第23話 シズはさらに気が気ではない!

30人以上いた部長の中から、私は誰よりも真っ先に生徒会室を飛び出した。


焦る気持ちが大きすぎるせいか、できればアクション映画のように窓から飛び降りて最短ルートで通用門まで向かいたいところだけれども……もちろん、クールビューティな私はそんなホットなアクションなんてしないしできない。


「しまった、もう30分も過ぎてるじゃないッ!」


チラリと窓から校舎に備え付けられた大時計を見てみると、その長針がまもなく二時を示そうとしていた。


当初の計画では、最短速度でゆるキャラを書き上げ、1時半までには学校を出るつもりだった。……が、


「それもこれも、頭の悪い部長たちが私の美的センスを理解しないからこうなるのよッ」


廊下を早歩きで突き進みながら、私は怒りのあまりそんな言葉をぼそりと呟く。


私が生み出した今世紀最大の傑作、演劇部ゆるキャラの『グングニルくん』は予想以上の賛否両論の物議を巻き起こした。


過半数以上の賛成を取れればすぐに公認キャラとなれるところ、なんと最初の賛成率は三分の一。


その理由も様々で、「絵が上手すぎる」「ゆるキャラというより美術作品だ」「エッジが効き過ぎてゆるい要素がない」と私の技術力に対しての妬みのようなコメントから、「矛先に信念が宿り過ぎている」とオカルト部部長がまったく理解できないコメントまでしてくる始末。


宿るも何も、あれは私の化身なの!


結局二度の修正を加えてグングニルの槍の先っぽにハートを付け加えることで女子部長たちの心を掴むことができ、なんとか過半数以上の賛成を得ることができたのだ。……なんて無駄な創作時間だったのだろう。


「くー! どこでもドアがあればいいのにッ」


現実主義者の自分らしからぬ言葉をつい漏らしてしまうほど、私の心は焦っていた。


本当はすぐにでも猛ダッシュしたいところなのだけれども、学校での自分の上品なイメージを崩さないために、私は可能な限りの早歩きで先を急いだ。


「あ、町田さんだ」

「おい見ろよ、町田さんだぞ」

「見て見て、町田さんよ!」


授業が休みの土曜日とはいえ、廊下や中庭で部活中の生徒たちとすれ違う度、称賛と憧れの眼差しが注がれる。


普段なら気持ちの良いその眼差しが、今の私にとっては自分のイメージをより堅牢なものにしてしまう重い鎖にしかならない。


こんな時、お姉ちゃんだったら躊躇することなく走り出すんだろうな……


ふとそんなことを思い、私の胸がチクリと痛んだ。


同じ日に、同じ容姿で生まれた私たちだけれども、その性格はいまや真逆と言っていいほどの違いっぷりだ。


何に対してもオープンで、素直に自分の欲しいものに手を伸ばすことができ、自分の夢を叶えることができた莉緒。


それに引き換え私は、幼い頃からどこか遠慮してしまう癖があった。


自分の夢に対しても。


そしてあの日、幸宏くんに興味がないと言われてしまった時も……。


だから私は鋭い槍のごとく自分を磨き上げ、何でも手に入れることが出来るお姉ちゃんとは違い、『自分が本当にほしいもの』だけに狙いを定めてきたのだ。



だから……



だから………………




「ぜぇぇったいにお姉ちゃんには幸宏くんは渡さないんだからッ!」



ローファーに履き替え昇降口を出た私は、周囲に誰もいないと気付くと思わずそんな言葉を力強く呟いた。


お姉ちゃんが現れたせいで、今ではこの学校の『二大美女』の一人に括られてしまった私だけれども、もともとは幸宏くんに振り向いてもらうために唯一無二のトップ美女の座に努力して君臨してきたのだ。


いくら世界の舞台で活躍してきたからといって、私のホームグラウンドでそう簡単にあの人にトップの座を渡すわけにはいかない。いや、幸宏くんを渡すわけにはいかないッ!


「くー!」と私は歯を食いしばりながら悔しさたっぷりの声を漏らすと、グラウンドの横を早歩きで進みつつ、目の前に見える通用門を目指した。


クラスメイトがいる陸上部の練習場所の横を通り過ぎ、顔見知りがたむろしている通用門を抜けていく。


そして、誰もいない校舎真横の路地裏に入った瞬間……


私はロケットスタートを切った。


それはもう、月面を目指すアポロさながら。


もうそこに普段のクールビューティな町田静は存在していない。


おそらく今50メートル走のタイムを測れば最高記録が出るだろう。そんなことを思うほど、私は息を切らしながら誰もいない路地裏の道を全力で走っていく。


「くっ、邪魔だわッ」


足のリズムに合わせて大きく揺れる自分の胸元を見て、私は思わず呟く。男性を魅了する女の武器は、今の自分にとっては文字通りの足枷だ。


そんなことを思いながら激しく揺れている胸元をもう一度見た時、同じ胸を持つ姉の不埒な姿が一瞬脳裏に浮かんでしまい、私の心臓がドクンと不気味な音を立てた。


直後、全身にかいている汗が急にヒヤリと感じる。


ダメよ静、惑わされないで!


そんなことを考えてしまっては絶対にダメ!


たとえこの世界に男と女があの二人しかいなくなったとしても、お姉ちゃんと幸宏くんの間にだけはそんなことは起こってはいけないのッ!


裏路地を抜けて大通りに出た私は、全速力で走ることはやめるも、それでも小走りはキープする。


「お願い……お願いだからお姉ちゃん……」


乱れる呼吸の隙間から、ついつい心の声が漏れてしまう。けれどそんな不安を断ち切るかのように、私はキリッとした目つきで我が家の方角を睨みつける。


お願いだから……わたしの幸宏くんを食べないでッ!!

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