第八話:先人曰く美味しい蕎麦の条件は『3タテ』
時刻は、だいたい昼時、
「いいか?神とはそもそもどれほど理性的に見えても本質は嵐や地震と同じ。
存在するだけで影響を及ぼすもの、災害そのものでもある。
故に、森の奥にすまう異形もまた神と呼称する。
幸い人間はエルフと違って、そう言った物を直接見ても狂気に陥るほどの恐怖や威圧感を感じない、鈍感な生き物だが─────」
学校では座学の小難しい授業にイラつきながら、生徒達はみなお昼ご飯の時間を待つ時だった…………
「暇だねぇ……こうやって屋上で寝そべるのも悪くないねぇ……すぅ…………」
当然、大の字に屋上の床に寝そべるプリンス・オブ・ウェールズ達、エルウィナについて行った艦隊も授業を受ける義理がないときはこうやって屋上でだらけきっている。
「陽射しが気持ちいいデースヤァ……Zzz」
「…………Zzz」
「むぅ……すぅー」
叢雲と大井ですら、すでに寝ている羽黒のキグルミボディに体重を預けて寝始めていた。
拘束具を寝袋扱い、枕扱いである。
「ったくコイツらはよぉ、どこでも寝れてたくましいねぇ……」
タバコがわりのように、非常食のロリポップキャンディ舐めて遠くを見つめるサンディエゴも、寝てはいないがあまり何も考えてはいない。
考えていても雲の形が何に似ているか、あるいはそらの向こう……自分たちがいた世界の事を考える。
向こうにも自分は着任して、武功艦の名に恥じずステイツの正義と自由のために戦ってくれているだろうか?
姉妹艦は何をしているのか、戦況は…………
「やめだやめやめ。おセンチな気分はサンディエゴ様のガラじゃあねぇよ」
お気に入りの特注テンガロンハットを外し、本人も屋上に寝そべる。
「まぁ下には雪風もいるしやる事ねぇか」
ちなみに授業中ずっとエルウィナを後ろからいじり倒している雪風の、主に二つの山脈のせいでいつも以上にエルウィナの集中力は落ちている。
ちなみのちょっかいを出した時は必ず後ろのいつものメンツがいたずらを仕掛けており、全てが『偶然』回避されていたりする。
「あー……にしても…………」
それはそうと、このだらけ切った空気の中、サンディエゴはふとこう呟く。
「…………腹減ったな…………」
────空は青く、風は暖かく、日差しは心地よい。
後は…………サンディエゴはバーベキューでもしたい気分だった。
***
─────正直期待外れでしたね。
いや、口に出さないだけで……不味い
「…………お勘定を」
「ありがとうございましたぁー!
またのお越しをぉ!!」
身なりは良いのですが、まぁ料理とは無縁そうな支配人ですね……
まぁ……金出していれば誰だろうと余所者で身分も分かりにくい私であろうと文句なくニコニコ出来るあたりはまだ評価できますが……
「……ふぅ……異国の女か……まぁ顔も体も中々の上物だったな……」
…………しまった、私は耳が良すぎる。
ゲスなセリフまで聞こえてしまうとは……
先人達は、特に周辺の偵察を怠るなと常々に言ってきました。
ましてや、世界が一つ違う場所。
料理の風土、好まれる味が大きく違う。
そう考えるべきでしたが、どうやらここはそうとも言い切れないようです。
…………私、こと大和型
まぁこれで大食いな戦艦の身、一品ずつならば町中食べられるのです。
それで分かったのですが、この街、この国は、
飯ですら、かなりの物が他世界からやってきている
恐らく固有の料理はフランス料理などの味が濃い目のものでしょうが、同じ場所で昔からあるような顔でインドカリーがそのまま売っていたり、今も蕎麦屋が何故かあったのもその証拠。
ただいかんせん…………蕎麦に関しては本物とは言えなかった……
………………
先人達もこう言っています
手に入らない物が欲しいのではなく、
手に入りにくい物こそもっとも欲しくなる。
もう少し、あと少し、
そう見えてしまったが最後、諦めるという選択肢が消えるのだと…………
「ここまで来たら、本当に美味い蕎麦が食べたいですね」
そう、
美味い蕎麦屋に行きたくなりました。
半玉しか食べてないので、歩いた分も含めて既にお腹が鳴いています。
…………よし、見つけましょう。
今日は様子見と思いましたが、予定変更。
美味い蕎麦屋。それ以外には目もくれません。
「きゃぁっ!?!」
などと考えていたら、今の悲鳴はいったい……?
「おい、あんたら大丈夫か……!?」
「大丈夫だ!
どいてくれ……!」
「オイオイ、姉ちゃんそんな格好でうろつくのは危ないぜぇ、ゲヘベファ!?」
おやおやなにかと思ってきてみれば、ゲスそうな男が一人吹っ飛んでくるとは。
「余計な世話だ……!ぐっ……!」
野次馬の群れが引いて出来た道を歩いて、この騒ぎの主が現れる。
……まぁ確かにそんな格好では悪い虫のひとつや十はやってくるでしょう。
腕や肩周り、襟元や長い足は服に包まれているというのに、
肝心な胴体は無防備。
ビキニとハイレグなパンツ部分がなければ、隠すものを隠してはいない。
いわゆる逆バニーですか。
フリートレスサイズの胸と引き締められたお腹があるからこそ似合ってしまうんでしょうね。
まぁ私の服も、羽織ったケープの下、巫女服をモチーフと言われたら少し異議のある肩だし背中出し、胸の脇も上も下も露出しているような……この世界の文化だとエルフがしているような格好なので、人の事は言えないでしょう。
もっとも、この大和、
この
……長くなりましたが、まぁ……
彼女の、バルケンクロイツをアクセントに、逆バニーとかつてのゲルマンの黒い軍服を模した意匠のその服も、金髪碧眼もあって似合うとは思いますよ?
それに逆バニーじみた衣装であろうと関係なく、
───そっちは誰だかは知りませんが、人一人背負っているような方が、息も絶え絶えになるのが異常なはずは無いでしょう。
「確か、ビスマルクでしたか?」
さて、もはや格好で友軍なのは分かります。
「!?
お前は…………大東亜、の……!」
「しぶとい艦だとは歴史が伝えておりますが、まぁなんとまるで、」
「私の、追撃戦か……はは、ああソレと同じぐらいにキツい……!」
背負う彼女と共に、フラついた足で彼女───EUG所属、ビスマルク級
「頼む……!
2日、何も食ってない……後ろのコイツも……!」
……グギュー、というお腹の音通りの、確かに切羽詰まった言葉でした。
***
移動を始めましたが、一応はゆっくり歩きます。
「一刻もはやく、美味しい蕎麦屋を見つけなければいけませんね」
「ちょっと待て……!
こんなに飯の店があるのに、なんでお前の国のパスタなんだ……!?!」
「当然では無いですか?
あなたは頭上の太陽に『今日も輝いているのですか?』と尋ねますか?」
「意味がわからんぞ!?!
ぐっ……目眩が……」
「やはり早く蕎麦屋を見つけなければ……」
「お前、この状況分かっているのか……!?!」
「愚問ですね。
太陽に向かって『あなたは熱いですか?』と聞くような物です」
「お前……おま…………ぐぅぅぅぅ……!!」
まったく、腹が減ると怒りっぽくなって困る。
一刻も速く美味しい蕎麦屋を見つけなければ……
「…………あのぉ……」
「む!?起きたか!?!」
おや、後ろの方も起きましたか。
「…………ソバ、ってああ書くんじゃ無かったでしたっけ……??」
そして、なんとそう言って指差す場所には……!
「…………見つけた」
─────初めて一目見て期待が高まる物だと理解できました。
さほど大きくは無い建物、木造の入り口と看板、それでいて綺麗に磨かれている……
「お……?」
「……
で、合っているのでしょうか?
ふと入り口まできた我々の前で、入口が開きます。
現れたるは筋骨隆々とした巨大な身体、
フシュルゥ、と鼻息荒いその顔は、猪に似た鋭い牙を持つ厳つい顔
「…………」
「…………」
やがて、その厳つい顔が私達の身長の位置まで下がり、
「……、いらっしゃい!」
ニコリ、と笑って、『白い和風飲食店特有の格好』に似合うそんな言葉を吐く。
(ああ……
今更ながら理解しました
「3名様ですかぁ?
いやぁ、ちょうど店ぇ開いた所でしてねぇ!
ささ、どうぞどうぞ!」
「ありがとうございます」
招かれて入ると、こじんまりした綺麗な店でした。
テーブルも椅子も木でまとめられていて、そこそこそれらしい。
「3名様入りやぁす!!」
「おーう!」
見ると、奥ではもう一人、リーゼントのような髪型を帽子に収めたオークの方が包丁を手入れしています。
────すでに前の店よりも期待が高まっていますね。
「じゃあ、お品書きここに書いてますから、決まったらお呼びくだせぇ」
出された茶と共に、お決まりの台詞で一旦去るオークの蕎麦屋。
もっとも、まずは普通に蕎麦が3人前ぐらいは……
「あー……寿司もあるのか……」
「当然ですね。どちらも江戸前では当たり前にあったファーストフードや酒のつまみです」
「そうなのか?
もっと堅苦しい料理だと思っていたが……」
「それじゃあ『粋』ではないですね」
ふと、そんな言葉に奥の包丁を握っていたオークさんがこちらを見ましたが、すぐに作業に戻ってしまいます。
「まぁ、二人は暖かい方が良いかもしれませんね。
天蕎麦などどうでしょう?」
「なんでも良いが……天ぷらは確か大東亜式のフライか……今はなんでも良いから腹に溜めたい。
この寿司の盛り合わせと、天そばとやら大盛りに……あとこの天ぷら盛り合わせだな」
「私も同じ物で……くぅ」
「じゃあ私はざる蕎麦に天ぷら盛り合わせで……」
とりあえず、そうオークの職人さんに頼みます。
「全部5人前で。ああ、天蕎麦は10人前で」
「5人前ぇぇぇぇ!?!?!?!」
「少なめだな」
「少なめぇぇぇぇん!?!?!」
でしょうね。
まぁ注文は受け取ってくれる辺りいいお店のようですが。
「…………ところで、状況は分かっているのか?」
「少なくとも、彼女の正体ぐらいは」
水を飲む背負われていた彼女……見ると適当なコートと素足に靴という間に合わせの格好の、どこか幸薄そうな雰囲気の少女に視線を向けます。
「そうか。
さっきから通信は傍受出来ていた、お前ら……
この異常事態でもよく平然としていられるな?」
「何のことはありません。
元より事故で漂流し、幸い指揮官がすぐ見つかった上で我々の好きにさせて貰っていたおかげで色々速く対応出来ましたので」
「現地民の指揮官に、か?」
おや、随分とトゲのある言い方です
「気に入りませんか?」
「気に入らんな。
何が一番気に入らんかと言えば、何も知らない民間人を利用し我々の行動を自由にしているという状況がだ」
ほう……
意外と、良識のある言葉で
「……目覚めた時、周りにいたのは血を貪る怪物たちだった。
吸血鬼という奴か?奴らはまだ生きている人間のあちこち噛み付いて顎の下をどす黒い赤で濡らしてケダモノみたいに笑ってた。
だが、私に噛み付いたのが運の尽きだ。
首筋ですら、奴ら牙が負けて奥に突き刺さっていたよ」
さする首元、無防備なその場所には傷一つない。
「腹が立ったせいで、1発殴ったら首が360°回転してネジ切れた。
助けたはずの人間の怯えた顔は……久々に自分が何なのかを思い出させてくれたぞ」
「…………なるほど」
「お前も私も、怪物だ。
海の上に佇む鋼鉄の怪物。
それが、それが民間人を利用して勝手に動いている。
怪物どころか悪魔だ……どうせ、『対F弾』の話もしてないんだろう?」
「するにも、物がないので」
ゴト、と今話題に上がった物がテーブルの上に置かれます。
照明弾、あるいはハンドグレネードランチャーとも言えるその武器を。
「…………落ちてたから拾っておいた」
「…………わざわざ、こんなものを……?」
「こんなものでも、無力な人間が我々から唯一身を守る方法だ」
……ふむ、
「なら、コレを不要としている我々ではなく、
あなたが司令官に渡す方がいいでしょう」
私は、この対F弾をビスマルクへと返します。
「…………お前にも良心はまだあるようだな」
「ええ。まず司令官がそんなものを必要とするはずありませんから」
「ハン!たった2日、3日程度の仲で随分信頼しているな?
それほどの物か?ただの民間人だろうに」
「民間人や軍人という色眼鏡だけで見るのも、それはそれで危険ですよ。
先人達が何度も失敗を繰り返す事ですが、ブランド力だけでは勝負にはならないのです。
ブランドに似合う実力、特徴、引きつける何かがあって初めてブランドが出来上がる。
無名の店と侮っていては、本当に素晴らしいものは見つけられません。
やはり、手にとってみないと」
と、そのタイミングで私達へ近づく、大きな姿が
「あい、ざるそば5人前と、天蕎麦10人前一丁!!」
「おぉ……!」
私の横に並べられるざる蕎麦5人前、そしてテーブルの残りを全て大きな海老の天ぷらが乗った天蕎麦によって埋め尽くされる。
「熱いうちに食べてくださいねぇい!」
「心配は無用です」
箸を割り、麺を掴み、すすり、海老天を一口、つゆをのみ、これで一杯が消える。
二人ともさすがは食べてないだけあるかっくらいっぷりです。いっそ見ていて気持ちがいい……
「……おいしぃ!美味しいですよコレ♪」
「昨日二人で背に腹は変えられないとそこらへんの蛇生で食ったのはやはり間違いだったな」
「うぅ……あれはマズかったです……!」
2杯目に取り掛かる二人。
流石に同情する……まぁそれよりこちらも蕎麦を一口。
はじめは少量をめんつゆに潜らせて、一気に啜ります。
…………ほう!
「そばの3たてがしっかりしている……」
「3……?」
「へい!蕎麦は『挽きたて』『打ち立て』『ゆでたて』が一番うまいんですよぉ!
挽きは奥でやってますし、一番香りが新鮮なのが自慢でしてねぇ!」
「ふむ……ただ、打ち立てと言えど、しっかり20分寝かせて茹でてある」
「!?」
「そして茹でた蕎麦は手際よく水切りされ冷やされてシメてある…………お陰で香りもコシもいい……」
さっきの店はそれが出来ていなかった……何より、
「王道の、『二八そば』ですか」
「!
お客さん、そこまで分かるんですかい……!?」
目の前の方だけでなく、奥にいた職人オークさんもこちらを見ます。
「ええ…………大前提として蕎麦は、独特の香りが決め手です。
蕎麦粉で全て作る十割蕎麦は確かに風味はいいでしょうが……
問題はその食感です。
下手な蕎麦粉だけの蕎麦は多くが歯切れが良すぎて、どうしてもバラバラした食感になってしまう。
蕎麦造りの先人達は言っています、たとえ老舗でも二八そばは使う。
気取って扱い切れない十割なんぞに手を出すぐらいなら、」
「ちゅるんと吸えて喉越し滑らかな二八そばを使いやがれぇい!
客に啜れねぇ、すぐバラバラになっちまうそば食わせたんじゃ、そんなの粋じゃあねぇや!!」
「……と♪」
ああ……探してよかった
ここの店主は、解っている。
「……おっと、危うく最高にタイミングを逃すところだった」
次に、薬味のワサビを少し使ってつゆの味を変える。
「…………惜しむらくは、おそらく近場にできた店にいいワサビを取られたことですか」
「ほぁ……そこまで分かるんですかい?」
「ですが、まぁ気にはなりません。
ちゃんとワサビのすりおろし方を心得ている」
ツンとくるこの辛味が、そばの味をまた一味変える。
「へぇ……食ったみたいですねぇ……やっぱり向こうは皮剥いて先っちょ切ってやがったんですかい?」
「ええ……素材が台無しです。
ワサビの香りは生き物です。皮を剥いた瞬間からあのツンとした香りが消えていく……
そして、切りがちな先端が一番香りが強い」
「そうなんすよねぇ……!ワサビは出す瞬間が最高の香りなもんで……」
「───おい、ヤス!そろそろ揚げな!」
と、盛り上がっていたのですが、そろそろ調理の時間のようで、残念なことにこの本物の職人さんは下がります……ヤスさんか、名前を覚えました。
「おっと!すいやせんねぇ!いま天ぷら持ってきますんで!
悪い兄貴ぃ!すぐやる!!」
そうですか、あの奥で手際よく包丁を捌いている方はお兄さんですか……
ふっ……お寿司を分けてもらいましょうか?
そっちも楽しみになって来ました。
「……なぁ、お前の話があまりにうまそう過ぎて、」
「全部先に食べちゃったんです……!」
……おやおや、いつのまに空の丼の山が
「寿司と天ぷらまで待てるか……?まだ腹が減っている……」
「じゃあ、少しざるもどうでしょう?
その代わり寿司を頂いても?」
「いいだろう、乗った!」
ちょうど、2人前ざるが残っていますし……
「「本当に美味い……!!」」
当然のように好評。流石は本物の蕎麦ですね……!
ガラララ、
と、ふと店の入り口が開く。
「いらっしゃ…………」
現れたのは、数人の白いフードの何者かたち。
やがて、私達を取り囲み、こちらを見下ろします。
「一緒に来い」
一瞬、身構えたビスマルクを私は片手で抑えます。
「作法のなっていない奴らですね。
店に入ったからには、まず席について何か注文すべきです」
「何……!?!」
「心配しないでください。
何だかは知りませんが、用があるというのなら注文した料理を食べてからついていきましょう」
なにかは知りませんが……まぁ用がある相手は分かっていますが、
そんなものより今は、寿司を食べる方が先です
邪魔はさせない…………
***
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