に出迎えられたら喜びより先にまず怖いわ。

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