第20話
転移用の魔法陣でシュターメイア王国に戻り、そこでローシェ魔法士長、ガレッディ副団長、サヴィーノ魔法士とは別れた。意識の上では初対面のセト騎士団長と二人になるのは少し気まずかったが、仕方ない。今の自分が唯一知っているローシェ魔法士長は忙しいのだ。
自室は自分の記憶と場所こそ同じだったが、内装はだいぶ変わっていた。十数年も経てば当然か、と考える。
「フィー……オラ、荷物はここに置いておくから」
セト騎士団長が持っていた包みをクローゼットの傍に置く。何を持っているのかと思っていたら、フィオラの荷物だったらしい。
「あ、ありがとう……」
「食事はどうする? フィ、オラは保存食を多めに買っているはずだから、買い出しに行かなくても何日分かはあると思うけど……。あ、場所とかわかるかな。わからなかったら教えるけど……」
「たぶん、わかるが……一応聞いておこう。それにしても……詳しいんだな」
「フィ……オラの部屋にはよく来てたから」
当たり前のように答えられる。物の収納場所まで知っているとなると、本当に仲が良かったらしい。
今の自分は他人とそれほどに仲良くなる自分が想像つかないのだが。
「そうか。……ところで、呼び方は『フィー』でいい」
そして名を呼ぶたびに引っかかるのに、思わずそう言う。
自分のごまかしが下手過ぎて気を遣われたのだろうが、そこまで引っかかるならこちらが妥協すべきだろう。
「ええと、その……俺はそっちの方が慣れてるけど……大丈夫?」
「気をつかわなくていい」
「それならいいけど……」
フィオラが『フィー』と呼ばれるのに戸惑った理由がわからないからだろう、セト騎士団長はフィオラの申し出に念押しだけした。深く追及されなくてほっとする。恐らく、そこも気を遣われているのだろうが。
「フィーは昔からそういう話し方だったんだ」
「おかしいか?」
正確にはシュターメイア王国に来てから意識的にこのような話し方にしたのだが、そこを説明する必要はないだろう。フィオラの言に「おかしくないよ。馴染みがある喋り方だからほっとするなって思っただけ」とセト騎士団長は首を振る。
「フィーは、すぐ食べられる保存食はここに……一手間要るものはこっちに収納してたよ。基本的にそれ以上手がかかるものは買わないで、外に調理されたものを買いに出るようにしてた。俺が差し入れすることも多かったけど……」
「……私はそんなことまでセト騎士団長にさせていたのか?」
「ルカでいいよ。そう呼ばれてたし、フィーに役職付きで呼ばれるとくすぐったい。……俺が好きでしてたことだよ。フィーはあんまり食事に興味がなかったみたいだから」
今のフィオラも食事は摂れればいいという考えだが、十数年後も変わらないらしい。――と思ったのだが。
「でも、お菓子は好きだったよ。ケーキとか、クッキーとか……甘いものって言った方がいいかな。引き合いに出せば、騎士団の執務室まで来てくれたし」
「……なんで私が騎士団のしつむしつに行くんだ?」
「俺のやる気のためかな」
理解しがたい言葉が返ってきた。フィオラが騎士団の執務室に行くのと、セト騎士団長……ルカのやる気にどういう関係があるのだろうか。
疑問が顔に出ていたのだろう、ルカは懇切丁寧に説明してくれた。
「俺はフィーが好きだから、フィーが執務室にいるとやる気が出るんだ」
残念ながら、意味不明さが加速しただけだった。
「私が……すきだから……?」
「ああその、男女としての意味じゃなくて……人としてって意味なんだけど」
「さすがにそのかんちがいはしな……私のせいべつを知っているのか」
今の自分の体に『姿変えの魔法』――性別変化の魔法がかかってないことはわかっていたが、何分子どもの体だ。気づかれないとは思ったが……それとも日常的に魔法をかけることそのものを自分は止めたのだろうか。
(いや……それはないか)
『姿変えの魔法』をかけるのは実利的な理由だけではない。片割れを『忘れない』ためのものでもあるのだから。
「ああ、うん。俺の昔の知り合いに男装をしてた人がいて……仕草の癖が同じだったからもしかしてって思って聞いたら、教えてくれた。結構仲良くなった――と思う――頃に聞いたからだと思うけど……」
「そう、なのか」
確かに、見抜かれたのならあえて嘘をつくまではしないだろう。仲が良くなっていたのなら――人となりがわかっていたのなら、なおさら。
「とりあえず、フィーも一人で考えたいこともあるだろうから、一旦俺は離れるけど……食事は持ってくるから、一緒に食べよう」
「いや、そこまでしてもらうわけには、」
「ちょっと仕事でしばらくフィーと離れてたから、俺がフィーと一緒にいたいんだ。ダメかな?」
そう言われると、ダメとは言いにくい。……言いにくいが、いい歳の男が言う内容としてはどうかと思う。
とはいえ、破壊力の高い、美形の首傾げつきの問いだ。フィオラは流されて頷いてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます