初めての王国侵攻2
王国高等裁判所。傍聴人で埋まったその法廷の被告席に立ち、
「被告人、王女マーシャル・コイル・スティルモン、前へ」
わたしは、読み上げられる自分の罪状をどこか他人事のように聞いていた。
原告側に立つのは、王国軍参謀オークス。王国軍近衛師団第一騎兵隊長レクリー大佐と、近衛師団の上級将校たち。そして、彼らの派閥の長である兄、第一王子コーウェル。わたしの生還によって面子と陰謀を潰された彼らは、いまこそ報復のときとばかりにニヤニヤと下卑た笑いを隠そうともしない。
「王国騎士ソーマンと5000の兵士、そして魔王領に送り込まれた我が王国の精鋭特殊作戦部隊が魔王領内で消息を絶ったのも、魔王の軍と通じたマーシャル被告の陰謀によるものと判明しました」
茶番だ。この場にいる誰もがそれを知っていて、この場にいる誰もが知らないふりをする。だいたい、5000の兵はいまだ魔王領内で魔族の叛乱軍と同調しているのだ。その後の彼らが生きているにせよ死んでいるにせよ、魔王領内で行ったコーウェル派の策謀やら失態まで、わたしの知ったことではない。
「弁護人、ここまでで何か反論は」
「……ございませんな」
わたしに付けられた“王族専属弁護人”とやらが、また驚くほど無能で無気力で無表情な木偶の坊なのだが、こいつはいったい誰の指示で何のためにここにいるのだ。
わたしがいくら怒りの視線を注いでも、顔を伏せたまま決して目を合わせようとはしない。
「……くだらん」
「被告人は発言を控えてください」
「どうせ結果は決まっているのだろう、無駄な時間と手間を掛けるな」
「静粛に。これ以上の発言は法廷侮辱罪を罪状に加えることになります」
「くッ」
同じく無能で無気力で無表情な裁判長は、そこだけ勤勉にわたしの発言を封殺する。そろそろ――それが祖国か名誉か自分の命かはともかく、見切りをつけるときだとわたしが刃もない腰の儀礼剣に手を掛けたとき、それは起こった。
死霊術に囚われていたかのように何の反応も見せなかった弁護人が、キョトンとした顔を上げてわたしを見たのだ。その顔は何か面白い物でも見つけた子供のごとく無邪気な喜びに輝き、にんまりと笑う唇は声も出さないまま何かの言葉を紡いだ。
――何といったのだ?
弁護人が軽く手を上げると、助手らしき小柄な少女が彼に歩み寄り何かの書類を渡した。それが何なのかも気にはなったが、不可解なのは直前まで法廷内に
困惑して周囲を見渡すが、いつの間にやら現れ消えたその助手について誰も気に留めた様子がない。異常事態を察知したのは、わたしだけだ。
「被告人、何か」
「いや、
「悪魔の間違いでしょう。あなたを助けに来たのではないですかな」
侮蔑の表情も露わに、参謀オークスがいうと、原告席で失笑が起こる。わたしの発言には敏感に反応する裁判長も、無表情のまま止めようとはしない。
「では、判決を……」
「
裁判長が、発言者を見て怪訝そうな顔になる。それは、これまで唯々諾々と被告の罪状を受け入れ続けてきた弁護人のものだったからだ。
顔を上げた
「裁判長は、
「弁護人、それはもう終わった話ではないですか」
「いいえ、裁判長。始まってすらいないですね。王女殿下に対する罪状があるとしたら、
「王族でありながら魔族と内通した、国家反逆罪だ。その話はもう……」
「王国刑法では、他国への内通を国家反逆罪と規定していたのではないですか」
「だからそういっている!」
何故か激高した裁判長を見て、弁護人はひどく面白そうに笑った。
「魔王領は、いつから国になったのです?」
「何だと!?」
原告側がざわめき出す。全て段取り通りに進んでいた茶番劇が、終幕直前で乱されたのだ。警備の兵に止めさせようにも、相手は“王族専属弁護人”。兵卒には手を掛ける権利も理由もない。
「国としての認められるには、最低でも周辺国の首長から認証を受ける必要がありますが、有史以来一度も、そして大陸内外のどこの国でも、魔王領を国と認めた事例はない。当の魔族自体が国体を望んでいなかったこともありますが、あの地は単に蛮族が支配権を主張しているだけの未開地に過ぎない、というのが、少なくとも王国の、公式見解だ。違いますか?」
「……本件とは無関係なため発言を記録から削除します」
「無関係な訳がないでしょう。国でないなら相手は個人。立場がどうあれ、対話を持っただけで何の罪になるというのです?」
「弁護人、発言を控えてください」
「何故です? 弁護人は弁護をするものですよ、
「王国への反逆を、弁護するとでもいうのか!」
「まさか。売国奴の弁護など、する訳がないじゃないですか。ですが国家反逆罪というのは例えば、
原告席でビクッと、オークスが肩を震わせた。信じられないものでも見るような顔で弁護人を睨みつける。
「
レクリーと近衛の将校が息を呑む。わかりやすい連中だ。
「……そういう行為を、指すのではないですかな、コーウェル王子殿下。もしくは、
コーウェルの顔色が、サッと青褪める。
「裁判長! こいつをつまみ出せ!」
「私は別に構いませんがね、裁判長。“王族専属弁護人”を退廷させた場合、当然ながら裁判は無効、代わりの弁護人を見つけるまで延期となります。その間は判決を出すことも出来ませんが、よろしいのですか?」
「黙れ下郎! 私は裁判長にいっているのだ、貴様が口を出す問題ではない!」
「静粛に! 従わない場合は退廷を命じます!」
裁判長が怒鳴りつけるように宣告する。それが、ざわめき始めた傍聴人席に向けてのものだと気付いた。あまりの事態に理解が追い付いていなかった貴族たちも、ようやくこの状況が呑み込めてきたのだろう。
正直にいえば、わたしもそうだ。この場で未だ冷静なのは、弁護人だけだった。より正確にいえば、弁護人の
「ここに新魔王からの親書があるのですよ。王国南部領主マーシャル・コイル・スティルモン王女宛てのね。そこに書かれているのは、
「……なん、だと?」
「わかりませんか、コーウェル王子殿下。王女殿下は内通どころか、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます