現役高校生がただ息を吸うだけ

アカツキサツキ

・・・・

 高校になったら、楽になる。

 誰が、そう言っていたっけ。あまり思い出せない。

 高校に入ったら、同じレベルの人が増えるよ。

 同じ考えの人が増えるよ。

 同じ話で盛り上がれるよ――何人にそう言われたっけ。

 どうして、それを支えに必死に机にしがみついて、毎日凍える指を息で温めながら、シャープペンシルを握ったんだっけ。

 中学に入ってすぐ、雑貨屋で買った、消しカスクリーナー。車のような形をしていて、転がすと、中で小さな箒がせっせと動き、その少し後ろで待ち構えている塵取りに、仕事を引き継ぐ。机の上に散らばった消しゴムの残骸が、小さな箒に捕まる。何度も何度も机の上を走った車の、ピンクだったタイヤは、灰色になった。小さな箒の先端の、綺麗だった白い毛は、先だけ黒くなった。ところどころ絡まって、ところどころ千切れている。ずっと消しカスを閉じ込め続けた小さな塵取りは、悲鳴を上げ、尻尾から落とし物をする。

 何度机の上を転がしても、車を走らせた後ろに、消しカスが点々と残る。

 コロコロコロコロ

 コロコロコロコロ

「うっ」

 気持ちの悪い音が、自分から漏れていると気づくのに、時間はかからなかった。今日は、イヤホンをしていないからかもしれない。自分の音が、よく聞こえる。自分の息が、自分の嗚咽が、うるさい。うるさい。耳を塞いでも、耳を塞げば塞ぐほど、自分の中で発せられる音は大きく反響する。

 うるさい、うるさいよ。

 音を殺そうとすれば、目から音があふれ出す。汚い、うるさい。


 嫌だ。


 苦しい、空気が欲しい。空気に触れたい。息ができない。

 すーはーすーはー

 自分の肺が異様な音を立てる。うるさい。怖い。

 うるさい。うるさいよ。ねえ、うるさい。

 胸の真ん中のところに、こぶしを置く。ぎゅっと皮膚を掴む。細胞がぎゅっと集まるのを感じる。手首に乳房が当たる。どいてよ。邪魔だよ。切り落としてしまいたい。

 ……そうだ、このまま死んでしまうのはどうだろう。心臓を何かで一突きしてしまうのは。

 ガチャガチャとペンケースの中を探るけれど、いつも入れていたはずのカッターナイフが見当たらない。

 どうして、どうしてこんな肝心な時にないの。どうして。


「こちら持ち込めません」


 機械的な声と、ゴミエリアに投げられたカッターナイフの音。

 ああ、そうだ。

 先月行った修学旅行。飛行機に搭乗する前に、手荷物に入っていたから没収されたんだっけ。

 この二年間、一緒に過ごしてきた、お守りのようなものだったのに。


 カッターナイフは、私の命をここに留めていくための道具だったのに。


 カッターナイフを持つ私を、もう一人の私が傍から見て、笑う。

 無様だね、あんた。

 無様に死ぬんだね。

 そんなの、嫌だよね。

 嫌。


 私は、誰にも迷惑をかけずに、誰の記憶にも残らずに、消えてしまいたい。

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現役高校生がただ息を吸うだけ アカツキサツキ @Aimoo

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