初めての同族戦

「え~ッ!? 早いわよ、もう……」


 叛乱軍が進軍を開始した。パットからの報告に、アタシたちは作業の手を止めないまま静かに眉を顰める。布に包まれた遺体の山を前に、必要な時間を稼げるかどうかを計算する。城内に入り込まれてしまったら、ペナペナのプレハブでしかないこの建物はただの的だ。密閉されて外が見えず音も聞こえないので襲撃を事前察知することさえできない。作業に当たってくれている蘇生者十三人とセバスちゃん、そしてアタシは完全防備とまではいかないが病原菌対策の防護服を着ているので視界も悪ければ動きも鈍い。逃げるにしろ戦うにしろ、すぐに対処は無理だ。まだ見ぬ兵を得られるか、いまいる兵まで失うかの賭け。


「御遺体は出来るだけくっつけて並べて。まだ効果範囲がわからないの」

「陛下、こちらの包みは複数体が混じっています」

「我が君、書類によると奥のグループほど被害がひどく欠損が多いようです」

「手前側は」

「問題ありません。身体の配置も整えた方がよろしいでしょうか」


 わからない。最初の段階はエイダスの死霊術だった。イチから爆裂安癒を掛けるより、体裁を整える立ち上げブースターとして死霊術を使うのもアリかもしれない。アタシの意思を汲んでくれたのかセバスちゃんが傍らで指示を待つ。


あのとき・・・・と同じ工程を辿る方が良いとお考えなら、いつでも行けます」

「お願い。もう少しお迎えしたかったけど、もう限界ね。ここまでで作業中止、アタシとセバスちゃんでやるわ。後のみんなは城内の防衛に移ってもらえるかしら」

「「「「はッ!」」」」

「ハインズ伍長、お前が最後しんがりだ」

「アイ、軍曹。後ろを向いてください」


 伍長は出口で仲間の防護服を脱がせるのを手伝いながら用意された消毒液を散布する。身軽になった兵たちは外で武器を取ると二人組になって各防衛地点に散らばってゆく。

 歴戦の兵士というのがどういうものか言葉でしか知らなかったけど、命令への反応と行動、そして何より状況判断能力がまるで違う。各所の指導と遊撃を担当してもらうことになるが、あの十三人が加わっただけで、戦力は飛躍的に向上するだろう。


 とはいえ、安心材料とするには兵力が足りな過ぎた。総員呼集で対応に当たってもらってはいるが、戦闘可能な人員は100をわずかに超える程度。正面戦力になるのは30名ほどしかいない軽歩兵だけど将校の新任少尉、19歳の人狼族少女ミルズを含めて全員が下級魔族のため上級魔族が相手では牽制以上の能力はない。新しく加わった兵たちの殆どは輸送と補給と資材管理が専門の輜重兵で、武器を持たせた避難民より少しマシな程度でしかないため、“無理せず籠城”が基本姿勢だ。それが可能かどうかはともかく。

 イグノちゃん率いる鋼鉄の虚心兵ゴーレムは七体。出力と破壊力こそ文字通りの一騎当千だが農作業向けの低速高トルクゆったりセッティングのため戦闘には向かず、高速全力稼働させたときの燃費は劣悪。戦線投入から五分もすると魔珠に込めた魔力が枯渇して運転停止してしまう。

 機械の極楽鳥なら小一時間は持つというけど、偵察・爆撃(単発)の他には磨き上げられた翼による急降下斬首しかなく、動体視力と反射神経に優れる上級魔族相手には分が悪い。背負い式の新兵器は威力こそあるが、発射後の再装填には工廠まで戻らなければいけない。分散して攻めてくるらしい敵兵力を殲滅するには心許こころもとない。


 だからこそ、ここにいる彼ら・・が頼りだ。安らかな眠りを妨げ同族との戦のために呼び戻そうというのだから、アタシはきっと地獄に墜ちるだろう。


「我が君、死霊術魔法陣用意出来ました。詠唱開始します」

「お願い」


 ――それでもいい。民が救えるなら。


◇ ◇


 城壁正門、赤牙大隊先鋒二個中隊200名はまだ見ぬ敵を相手に混乱を来たしていた。参謀エイダスは文字通りの意味で一騎当千、魔族軍でも最強の一角とされてきた死霊術の使い手だ。それが、いま彼らの前で赤子のように手足をバタつかせて怯え泣いているのだから。


「エイダス参謀回収、後送する。第一小隊、援護しろ!」

「残りは展開、魔王軍の襲撃に備えろ!」


 素早く陣形を組み、将軍メラリスのいる後方陣地へと送られる。残った兵たちは油断なく身構えるものの、城からの攻撃はない。それどころか、人影さえ見えない。

 現場指揮官である歩兵大尉の合図で散開したまま城の正面扉へと向かう。アッサリと取り付いたことで安堵とともに余裕が生まれる。扉は施錠されておらず、開かれた先には無人のフロアが見えていた。


「なんだ? 出迎えもなしか」

「しょせん戦も知らんボンクラどもだ。奥で怯えてるんだろ」


 荒らされた様子もなければ防備のために置かれた遮蔽もなく、平時のように整った城内の様子に将校は怪訝な表情になるが、兵たちは気を抜いて軽口を叩き始める。


「裏門方向から戦闘音!」

「向こうが本命か。中尉、城内を抜けて合流するぞ」

「了解です。青爪大隊が最初の接敵いちばんヤリとは。こっちにも手柄が残るといいんです……がッ!?」


 大尉が振り返ると、副官の頭に杭が突き立てられていた。時間差を置いて倒れる。肉が床を打つ音が続き、遅れて伏せる大尉の耳に悲鳴と助けを呼ぶ兵たちの声が聞こえてくる。


「「「敵襲!」」」

「少尉戦死! くそッ! どこからだ!?」

「見えない! 敵影確認出来ず! 大尉殿、命……れッ!」


 いくつもの血が飛沫く音。命を失った身体が倒れる音。自分たち以外に人影もなく、物音ひとつしない城の一階で、それは必要以上に大きく響いた。


◇ ◇


「詰んでるわね」


 セバスちゃんによる再三の魔力行使にも関わらず、御遺体は何の反応も見せないのだ。弱々しく明滅する魔法陣の前で、アタシは天を仰ぐ。祈る気なんかない。その先に神様なんかいない。少なくとも、アタシたち魔族の神なんか。

 少し前から、外の喧騒が漏れ聞こえてきている。戦闘が始まったのだ。無事でいてくれたらいいとは思うけれども、いまここを離れるわけにはいかない。


「すみません、私が無力なばかりに」

「う~ん……無力、ってわけじゃなさそうなのよね。セバスちゃんから魔力は出てる。魔法陣自体も反応はしてる。きっと何か別の問題があるのよ」


 何かで阻害されているような感じ。例えば、普段通りに動かない電気製品みたいな。コンセントが抜けかけてるとか、スイッチが入ってないとか、リモコンの電池が切れてるとか。説明書を見ればチェック項目がわかるんだろうけど、死霊術にそんなものがあるとは思えない。


「諦めるのはまだ早いわ。もう一度やって、無理なら直接爆裂安癒を試してみましょう」

「我が君、お力を疑うわけではないのですが、それで不完全な身体配置のまま起き上がってきたりは……」


 それは怖いわね。親しい人ならなおさらだ。

 アタシは意を決して包まれていた布を解き始める。原因を突き止めなければここでご遺体の仲間入りだ。迷っている時間はない。原因究明が出来なかったとしても、身体の配置を整えて、通電(?)しやすいようにピッタリ身を寄せ得て、最大限の努力をするのだ。その結果ダメだったらごめんなさいと全力で詫びるしかない。

 布を外すと当然ながら腐敗臭がひどくなるものの、そこでアタシの手が止まったのは別の理由からだった。


「ちょっとセバスちゃん、これは?」


 なかに包まれていたのは妙齢の美女、だったと思われる獣人兵士の遺体。虎か獅子かわからないけど猫耳にフサフサの立髪、細身の体ながら装備はゴツい重装歩兵だ。はだけた胸元の大きく切り裂かれた傷が痛ましいが、問題はそこではない。首に掛けられたお守りのようなものが鈍く光を発していたのだ。

 セバスちゃんが何かに気付いて、すぐに他の遺体を覆っていた布を外し始める。


「私は何て馬鹿なことを……これは防呪章です!」

「呪術を防ぐ、ってこと?」

「ええ。おそらく、仲間が死霊術に掛けられる可能性を考えて、仲間の兵が忍ばせたのでしょう。メラリスの軍にはエイダスを始めとしてかなりの数の死霊術使いがいましたから。……でもまさか、全部の遺体に?」

「外せばいいのね」

「お願いします! これで今度こそ死霊術が効果を発揮するはずです」


 全ての遺体を布から出し、再び魔法陣の上に並べる。外の戦闘音が大きくなり、悲鳴や怒号が聞こえてくるようになった。流れ弾なのかアタシたちがいる建物にも時折外壁に何かが当たっている。


「私の怠慢です。仲間の遺体を再確認していればすぐにわかることだったのに……」

「泣き言も後悔も後にしてちょうだい。時間がないのよ。用意はいい?」

「いけます!」

「御遺体が起き上がったことを確認したら、すぐに爆裂安癒を掛けるわ。合図したらあなたはすぐに建物から出るのよ。準備が出来次第、詠唱開始!」

「御意!」


 さあ、お迎えの時間よ!

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