初めての復興

 少なくなった王国遠征軍七千の兵を率いて、王女殿下は魔王城を出る。フィラ盆地から迎えに来た兵が半分に減っていることについては、彼らのなかで何か話し合いがあったようだ。

 貸し出した城内の執務室から何度か姫騎士の怒鳴り声が聞こえたが、アタシは気付かなかった振りをした。離脱した五千の遠征軍将兵たちの行方は把握していたが、特に干渉せず泳がせた。パットの監視によれば、彼らは魔王領内で元魔王軍将軍メラリス派の叛乱軍と接触し、そのまま合流した。魔王城に向かってくるようなら知らせろとパットに命じていたが、いまのところその報告はない。

 このまま、ずっとないといいのだが。


「……これで良かったのか?」

「あなたとの交渉だけでいえば、悔いはないわ。後は、人知を尽くして天命を待つ、といったところかしらね」

「魔王らしくないな」

「お互いさまでしょう、お姫様? そちらもこれから忙しくなるわよ」

「わかっている。それより、帝国軍の馬車が混じっているが」

手柄首・・・よ。持って行って。あの手のお飾りも、こっちじゃ打ち直す以外に使い道がないの。あなたなら別の価値が作り出せるはず。でしょう?」

「……お気遣い、痛み入る」


 さすがに本当の首は処分したが、帝国軍の鹵獲物資の中から、名のある将兵の装備だけを選り分けて渡したのだ。万単位の馬具・武器・兵装を得たイグノの工廠はいま凄まじいばかりのフル回転を始めているが、工作素材として使う以外には用途も興味もない。付加価値付き・・・・・・のものは王女殿下の方が役に立てられるだろうと思ってのことだ。


「それと、少しお土産・・・もね。まだ試作品だけど、試してみてちょうだい」


 姫騎士は、わずかに探るような目でアタシを見た。

 離脱した五千の兵のなかには、輜重部隊の過半数が含まれている。パットの報告からも支度を整える兵の雰囲気からも、遠征に必要な物資の多くを奪われたらしいことがわかった。生きて王国南部に帰りつくことは出来るだろうが、かなりの不自由は予想される。それでは今後に響く。彼女にはまだ活躍・・してもらわなければいけないのだから。


「貴族向けの商品として、石鹸と化粧品と焼き菓子、これは説明の必要ないわね。後はね、行軍用に軽くて日持ちがして味のいい携行糧食っていうのを作ってみたのよ。何種類かあるから、保存方法とか食べ方は輜重隊長さんに伝えてあるわ」


「……ずいぶん、気前が良いな」

商材・・よ。未来への投資。帝国軍から供給・・された素材を使っているんで、コストはほとんど掛かっていないわ。いずれ必要になることだから、この機会にいろいろ試してみたの」


 姫騎士はこちらの真意が読めずに戸惑っている。手土産を持たされるのまではいい。問題はその内容だ。行軍用とはいっても、外征能力の低い魔王領側にとってそれは自国ではなくむしろ敵対する周辺国の侵攻に大きな利便性を与えることなる。何かの罠か毒でも盛ったかとでも思っているのだろう。確かに罠だが、そう単純なものではない。


 今回の目玉は、雑穀と木の実を糖蜜で固めたミュズリバーと、豊富な馬肉・・を使ったソーセージだ。魔王領特産のハーブやスパイスは味と風味を上げる他に、体力回復や疲労軽減、精力向上といった効用もある。燻煙用のメイルウッドには、ほんのわずかながら酩酊効果と習慣性もある。将兵の間に侵透すると、破壊工作に相当するほどの……いや、それを上回るほどの効果を与えるはずだ。

 一度知った贅沢の味を手放せる者はいない。まして食だけが楽しみの行軍であればどれほどの影響力を発揮するか……


「……おい魔王、悪い顔になってるぞ。それに、心の声が垂れ流しになっている」

「あ、あらごめんなさい姫様、少しばかり気を許しすぎたみたいね」

「貴殿と話していると、どこまでが策略でどこからが偽装なのか、わからなくなってくる」

「……ちょっと、それじゃどこまで剥いても芯まで誠意がないみたいじゃないのよ!?」

「ああ、魔王に誠意など、王女に貞節を求めるようなものだ。では、また会おう」


 戦争ともいえない戦争を無傷で乗り切り、笑顔で王国軍を送り返したアタシは、城に戻る。王国軍の滞在中も少しずつ避難民が増え、城内の人間は100名に届こうとしていた。

 魔珠による放送の直後から、2万を越える帝国軍を殲滅したアタシたちに怖れをなし、宰相派閥の地方領主たちが無条件降伏を申し入れてきたのだ。もともと大した忠誠心もない日和見主義者たちだったようで、彼らは地位や兵や娘や私財の金銀財宝を差し出して必死の命乞いをしてきた。

 マーシャル王女を送り出して城に戻ったアタシを迎えたのは、帝国軍から奪った魔力付与の大剣を振りかざして魔王専属首切り魔人への転属を宣言するセバスちゃんと、それを必死に止めようとするレイチェルちゃんとイグノちゃんの姿だった。


「ああ陛下、いいところに!」

「張り切ってるとこ悪いけど、粛清はしないわ」

「は?」

「もう決めたの。レイチェルちゃん公布お願い。爵位と財産は没収、領地と兵は王の直轄にするわ」

「しかし我が君! それでは他の者たちに示しが付きません!」

「最後まで離反しなかった魔王派閥のひとたちが生き残っているならともかく、彼らは死んでしまったの。残念だけど、離反者を殺しても彼らは戻らない。第一、そんなの美しくないわ。アタシはね、幸せになりたいの」

「ですから、そのために後顧の憂いを……」

「自分だけじゃなく、周りも幸せじゃなきゃイヤなの。仲間はもちろん、手が届く限りの人たちも含めてね」

「ですが!」

「セバスちゃん、この国の常識ではアタシが間違ってることはわかってる。彼らには、罰を与えるわ。ちなみに、この国に奴隷制度はある?」

「そんなことをするのは人間だけです。爵位持ちはいますが、ほとんどが魔王様から下賜される一代限りの物です」

「じゃあ、彼らは一介の平民に落として強制労働、魔王領の政治からも産業からも外す。でも、殺すのは止めて」

「…………御意」

「ああ、それと娘も要らないわ。一応いっておくけど、息子もね。魔王領と魔族の民たちのために死ぬ気で働けって、いっといて」


 彼らが領有する魔王領南東部(魔王領の約15%)を平定したアタシたちは、同時にそこで暮らす二千人強の民を自陣に取り戻すことができた。

 山岳地が多いとはいえ田畑はあり、わずかながら税収も確保される。国としてやらなければいけないことは増えるが、差引はプラス。避難民以外に臣民を持たないお飾りの王から真の王への第一歩だ。

 そして、二千人のなかには地元出身者による駐留軍兵士約100名が含まれる。三割が軽歩兵で七割が支援部隊の輜重兵、将校は――おそらく着任前後に取り残された――若い女性の新任少尉がひとりだけ。叛乱軍との戦力差は如何ともしがたいが、三万九千対三から、一万四千対百三くらいにはなった。

 数字に強いレイチェルちゃんは至って冷静だけど、単純なセバスちゃんはテンション高くて気持ち悪い。


「ああ、我が君、捲土重来のときです! 輜重が七十もいれば三十の兵を二週間は動かせますよ!」

「ちょっと、またキャラ変わってるわよ。落ち着きなさい、そんなの動かしてもしょうがないでしょ?」

「この魔王領を端から端まで行けます!」

「行ってどうするのよ!? ひと山越えたら敵の支配地域なのよ、ピクニックじゃないんだから!」


「魔王様、お願いします」

「あ、はいはーい」

「……ああ、我が君ぃーッ」


 レイチェルちゃんの呼ぶ声で、アタシはまとわりつくセバスちゃんから解放された。


「また?」

「ええ、軽傷ですが」


 このところ、城内に怪我人が多い。重傷者はいないしアタシの安癒ですぐに治せるのだが。原因はわかっている。イグノちゃんの工廠から、最新式のキッチン用品が次々に運び込まれてきたせいだ。

 肉の硬い部位を美味しく調理するための圧力釜と、乳製品の加工に使う泡立て器、ビタミン摂取のためジューサーミキサー。生鮮食品の保存が可能になる魔石仕様の冷蔵庫。

 これで食生活と健康状態と新メニュー開発が格段に改善されると思っていた、のだが。


「きゃあー!?」


 いまも、見習いとして雇った避難民の娘カナンが、キッチンの床に転がって目を回している。スジ肉の調理を担当していて、圧力鍋に弾き飛ばされたのだ。


 何せこの鍋、火に掛けると回る。


 圧力釜のふたを外し、特殊なフィンの付いた内部パーツを入れて遠火に当てると泡立て器になる。腕を固定してボウルが回る感じ。温度によって速度を調節する。それぞれ別に考えれば要求性能は満たしてはいる、のだが……


「……その機能を、なぜ混ぜた」

「すみませんッ! でもホラ、ちゃんといわれたように、圧力? は掛かりますから」


 むしろ熱伝導率や密閉精度などの基本性能は高く、低温からじんわり通るので煮込み時間は格段に短縮された。火から降ろすときにコツとタイミングとサム度胸が必要なだけだ。

 キッチンも戦場である。


「冷蔵庫に喰われそうになったという報告も届いてるけど」

「は、はい……魔石を使用すると消耗の確認と交換が必要になりますから、固有魔力を持った生物にすることで自律性を持たせようかと思ったのです」


 その理屈は、そこだけ切り取れば理解出来なくもない。問題はその結果だ。この冷蔵庫、自律性以前に自我と防衛本能、狩猟本能まで持っているようなのだ。つまみ食い防止装置になるかと考えてはみたが、下手すると料理人の方が冷蔵庫につまみ食いされてしまう。


 しかもこの冷蔵庫、夜中に歩く。


 中身を消化するような生体構造ではない(らしい)ものの、朝になると入れた覚えのない食材が増えていたりして怖い。何の作動音なのかキュンキュン鳴きながら動き回る姿は、慣れると案外愛嬌があり、仕事はキッチリこなすので、リフレと名付けられた彼(彼女?)は一部の料理人からはひどく可愛がられている。


◇ ◇


 ……本当は、最初にあの機械仕掛けの極楽鳥を見たときから分かっていたのだ。イグノちゃんの失敗は、ほとんどが過剰な――というよりも異常な――有能さと旺盛な研究意欲が原因になっている。


「自律性を持たせよう」「複数の機能を兼用させよう」「小型化(もしくは大型化)して効率化しよう」「出力を性能限界まで振ってみよう」「コストダウンのため簡略化しよう」といった発想そのものは、それ単体で見ればそう奇矯なものではない。


 普通のエンジニアなら、まずは凡庸でシンプルな基礎技術を確立した上で、その先に進む。だが彼女は有能なうえにせっかちなためアイディア段階で着手し、問題が発覚する頃には製造……あるいは大量生産が開始されている。おまけに忙しく飽きっぽいので改善する前に次の製品開発(あるいはそれをすっ飛ばしての生産)に掛かりきりになってしまう。

 結果、後には得体の知れない異常な機械兵器やら鋼の生命体だけが残されるのだ。このときもまた、厨房の窓から城の前庭に立つ人工の巨人が見えていた。身長3メートルほどのそれは、鋼のゴーレムといった風情の代物だったが当然そんなものを頼んだ覚えはない。

いまの魔王領にとっての急務は戦争ではなく農作業なのだから。


「……で、あれは」

「陛下のおっしゃってた自動鍬です。ほら、土を砕いて畑を耕す機械仕掛けの農夫」

「いや、槍持ってるけど。というかあれ、どう見ても重装歩兵のゴーレム……で、セットで頼んだトラクターってもしかして、あの横にある重装騎兵にしか見えない……ちょっとイグノちゃん!?」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください陛下、見ていただきたかったのはそれではなく、これです。これ」

「待って、待って待って待って、なんで死神の鎌デスサイズみたいな、これ物凄く嫌な予感しかしないんだけど。お願いしたのは”草刈機”と“種蒔き機”だったわよね?」

「それがひとつに!」

「……だから、なぜ混ぜた!?」

「草を薙ぎ払いつつ、種子を高速で撒き散らすのです。武器にもなります」

「武器にしかならないわよ!」

「えへへ♪」


 あ、なんかムカつくわこの子、いまなんか新機能ダウンロードされた感じだわ。脳ミソの言い訳メーターが許容範囲超えたらテヘペロ機能オンになってるし。アタシ怒んないっていうか怒っても怖くないと思われてるのかしら、もう……良いんだけどね。けっこう好きなのよね、こういうリビドー拗らせた感じに暴走してるクリエイターって。


「あ、そうそう、ちなみにミキサーはどうなったの?」

「ちゃんと砕いて撹拌できます、が……中身がかもされます」

「え、発酵機能? なんで? 逆に、それどうやって!?」

「すみません、わかりません!」


 度重なる失敗(なのか何なのかもわからない結果)に平伏するイグノの頭を、アタシは抱え込んで撫で回す。


「すぅっごいわぁーッ! あなた、やっぱ天才♪」

「へ? 陛ふわひゃああぁ……!?」


 褒められるとは思っていなかったのか彼女は困惑して悲鳴を上げる。ワシャワシャとこねくり回しながら、アタシは天に拳を突き上げた。


「これで勝てるわ!」

「えぇ、え? だ、誰にですかぁ!?」

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