第8話 協定成立!
ピロリロリーン。
聞き慣れた機械音に迎えられ、僕は扉をくぐった。ここは学校からわりと近くにあるファミレス。
そう、僕と莉緒さんはまさかの放課後デートみたいな展開を迎えていた。
「ユッキー、すごいよ! カルピスとオレンジジュースって混ぜると美味しいんだって!」
ドリンクバーの前で無邪気に喜ぶ莉緒さん。かつてスクリーンやテレビの中でしか見ることのできなかった大女優が目と鼻の先にいて、しかも同じクラスメイトの女子高生。
これを奇跡と呼ばずに何と呼ぶ。
…………が、しかし。
僕はプルプルと震える指先でグラスを掴むと、チラリと周りを見回した。学校にいた時よりも10倍以上増した殺気がさっきから背中に突き刺さっている。そして聞こえてくるのは、心ない野次馬たちの声。
「おい、あそこにいる子ってRIOじゃね?」
「え? じゃあ隣にいる男ってもしかして彼氏⁉︎」
「いやあんな陰キャラのやつが彼氏なわけねーだろ。召使いかなんかじゃないか?」
「いーや、あの冴えない感じは召使いじゃなくて奴隷だな。たぶん、ドリンクバー専用の奴隷」
ドリンクバー専用の奴隷って何? もしかしてグラスセットしてボタンを押すためだけに命懸けてる人のこと?
近くのテーブルから聞こえてくる他校の生徒たちの話しに、僕の心臓がキリキリと痛み出す。
一学期最後のテストシーズンが近づいているせいか、店内にはいつになく様々な学校の生徒がいるのだけれど、彼らの視線は手元の教科書ではなく自分たちの方に注がれていた。
もちろんその視線の先にいるのは……
「ユッキー、見て見て! メロンソーダとコーラの組み合わせが一番人気だって」
ドリンクバーの機械に貼っつけられた手書きPOPを見つめながら、女子高生らしくはしゃいでいる莉緒さん。
そのほっそりとした綺麗な指先が、さっきから僕の半袖シャツの脇腹あたりを掴んでいるのは勘弁してほしい。
その仕草、可愛すぎてレッドカードだ。
「へ、へえ……そうなんだ……」
動揺を悟られないようにと普段通り話そうとするも、もちろん舌が回らない。そして声も思いっきり裏返ってしまう。そんな自分自身に心底呆れてしまい、僕は自嘲じみたタメ息を漏らした。
まさかこんな展開になるなんて……
震える手でメロンソーダのボタンを押すと、再び小さく息を吐き出す。
ほんの数十分前、廊下で町田さん姉妹のやり取りがあった後、僕の静さんに対する密かな恋心は、実の姉である莉緒さんに思いっきりバレてしまったのだ。
それだけでも十分衝撃的な出来事だったのに、その後さらに衝撃的なことが起こった。
「ねえ、その話しちょっと詳しく聞かせてよ」
冴えない僕の恋路などスルーされるかと思いきや、まさかの莉緒さんが喰いついてしまったのだ。それはもうエビで鯛を釣ったどころかクジラがジンベイザメを釣ってしまったような衝撃。
戸惑う僕のことなどお構いなく、急遽学校案内は中止となり、こうして二人っきりでファミレスに来ることになってしまったのだが……
テーブルに自分たちのドリンクを置いてソファベンチに座ると、「何にしよっかなー」と莉緒さんがメニューに右手を伸ばした。
「あ、あの……」
おずおずと声を漏らした僕に、莉緒さんはくるりとしたアーモンドのような瞳を向けてくる。
「ん? どしたの?」
「い、いや……こんな場所でほんとに良かったのかなって……」
僕はあえて殺気立った視線には気づかないフリをして店内をチラリと見る。
地元の学生支持率ナンバーワンの安さを誇るファミレスに、ワールドクラスの元スターを連れてきてしまった罪悪感。
ここには高級キャビアも無ければ、トリュフもない。あるのは冷凍されていたであろう安いイクラやマッシュルームなど。
つまり、野口英世一枚あれば事足りるラインナップばかりなのだ。
そんな庶民の味に、おそらく世界中数々の三ツ星レストランの味を知り尽くしてきたであろう莉緒さんの舌が満足するはずがない。
それどころか興味本位で一緒に来てくれたものの、その味を知って激怒してしまい、静さんみたいな冷酷な視線を向けてくるかもしれない……
そんなことを考えて思わず顔が引きつった時、僕の心境を察してくれたのか、優しくフォローしてくれるような口調で莉緒さんが言った。
「いーのいーのっ! 私、一度でいいからこういう『普通の高校生』っぽいことしてみたかったんだ」
そう言ってニコリと天使のように微笑む莉緒さん。僕はそんな彼女の笑顔に釘付けになりながら、ほっと胸を撫で下ろす。そして、心の中で小さく呟いた。
普通の高校生か……
その言葉に、チクリと胸の奥で何かが疼いた。
僕のように才能や容姿など何一つ取柄もなく、ただ巨大なコンプレックスだけがあるような人間にとって、『普通』という言葉は呪縛のようなものだ。
なぜならそれは、「あなたは居ても居なくてもどっちでも同じですよ」と言われているような気がするからだ。
まして僕のように山頂の空気よりも存在感が薄いレベルになると、居ると認識される方が問題になるんじゃないかというかなり卑屈な考えを持ってしまう。
でも、同い年でかつて一緒に遊んだことのある(覚えてなかったけど)莉緒さんにとっては『普通』という言葉に逆に憧れを感じてしまうほど、別世界別次元の輝く人間になってしまったのだ。
同じ人間で幼なじみ(覚えてなかったけど)でありながら、神さまは本当に不平等だと思う。
……まあ、自分の可能性などとうの昔に捨てたので諦めはついているが、そんな僕が静さんと付き合うのは、やはり無謀過ぎることなのか?
はあぁ、とこの世の終わりみたいなため息をついた時、再び莉緒さんの声が聞こえてきた。
「私はお腹減ったしハンバーグセットにしよーっと! ユッキーはどうする?」
無邪気な声でそう言ってメニューを僕の方に寄せてくると、莉緒さんはグイッと顔を近づけてきた。
そのせいで、制服の下に隠れた豊満な胸元もグイッと寄せられてより強調されてしまう。
いやいやいや! 僕は静さんのお姉さんに対してなんてハレンチなことを意識しているんだ! メニューだ! メニューを見ろ、幸宏!!
まるで参考書を見るかのような真剣な目つきで、僕は見慣れ過ぎたメニューをキリリと睨みつける。が、どれだけメニューを吟味したところで結局頼むのは……
「フォ……フォッカチオチーズで」
安定の290円。
バイトもしていない僕にとってドリンクバーとこれが限界。
「そんなので足りるの?」と心配そうに少し眉を寄せる莉緒さんに、「ここのテーズが良いんです」と意味不明な返答をしてしまう始末。べつに、チーズが好きでもないのに。
そんな僕の言葉にクスクスと肩を震わせた莉緒さんは、さっき作ったばかりの自家製オレンジカルピスに口をつける。莉緒さんが飲むと、それがシャンパンに見えてしまうから不思議だった。
そんな彼女に見惚れつつ、僕も少し心を落ち着かせようとメロンソーダに口をつける。
「で、ユッキーはシズのどこが好きなの?」
「ブゥホっ!」
エイリアンさながらの勢いで、僕は口から緑の液体を盛大に飛ばした。もちろん莉緒さんにかけるわけにはいかないので、咄嗟に廊下側に。
「何もそこまで動揺しなくていいのにっ」
あはは、と愉快な声で笑う莉緒さんの前で、僕は咳込みながら顔を真っ赤にする。
「い、いきなりそんな話しをされたら……」
「だってこの話しをする為にここまで来たんでしょ?」
何の躊躇もなく僕の最重要機密に足を踏み入れ、真っ直ぐな瞳を向けてくる莉緒さん。どうやら、その話題からは逃げることができないらしい……
はぁ、と降参するようにタメ息を漏らした僕は、まるで罪人が十字架の前で罪を告白するかのようの重々しい口調で話し始めた。
「どこが好きって言われても……気がつけば好きになっていたというか……」
僕は言葉を濁しながら右手でポリポリと頭を掻く。
その間も僕の初恋相手と顔がそっくりな莉緒さんは、じーっと真剣な表情で僕のことを見つめてくるので、何だか奇妙な感覚に陥っていく
あれ……?
なんかこれ、本当に告白してるみたいな展開になってない?
なんだが莉緒さんの顔がどんどん静さんに見えてくるような……
そんなことを思ってしまうと、どうやら僕の意識はますます静さんへと吸い込まれていくようで、頭の中では最近見かけた『静さんの可愛いベストスリーショット!』が勝手に浮かんでしまう。
ちなみに第一位は、教室の扉にスカートを挟んでしまいちょっと恥ずかしそうに頬を赤く染めていた静さんだ!
彼女のことを考えていたのがモロに顔に出てしまっていたのか、少し呆れた感じの莉緒さんの声が耳に届いた。
「その様子だと、ユッキーはよっぽどシズのことが好きなんだね」
いつの間にかテーブルに運ばれてきたハンバーグを口元へと運びながら莉緒さんが言う。その言葉に、僕は恥ずかしくてノーコメント。
そりゃだって……10年近くも片想いしてるんだし……
そんなことを思うも、まだまだ続きそうな険しい道のりに僕は思わずタメ息を吐き出してしまう。石の上にも三年とは言うけれど、この調子だとそろそろ僕のほうが石になる勢いだ。
その場合だと岩本じゃなくて石本だな、なんて関係のないことを考えて現実逃避を計ろうとするも、莉緒さんの鋭い指摘が僕の意識ごと心を貫く。
「でもユッキーとシズって、なんか昔に比べると仲悪くなってない?」
「うぐっ!」
再び口から緑の液体が出そうになった。いや、今度はマジで血が出るかと思った。
自分でもそのことは重々理解しているとはいえ、それを第三者から指摘されるとこんなにも破壊力があるのか。まして静さんの実のお姉さんから言われてしまうと……これはもう、逃げ場がない。
「ふわぁあ!」とタメ息なのか半泣きなのかわからないような情けない声を漏らして、僕はテーブルに顔を埋める。
閉じた瞼の裏に浮かんでくるのは、今でも鮮明かつ克明に思い出すことができる小学生の時のあの場面。
大好きなはずの静さんに、万死に値するひどいことを言ってしまった自分の愚かな姿だ!
「ユ……ユッキー大丈夫?」と戸惑うような莉緒さんの声が聞こえて、僕はのっそりと顔をあげた。視界が滲んでいるのは、きっとチーズが目に染みたからだろう。そう信じたい。
ぐすん、と間抜け面で鼻をすする僕に、困ったようにほっぺをかいていた莉緒さんが言った。
「とりあえず……何があったか教えてくれない?」
「……」
一体自分は大スター相手になんて醜態を晒しているんだと罪悪感に苦しめられるも、それでも静さんとの関係を取り戻したい気持ちの方が強いようで、僕は莉緒さんにことの経緯を話す覚悟を決める。
「じ、実は……」
一呼吸置いた僕は「え? 最近日本語覚えました?」と突っ込まれそうなぐらいたどたどしい口調で、これまでの静さんとの関係について莉緒さんに話した。
幼稚園、そして小学4年生の頃まではカップルのように仲が良かったこと。それが5年生の時に起こった悪魔の事件によって関係が一変してしまったこと。
そしてその後は、アメリカと旧ソ連も驚くような冷戦状態が今だに続いてしまっているということ……
過去の思い出は輝いて見えるとよく言うが、今の僕からすれば静さんと仲が良かった頃の記憶というのは、サングラスがあっても眩しすぎて直視できない。
そんなことを考えながら僕は心を痛めつつも、静さんとのこれまでヒストリーを莉緒さんに話しきった。
すると莉緒さんは……
「あっはははー!」
「…………」
予想外です。
思わず携帯会社のCMみたいな言葉が脳裏に浮かぶ。真剣かつ深刻な表情を浮かべている僕とは裏腹に、莉緒さんは明るく愉快な笑い声を響かせた。
「ユッキーもシズも面白すぎるよ! 小学生の頃の思い出をまだ引きずってるなんて」
「……」
相当ツボにハマってしまったのか、莉緒さんは元スターということも忘れて、無防備にもお腹を抱えて笑っている。もちろん……そんな姿も可愛くてGOODだ!
「ちょ……何もそこまで……」
僕は慌てて雑念を振り払うと、再び深刻な表情を作って目の前で笑っている莉緒さんを見つめた。
自分にとっては一生孤独で生きるかどうかが決まってしまう重要な話しも、どうやら他の人からすれば笑い話しになることもあるらしい。
結局話してしまった後悔と恥ずかしさのせいで、僕は続きの言葉を口にできず黙り込んでしまう。
すると、楽しそうに笑っていた莉緒さんがふいに口を開いた。
「ってことは、ユッキーってまだ『キス』したことないんだね」
「What⁉︎」
思わず本日2度目の英語が飛び出る。あまりに不意打ち過ぎる言葉に驚愕してしまった僕は慌てて口を開いた。
「あ、あ、あるわけないよっ! だいたい、彼女だって出来たこともないのに!」
まるで無罪を主張する被告人みたいに必死に言葉を言い返す。無罪も何も、僕は正真正銘身も心も真っ白な童貞だ。それ以上でもそれ以下でもない。
頭を搔きむしりながらそんな余計なことを考えていると、ぼそりと莉緒さんが呟いた。
「そっか。じゃあ私と一緒か……」
「え?」
その言葉に、頭を掻きむしっていた手がピタリと止まった。僕の聞き間違いじゃなければ、莉緒さん今けっこう衝撃的なことを言ったような……
ワンモアプリーズと目をパチクリとさせて無言のメッセージを送るも、莉緒さんは意味深な笑みだけニコリと浮かべて首を傾げる。それがまた可愛すぎて、僕は聞き返そうとしていた言葉を思わず喉の奥へと飲み込んでしまう。
いやいやいや、相手はあの莉緒さんだよ?
僕と違ってぜったいキスの一つや二つはしたことあるでしょ!
それどころか元スターのお方がそれで終わるわけがない!
きっとイケメン過ぎる俳優やスターの方々とそれ以上の関係や快楽も……
ぽわぁんと莉緒さんの淫らな姿が頭の中に浮かびそうになり、僕は慌てて首を振った。こんな妄想がバレたら、莉緒さんどころか静さんにも間違いなく射殺されてしまうだろう。
僕は煩悩を抑え込もうとメロンソーダを一気飲みする。
「でも相手がシズとなると、けっこうハードル高いかもなぁ」
「……」
何故だろう、急にメロンソーダが苦くなりました。一体どうした?
うぇえと口に含んだ液体を吐き出しそうになるほど、莉緒さんが呟いた一言がボディブローのようにジワジワと利いてくる。
万が一奇跡が起これば……なんて静さんとの関係に淡い期待を抱いていたけれど、どうやらそれも難しそうなご様子。
そんな僕をさらに追い詰めるように、莉緒さんが淡々とした口調で話しを続ける。
「ほら、シズって結構理想が高そうでしょ? たぶんあの子の恋人として対等に付き合おうとしたら顔だけじゃなくて文学やスポーツにも精通してて、かつあの孤高とした感じを優しく包み込んでくれるような包容力もいると思うの。あと、勉強もできた方が良いと思うから、偏差値も70以上はあった方が良いかも」
「…………」
え? 好みの男性像に具体的な数字まで出てきちゃいます?
というより、それ全部クリアできたら僕の方がハリウッドスターになれそうなんですけど??
あまりにハードルの高い話しに唸り声一つ漏らすことができずに固まっていると、莉緒さんが再びクスクスと笑い始めた。
「私も直接聞いたことないからただの勝手な妄想だけどね。でももしそうだったとしても、ユッキーはシズのことを好きでいれる?」
そう言って、真っ直ぐな瞳で僕のことを見つめる莉緒さん。
自分の覚悟と信念を問うようなその質問に、僕はゴクリと喉を鳴らした。
「……もし、そうだったとしても」
囁くように話し始めた僕に、莉緒さんは長い睫毛を上げたままピタリと止めた。その瞳に映るのは、静さんに対する想いの強さを自問している自分の姿。
揺れ動くモヤモヤとした気持ちを少しでも形にとどめようと、僕はそっと唇を開く。
「たぶん……諦められないと思う」
「……」
情けないほどキレの悪い言い方になってしまったけれど、それが今の僕にとって精一杯の覚悟の言葉だった。
そんな言葉を莉緒さんは、笑うことなくじっと僕のことを見つめたまま黙って聞いていた。そしてその睫毛をゆっくりと閉じる。
「……なるほどね。ユッキーの静に対する想いはそれだけ本気ってことか」
そう呟いて、一人ウンウンと何度も頷く莉緒さん。僕の方はというと、一応覚悟を言葉にすることができたおかげか、静さんに対する想いが一段と強くなった……
ような気がする。
が、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、瞼を上げた莉緒さんが再び覚悟を問うてくる。
「ほんとにその気持ちが揺るがない?」
「……うん」
「何があっても? どんなことがあっても?」
「……うん」
「ほんとにほんとにほんと?」
「…………うん」
なんだこれ?
結婚式で相手もいないのに一人で牧師相手に愛を誓ってるみたいな展開になってきてるよ?
いや、目の前に莉緒さんがいるので何だか莉緒さんに対して愛を誓っているような……
そんな余計なことを考えてしまい、僕の心臓が再び不規則なリズムで鼓動を刻み始める。
背中と脇にジワリと変な汗をかき始めた僕は、早いところこの話題から切り抜けようとした。
が、最後にとんでもない爆弾が飛んでくる。
「たとえば……私がユッキーに告白したとしても?」
「…………」
え?
今このお美しいお方、何て言いました?
思考がまったく追いつかず、僕はUFOでも見たかのように何度も目をパチクリとさせる。
すると莉緒さんは色気たっぷりのぷるんとした唇を再びゆっくりと開く。
「私が告白したとしても……ダメ?」
「………………」
えー!?!?
何この究極の二択⁉︎
こんなの反則じゃない⁉︎
だって莉緒さんは静さんの双子の姉妹なんだよ?
静さんと同じナイスバディと綺麗なお顔の持ち主なんだよ?
何ならそこに元ハリウッドスターみたいなありえない称号がついてるんだよ⁉︎
そんな人に告白なんてされたら……されてしまったら……
「……あれ? その場合どうなるんだ?」
僕は莉緒さんに聞こえない程度に思わず声を漏らした。
ファッションや育った環境の違いはあるにせよ、前述した通り二人は本質的には顔もスタイルも血液型だってまったく同じ。
同じお母さんから生まれてきて、ほとんど同じDNAを持っているはずだ。
そんな双子の莉緒さんから告白されるということは、それはつまり、静さんから告白されるのとほぼ同意語に……
違う違うちがーうっ!!!
危うく無限トラップに引っかかりそうになり、僕は慌てて首を振った。
僕は決して見た目だけで静さんに恋をしたわけではないのだ!
そんな表面上だけの薄っぺらい初恋なんかじゃないのだ!
ほら、性格とかもっとこう目に見えない部分に惹かれているというか……
そんなことを考えていた時、僕の思考がふと止まった。
目に見えない部分に惹かれてるって……
じゃあ僕は静さんの一体何に恋をしているんだ?
相変わらず静さんとまったく同じ瞳でじーっと見つめてくる莉緒さんに、僕は返答の言葉を窮してしまう。
それでも莉緒さんは僕が答えるまで逃してくれないようで、そのキュート過ぎる上目遣いをやめてくれない。
これ以上一途な僕の恋心を攻撃されるのは危険だと感じた自分は、莉緒さんが告白してくれる可能性も万に一つありえないのも含めて、やっと口を開いた。
「さ……さすがにそんな展開は起こらないでしょ」
「…………」
あはは、と全力の苦笑いで会話をごまかそうとする自分に、何故か黙り込んで何かを考え始める莉緒さん。
……なにこの一歩間違えたら首が飛びそうなほどの重苦しい空気は?
急に莉緒さんが纏うオーラが変わってしまい、僕は首を絞められた鯉みたいに口をパクパクとすることしかできなくなる。
すると無言だった彼女が、「ふーん……」と何やら意味深な声を漏らした。
「そっか、じゃあこうしよう!」
「え?」
突然明るい表情に戻った莉緒さんが、何か閃いたような声を発した。たったそれだけのことで、僕の周りの空気が一瞬で華やかさを取り戻す。
「ユッキーとシズが付き合えるように、私も全力で協力するよ!」
「……へ?」
目を輝かせて衝撃的なことを宣言する莉緒さんに、僕は思わずフリーズする。
「だってその方がユッキーも心強いでしょ? 私はシズの双子の姉妹だし、家でもずーっと一緒にいるから、あの子の好みは何でもリサーチできるからね」
「い……いやいやいやちょっと待って! リサーチって、僕は何もそこまでして……」
「え?」
知りたくないの? という無言の甘いメッセージを、可愛く小首を傾げるだけで伝えてくる莉緒さん。何だよコレ! セコすぎるよ! 大女優ほんとに侮れないよ!!
静さんと瓜二つの美しい顔でそんなことを言われれば、ヨダレが出そうなほど知りたくなる。
そんな誘惑と理性が激しく戦っている僕に、莉緒さんはグッと顔を近づけてきたかと思うと、囁くような甘い声で最終兵器を口にする。
「何なら、『下着』の色まで教えちゃうよ?」
「…………」
この時僕は思ったのだ。
静さんと結ばれるまでの長く険しい道のりを進み続ける為には、何かしらの心の栄養剤が必要だと。
そう……『色』だけに、色々と。
そんなやましい考えで自分の心を納得させようとしているのがモロに表情にも出てしまっていたのか、「じゃあ決まりだね!」と莉緒さんが無邪気な声を上げる。もはやその台詞に、僕の頭の中では否定する言葉は浮かばなかった。
「……」
ゴクリと唾を飲み込む僕の目の前で、ニコリと莉緒さんが優雅に笑う。
その柔らかく細められた瞳を見た時、僕はなぜか一瞬、自分がとてつもない魔術にかけられたような、そんな気がしてしまった。
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