初めての即位
「……で、こうなるワケ?」
アタシは、どこか他人事みたいな気持ちで鏡に映る自分の姿を見てた。
身長180センチそこそこ、体重は65キロってとこかしら。年齢不詳だけど二十代後半から三十代前半、黒髪に細面で、印象からすると東欧系って感じね。見栄えはそんなに悪くないけど、ちょっと悪目立ちするタイプ。うん、でもこういうの嫌いじゃないわ。
「……お加減は、いかがですか」
隣には、黒のメイド服をまとった、あのときの少女。ツインテールにまとめた、長い黒髪。ミルクみたいな乳白色の肌はツルッツルのスベッスベ。化粧気なんて微塵もないのに、唇は不自然なほどつやつやして紅い。これは十代半ば……ううん、もうちょっと若いわね。無表情を装ってるけど、頬がわずかに上気してる。興奮じゃない。緊張してるみたい。
うつむき加減に目を伏せたまま、全身でアタシの顔色をうかがってる。どこか怯えた風だけど、アタシ自身が怖いんじゃない。違和感の正体も、いまではハッキリわかる。
「悪くないわ。あんな死に方したにしちゃ上出来よ。それよりあなた……」
あら。肩がビクッて。どう思われてんだか知らないけど、取って喰やしないわよ、もう。
「……男の子よね?」
返事はない。他に何て訊けば良かったのかしら。だいたいアタシ、いまいる状況がわからないんだもの。この子がどういう立ち位置なのかも不明だし。そもそも、ここ何なの?
だだっ広いお城の、閑散としたベッドルーム。この部屋だけで、ママのお店がスッポリ入ってお釣りがくるわ。
ベッドなんて天蓋付きよ。こんなのリアルじゃ初めて見たわね。ロココよロココ。ていうかたぶんこれだけでも、アタシのワンルームマンションより広いんだけど……。
キョロキョロしてみても、アタシの知ってるリアリティなんてどこにも見当たらない。
窓の外はテニスコートくらいありそうなテラスで、その先にはエラいこと壮大な山岳風景と雲海が見えてるし。どんだけ高いところにあるのか知らないけど、これって外出たら酸素ボンベ要るんじゃないのってレベルね。お金持ちなのか御貴族様なのか、ここの城主が姿を見せる気配もないし。
そういや死ぬ前に“……様”なんて呼ばれたみたいけど、アタシにここの城主様になれってことなのかしら。それともご主人様かしら。って……
「……です」
「え? あぁ、ごめんなさい考え事してて。もう一度いってくれる?」
「レイチェル、です」
目を伏せて、両手を握って、蕾みたいな唇をギュッて結んでる。
ああ……わかるわ、その気持ち。あるべき自分が受け入れられないとしたら、どうしたらいいんだろうって。あのときのアタシも、こんな貌してたのかしら。
ねえママ。あなたは、あのとき笑ってくれたわよね。
「レイチェル。それがあなたの名前なのね。よく似合ってる。とっても素敵よ」
笑みを浮かべたアタシの顔を見て、
さよならレイチェル。ママが付けてくれたアタシの源氏名だけど、この子になら譲ってあげてもいいわ。
さて、それじゃアタシは何て名乗ろうかしら。
「アタシの名前は、決まってるのかしら」
「……いいえ。真名は、お持ちでないのですか」
あるけど、名乗りたくはないわね。良い思い出なんて、ひとつもない名前だし。せっかくこんな世界でリスタートするのに、無粋な過去を引き摺るなんて興醒めだもの。
「ナ・イ・ショ♪」
指を唇に当てた決めポーズでウィンクするアタシを、レイチェルちゃんは魔物でも見るような怯え顔で見つめる。失礼しちゃうわー。
「考えとくわ。それまでは、好きな名前で呼んでちょうだい」
「では、魔王様」
――……え? いま、何て?
「混迷の魔王領を御平定いただきたく、召喚の儀を待たず不肖レイチェルめがお迎えに上がりました。第七十四代魔王様。ご命令を。我が魔王領は帝国と内通する宰相派に蚕食され経済は破綻寸前、王位を簒奪せんとする軍部の叛乱で玉座は破壊され王冠は持ち去られました。さらに防衛能力が皆無のいま、王国軍の侵略を受け亡国の危機に陥っております」
なにそれ、すごいわ。盛りだくさん過ぎてビタイチ頭に入っていかないわ。要するにピンチヒッターとして呼ばれたわけね。或いは、敗戦処理投手として。汚れ仕事には慣れてるつもりだけど、そういうのは得意分野じゃないのよね。オネエだし。
「ちょ、ちょっと落ち着いてちょうだいレイチェルちゃん。もちろんアタシにできることなら手を貸すけど……あなた以外の味方はどこ?」
レイチェルちゃんは窓の外を指す。あら、そうよね。みんなアタシの登壇を待ってたってことなのよね。お待たせアタシのオーディエンス……
「……って、誰もいないじゃない」
「下です」
なに。ずらっと綺麗に並んでるアレ。嫌な予感がするわね。予感というか確信なんだけど。地面に立てられた、剣。ちょっと、止めてそういうの。もしかしてこれ……
「お墓?」
「先代魔王様から引き継がれた戦力は七百。軍部との衝突や宰相派官僚の離反工作で削られ、残っている者は、私と、執事と、工廠長のみです」
「……い、一応、聞いておくけど、敵はどのくらい?」
「メラリス将軍率いる軍人軍属合わせて七千。我が国に向けて侵攻中の王国遠征軍は一万二千。コーラル宰相率いる貴族・知識階級はわずかな魔道師以外に軍事的脅威はありませんが、彼らが引き入れようとしている帝国軍は派遣軍だけで二万」
「……それって、もしかして三万九千、対……四、てこと?」
「いえ、工廠長には戦闘能力はありませんので、実質は三かと」
アタシは笑う。笑うしかないじゃないの。三万九千対三て。しかも工廠長が戦力外っていうなら、メイドと執事とオネエもそうでしょうよ。亡国の危機に陥ってるんじゃないわよこれ、とっくの昔に滅んでるじゃないのよ!!
楽しそうに笑うアタシを見て、レイチェルちゃんまで嬉しそうな顔になってる。どこをどう勘違いしてるんだか大船に乗った気にでもなっちゃってるんだとしたらね、悪いけど、これ……
泥舟だから!!
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