第47話 北スラム4。

 頭上を横断する煉瓦造りの橋。その欄干から、黒い影が飛び降りて来た。

 ギアッドが召喚した召喚獣である。

「みんな、距離を取って! 気を付けて」

 トアの言葉に緊張が走る。穏便に済ませたかったのに、ラシックスと絡むと結局こうなってしまうのか。

「っ!」 ガンッ!!

 空中に居る内に、その生物から何かが勢い良く伸びた。そしてその先端が、激しく地面に激突する。アスファルトに、まるで岩が落ちたかの様な衝撃音が響いた。

「なになに!?」

 慌てふためく千佳の横では、怯えた様子の絵里が、手にしていた木の棒を剣の様に構えている。それでは対抗出来ない気がするが。

 何かを打ち付けたすぐ近くにその生物が着地する。その姿は……。

「カメレオンだ」

 絵里の言う通り確かにカメレオンだが……毎度の事ながらその姿は、俺達の良く知るそれと微妙に違っている。小型犬程の、カメレオンにしては巨大なその全身が真っ黒なのである。そして爬虫類独特の瞳だけが不気味に真っ赤に染まっていた。

「もしかして……今あいつが地面に叩きつけたのって……」

「そう、舌よ。あいつはハナレオン。あの舌はハンマーみたいになってて、当たると結構痛いらしいから気を付けて」

 痛いどころか大怪我をしそうな様子は、さっきの一撃で充分に伝わった。あれは人に向けてやってはいけない行為だ。

「へぇ、良く知ってるな。割りと珍しいタイプのはずなんだが」

「知識だけよ。実際見るのは初めて」

 絵里が理系、千佳が文系のスペシャリストなら、トアは召喚術のスペシャリストだ。この世界において人一倍召喚術に詳しいというのは、何よりの強みだろう。あらゆる召喚術に対して、人より先に対策が思い付くからだ。

「…………」

 待てよ……もしかして。

 だからあの時、リッシュとケミーは……。

「来るわよ!」

「!」

 トアの言葉にハッとした。目前の黒いカメレオンは、不気味な赤い瞳をこちらに向けながら、口をもごもごさせている。

 そして次の瞬間。その口から凄い勢いで舌が飛び出してきた。

 ッガンッ!!!

 その先端が、さっきまで俺が居た足元に直撃する。まるで金槌を思い切りアスファルトに打ち付けたかの様な音が響いた。

 咄嗟に方向の予想が付いて、なんとかギリギリで避ける事が出来たけど……トアが注意を喚起していなかったら、俺はあれをまともに受けていたかもしれない。

「柳君、大丈夫!?」

「だい、じょうぶ」

 いや……大丈夫なんかじゃない。

 何やってるんだ俺は。これじゃあの時の二の舞じゃないか。これでもしまたトアが怪我する様な事になったら、俺は本当にただのバカだ。

 集中しろ。

 望むところでは無いけれど、これはもう戦闘なんだ。

「トア、何とかするって約束でしょ! あんなやつ早くやっつけちゃってよ!」

 後方から千佳が叫ぶ。……って。

 いや、おいおい。

 そのワードを聞き流す訳もなく、ギアッドは冷静に反応した。

「……トア……だと?」

「あ!」

 急いで口を両手で塞ぐが、さすがにもう遅い。一緒になって絵里も千佳の口に手を当てているが、厚さの問題では無いぞ。

 ギアッドが橋の上から険しい顔で見下ろす。トアは深く帽子を被っている為、その角度からだとはっきりとは顔を確認出来ないはずだ。

 だけど恐らく気付かれた。立ち振る舞いや異界溝についての知識などから、その可能性は容易に想像出来たはずだからだ。

「まさかあんた、トア王女か?」

 ギアッドの問い掛けに、トアはぶつぶつと小さい声で応えた。……いや、これは詠唱だ。

 淡く光るノートが、瞬時に一層の輝きを放つ。

「えぇ、そうよ。光栄な事に、あの綺麗で可愛いこの国の王女様と、同姓同名なのよ」

 自分で言ったぞ。なんという自信に満ちた態度だ。

 そして輝きの中から何かが飛び出した。あれは……亀か? こちらもサイズは小型犬のそれに近く、カメレオンと対等である。光沢のある青い甲羅の真ん中から、謎の筒の様な物体が飛び出ていた。

「あんたがトア王女だって言うなら話は別だぜ。リッシュ君の所に連れてってやるよ。抵抗出来ない様に痛め付けてからなぁ」

 クククと笑いながら、ギアッドはハナレオンに指示を出した。ハナレオンは口をもごもごとさせながら、攻撃の構えを取っている。

 なんて奴だ、発想が腐ってる。というか、そんな事をしたらリッシュに怒られるぞ。ケミーだってそうだったんだ。

 一方トアが召喚した亀は、ハナレオンに対して背中を向けた。その顔にはマスクの様な物が装着されている事に気付く。

「そんな甲羅でハナレオンの舌を防ぐつもりか? 亀ごと吹き飛ばしちまうぜ」

「あなたに一つ、教訓を教えてあげるわ」

 ビッ! と、力強く指を掲げた。その人差し指の先には、怪訝な顔で見下ろすギアッドが居る。

「固定観念は足元を掬われるわよ」

 言い終わるまさにその瞬間。亀が背負っている筒から、まるで蒸気機関車の様に大量の黒煙が噴出した。

「っ!?」

 驚いた表情のギアッドの姿も途端に消え失せ、あっという間に辺りを黒い煙幕が飲み込んでいく。

「今よ、走って! 逃げるわよ!!」

 トアの言葉で事態を理解し、急いで進行方向に走り出す。これは応戦では無く、逃避の為の手段だったのだ。

 もしかして、バスを降りた時からこの展開を予想して、ノートに召喚図形を用意していたのだろうか。俺達だけじゃ戦力的に不安だから。若しくは、俺が戦闘を嫌がるのを想定して。

「なんか、走って、ばっかりだなぁ」

 緩やかな下り坂を駆け下りるのはなかなかにキツイ。早くも絵里がはぁはぁと息を切らしている中、平気そうに走る運動部の千佳は非常に頼もしい。これで成績も優秀だと言うのだから、そりゃあモテるはずだと感心する。

「私達、共同作業で一応召喚術使えるみたいだけど、喚べるのってあの蒼い竜だけだもんね。他の人達が咄嗟に使ってる召喚術と比べて時間がかかるし、ああいう場面ではなかなか難しいのかな」

 息の一つも切らさず千佳が言う。確かに……。ケミーの時だって、召喚途中に絵里が狙われた。あの時はグラウンさんが守ってくれたけど、そのサポートをいつも前提に置くのは少々リスクが高い。

「バービットとか、会議の時に見たハリネズミとかって……私達は、使えないのかな? 図形と、詠唱さえ知ってれば、誰でも使えるものなのかな? 召喚術って」

 絵里は息を切らし、途切れ途切れに疑問を投げ掛けた。

 どうなんだろう。使役に関しては素質やら守護対象やら、複雑な要因がありそうだけど。俺の例もあるし。でも召喚自体は……。

「…………あれ?」


 一連のやり取りに対しトアからの返事が無い事に気付いて、バカな俺はようやく事態の深刻さを知ったのだ。

「……トアが居ない」

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