ピーナツバター・ブラッド〜地下結実の英雄〜
腸沢エルンスト
第1話
僕に体を預ける両親の体がだんだん冷たくなっていく。
僕を庇いながら戦ったせいで深手を負い、絶命した父と母の、体が、冷たくなっていくのを感じる。
◇ ◇ ◇
大事な人がいなくなった時の話をしようと思う。
僕が八つになってすぐに起きた、魔物の暴走による村への襲撃。
村の人たちを逃がす為に戦った僕の両親は、強かった。
百を超える群れの間を父は縫うように走り抜け、剣を振るうごとに魔物の数を減らしたし、母は素早く編んだ魔法で次々に魔物を焼き払い、寄せ付けなかった。
たった二人で百体の魔物をその場に釘付けにしていた。
このまま戦いが進めば、父さんと母さんは死ぬことはなかったのかもしれない。
だけど、そうはならなかった。
僕がその場にいたせいだ。
自分だって魔物を倒せる。二人の役に立てる。
そう思った当時の僕は、愚かにも隣村へと避難する人達の列から抜け出し、魔物と両親が戦う村へと駆け付けた。駆け付けてしまった。
そこから先は、言うまでもないだろう。
当たり前のことが当たり前に起こり、無力で無知で愚かな僕に代わり、両親がそのツケを支払うことになった。
すさまじいのは、命に届くような痛手を負いながら魔物の尽くを葬り去った両親だろう。
茫然として座り込む僕を二人は抱きしめ、父さんは「流石は俺の息子だ」と言って頭を撫で、母さんは「泣く子は嫌いよ」と言いながら人差し指で僕の頬を伝う涙を拭った。
二人はまるでいつもの調子で僕に語り掛け笑むと、ずるずると脱力し僕に寄りかかり、それきり二度と動くことはなかった。
二人は僕に一言の恨み言も言わず逝った。
夜空には優しく星が瞬き、そよ風が木々を揺らし、大地にはおびただしい数の魔物の死体が転がり、二十歩先で林檎の木が燃えていた。
火の粉を孕み、紺瑠璃色の空へと昇っていく煙を、死体に抱かれながらずっと見つめていた。
どうしようもなく、ひとりだった。
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