初めての独断専行

「イグノちゃーん、いる~?」


 山崩れを良い機会と考えて王国南部への街道敷設を決めたアタシとセバスちゃんは早速建設機材の発注に向かったわけだが、珍しく工廠内にイグノちゃんがいない。


「我が君、出直しましょうか」

「そうね」


 かすかな歯車の音がして見上げた天井近くにはいつの間にかの止まり木が作られ、いつもの極楽鳥が羽を休めていた。大きさとデザインに多少の違いはあるけれどもどちらが雄でどちらが雌なのか、それとも両方同性なのかそもそも機械仕掛けの極楽鳥に性別が想定されているのかはわからない。相変わらず仲良くつがいで戯れながら、美しい銀の翼を優雅に羽ばたかせ……たのはいいが、羽根を閉じた彼らの背中に何か無粋な印象のする代物が背負わされているのが見えた。


「?」

「……あッ!」


 声のした方を振り返るとイグノ工廠長がドアを開けた姿勢のまま固まっている。慌てて後ろに回した手には魔珠の装着された箱。悪いことしてる現場を見つかった顔。その顔が向いた先で、極楽鳥が揃って首を傾げた。


「イグノちゃん、怒らないからいってちょうだい。これ何?」

「あう、え……」


 見たところ極楽鳥(大)が背負っていた物は何かを打ち出すカタパルトのように見える。投石機のカタパルトではなく、第二次世界大戦中の軍艦に付いてた艦載機を打ち出すやつ。そこにはいま何も装着されてはいない。ペアの極楽鳥(小)は魔珠のようなものを背負っているから、これは恐らく偵察用途だろう。

 ということは。


「崖崩れを起こしたの、あなたね?」

「あわわわわ……違うんです! いや違わないけど、姫騎士さんたちを、守ろうとして」

「?」


 勝手に震え上がったイグノちゃんから容易く訊き出した話によれば、どうやら新兵器を装着した極楽鳥の試験飛行を兼ねて帰路に就く姫騎士部隊の偵察を行っていたらしい。偵察魔珠の感度は上々、飛行性能にも支障はなく地上の敵から察知されることもなかった。彼女によれば手を出す気はなく極楽鳥たちに帰還を命じようとしたのだが、姫騎士部隊が渓谷部に差し掛かったとき、崖の上に怪しい人影を発見したのだとか。


「怪しいって?」

「黒づくめの四人組で、コソコソ稜線の陰に隠れて、大きな壺のようなものを持っていました。姫騎士さんたちを見て導火線に火を着けようとしたので、こう」


 首を切る仕草。ものっそいエグいことエラいサラッと言うわね。いままでもやってきたってことなのかしら。


「その後、どうしようかと思ったのですが、ここは証拠隠滅にドーンと」

「その新兵器を発射してみたと。それで?」

「広域爆裂弾が外れて、崖が埋まってしまいました。以上です」


「以上ですじゃないわよ! 何やってんのあなたは!?」


「うひぃーッ、陛下怒らないっていったのにーッ」

「あなたが危ないことしたからでしょ!? 誰かが怪我したらどうするの!」

「ででで、でも姫騎士さんたちがいなくなってからやりましたしー。周りに人や動物がいないのも確認しましたー」


「……そ。じゃあいいわ」

「へ?」


「ああ……我が君、よろしいのですか? 彼女は陛下の御命令もなく勝手に軍事力を行使したわけですが」

「だって、王女殿下を守ってくれたんでしょ? その暗殺者っぽいの以外に被害はないし、道が塞がったのも新街道を作るから特に問題ないし。そもそもうちは人手不足だしアタシにも軍を動かす才能は乏しいから、現場の独自裁量権を広く取らないと何も出来なくなっちゃう」

「それは……そうですが」

「ありがとイグノちゃん。できればあなたの新兵器、その子たちの美しさを邪魔しないようなデザインに変えてくれると嬉しいわ」

「は、はいッ!」


 そのときはそれで一件落着だと思っていたが、彼女の広域爆裂弾とやらの使用は元魔王領軍の偵察部隊に見られていた。そのあまりの威力と使用された位置から、魔王からの意思表示と受け取られた。アタシは知らなかったが、その渓谷はメラリス将軍支配地域にあり、魔王城に向かう進路で唯一の戦略的弱点ボトルネックだったのだ。


◇ ◇


「ケルプ渓谷が落とされた?」

「はい」


 崩れた渓谷から二十キロほど南西にあるメラゴン鉱山。良質な鉄鉱石を産出する鉱山の地下にはドワーフ系魔族の村があったが、いまは拡張され叛乱軍の基地が築かれていた。

 その中心、作戦司令室と名付けられた大きな建物に、メラリス将軍と彼の部下たちが集まっていた。彼に従い前魔王から離反したのは元魔王領軍のほぼ全数。その多くは官・民・軍での平等を提唱した前魔王に対して待遇面での不満を持っていた者たちだ。軍内部での人望が大きかったメラリス将軍が兵を挙げると、燻っていた不満はたちまち燃え広がった。

 元が武勇に拘りそれを誇りの拠り所としている魔族。その反面ひどく単純な彼らの勢いは祭り上げられたメラリス本人さえ制御し切れなくなるほどに大きく、強くなっていった。


「新魔王は兵を持たないのでは? それどころか使える魔術も安癒しかないと聞いている」

「何だそれは、それで魔王といえるのか?」

「使用されたのは、蓄積された魔力で強大な炸裂効果を発生させるものです。魔王の配下が放った広域偵察機械から落とされました。その威力は膨大で、崖を崩落させ道を完全に塞ぎました」

「将軍、まさか」

「まさかも何も、そんな代物を造れるのはイグノしかあるまい。確かにあれの生み出す魔道具は脅威だ。味方の輜重隊にとっても悪夢だが、上手く使えば凄まじい戦力になる。あのとき確保することができればな……」


 工廠長イグノは幼い少女に見えても齢数百を数えるドワーフ系魔族の古兵ふるつわものだ。叩き上げられた職人魂は軍人よりも軍人らしく、自らの職務に対して頑なだった。いくら道理や志を解いても、叛乱軍でしかない自分たちの言葉は彼女の心の壁を開くことが出来なかった。

 いや、わずかに震わせることすら。


 メラリスたちが城を去る最後の時。工廠の扉は閉ざされたまま、イグノは最後まで顔を見せることさえしなかった。


「イグノーベル。これは必要なことなのだ。汚名を着てでもやらねばならない。そして我々には……いや、俺にはお前が必要だ」

「メラリス」


 扉の向こうから、イグノーベルの声がした。ひどく平坦で気怠そうで、それでいて胸の内に抱えている膨大な感情を押し殺したような声。


永遠の地ヴァルハレアで逢いましょ。あなたがそこに迎えられるだけの人生を、送れるのだとしたら」


 あのとき、扉を破ることは出来た。

 だが彼女の抵抗によって最低でも兵の半数は屍に変わっていただろうし、彼女の身体を手に入れたとしても心は決して我らと同道することはなかった。

 あれでよかったのだと、メラリスは苦く記憶を反芻する。


「将軍」


 来るべき王国侵攻に備えて主力と支援部隊は渓谷の北部で補給に入っていた。兵力を分断されたのは痛恨事ではあるが、常在戦場を旨とする魔族にあって油断は無能の言い訳でしかない。


「兵をまとめろ。頬を張られて引き下がる訳にも行くまい。いまある二千で、城を……“新魔王軍”を落とす」

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