第46話 北スラム3。

 どこの世界にもそういう奴は必ず居る。俺はその事に、うんざりした気持ちで溜め息が出るのだ。

 俺が通っている高校は県内有数の進学校だ。その中でも更に特進クラスともなると、本の虫ならぬ勉強の虫みたいな連中が日々学力の向上に精を出し、成績を競い合っている。だから多分、他の高校に比べたらきっと生活態度が荒れていたり風紀が乱れていたりなんて事は少ないんじゃないかと思う。皆んなそれよりも勉強の方が大事だからだ。そんな場所に身を置く俺が言うのも変な話だが、そんなに勉強してどうするんだと思う時もある。

 だけどそんな場所にも、こういう奴はやっぱり存在する。俺のそんな自堕落な考え方を極端に拗らせた、いわゆるドロップアウターな連中だ。

 俺はそういった不良な人達が苦手だった。血の気が多いというか短気というか。最終的に行き着く解決手段が暴力になりがちだからだ。直接的な被害は無かったけど、ガラの悪い様子を何度か目にした事もある。

「力尽くで聞き出すぜ」

 リッシュにも同じ様な雰囲気を感じたが、この男も確実にそっちタイプの人間である。俺には力尽くという発想が、どうにも理解出来ない。どうしてこういう連中は、すぐにケンカに持っていこうとするんだろうか。

 召喚術が文化として定着しているこの世界では、きっと争いやイザコザの度に召喚術が用いられているのだろう。個人間のケンカにすらその力が利用されているのだとしたら、その危険性は俺の居た世界とは比べ物にならない。

 竜や侵入者の襲撃に対して、自己防衛の手段としての応戦なら分かる。だけど力比べの為にその力を多用するのは暴挙だし、身近にあり過ぎて感覚が麻痺しているとしか思えない。

「上等よ。こっちが勝ったらそっちの情報、話して貰うわよ」

 そんな俺の複雑な心境を余所に、トアはこいつのケンカを買うつもりらしい。まぁ性格的にそうするだろうとは思ったけど。

 トアの手には先程のノートがあり、淡く光っている。恐らく定例会議の時に見た簡易召喚用のノートだ。道順をメモっていた訳じゃなかったらしい。その用意周到ぶりは流石である。

 でも。

「ストップ」

 トアを制し、首を振る。あいつのペースに乗っちゃダメだ。そもそも俺達は話し合う為にここに来たんだ。ここで成り行きに任せて応戦してしまったら、本命のリッシュとだって穏便に済ませられなくなる。

 いや、そもそも俺は基本的に戦いたくないのだ。絵里と千佳だってきっとそう思ってる。同じ勝負でも、秋に控えている球技大会とはワケが違うのだ。

 一歩前に出る。

 かと言って後手に回る気も無い。踏み出さなきゃ前に進めないのは、この世界に来て何度も痛感している。いつまでも、ペースを取られてる訳にはいかない。

「俺は柳だ。あんたの名前は?」

 輝くノートを携えながら、男が俺を見下ろす。そして口の端を釣り上げ、不敵な笑みと共に答えた。

「ギアッドだ、覚えとけよ。まぁ、偽名かもしれねーがな」

 クククッと声を噛み殺して笑う。捻くれた奴だ。違う形で出会っていたとしても友達にはなれそうに無い。挑発的で威圧的。欄干にぶつかるアクセサリーがカンカンと乾いた音を立てている。

「いや、本名なんだろ? 仮に違ってても限りなく本名に近いはずだ」

 俺の言葉に、男は笑みを止めた。はためく旗が、突然の無風に躍動を止める様に、静かに。

「あんたは問答無用で襲い掛かってくる様な単純な奴じゃない。情報提供を賭けの対象にして勝負を仕掛ける様な、ある意味で律儀な人間だ。そして言動から察するに、自分にある程度自信を持っている。そんな奴が、こちら側の名乗りに対して偽名で返すとは思えない。返答の間隔や声のトーンからもそれが推測出来る」

 勿論、完全にハッタリである。そもそもこいつの事そんなに知らないし、普段から偽名をコードネームみたいに使っているなら俺の推測は成立しない。

 初日の宴会の時もそうだけど、俺はだいたいの情報だけで結論を推測してしまう節がある。正否は別として、ありとあらゆる可能性をある程度想定する癖があるのかもしれない。確たる証拠の無いそれは推理とは程遠い、何の根拠も無い空想の範囲を超えない代物だ。

 だけど今この場に置いては、正確性なんてどうだっていい。こいつのペースを乱し、主導権を奪ってやる。

「ギアッド、俺達はリッシュに話があって来たんだ。ケンカは望んでない。用が済んだらすぐ退散するよ」

「…………」

 何かを思案している様に、沈黙が続く。

「その為にもこんな所で時間を取られたくない。俺達は異界溝についてちょっと知ってる程度の、戦闘能力も低いただの一般人だ。相手にするだけ時間の無駄だと思うぜ」

 一応あいつの質問には答えたつもりだ。これで引き下がってくれればいいんだけど……。

 すると、まるで風を受けた旗が再び揺れなびく様に、ギアッドは小さく笑いながら話し始めた。

「確かにあんたの言う通り、ギアッドは本名だ。性格分析も悪くねぇ。名前を偽るのは筋が通らねぇと思ったからよ」

 言いながら、だけどノートをしまう気配は無い。トアも同じく、臨戦態勢は解いていない。

「だが……1つだけ勘違いしてる」

「え?」

「ウチは基本的に実力が物を言う。召喚術の技術や戦闘センスを競うなんて当たり前の発想だ。要するにな……」

 「出でよ」と呟くように囁いた詠唱を合図に、手にしていたノートが一層の光を放つ。そして眩さの中に、召喚された黒い影を確認した。


「ケンカを吹っかけるのに義を通す必要なんかねぇって事さ。あんたらの平和主義はここじゃ通じねぇ!!」

 説き伏せ失敗。

 ギアッドの指示により、召喚獣が襲い掛かって来た。

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