第19話




 ローシェ魔法士に促されて、まず騎士団長が動いた。

 フィオラに目線を合わせて膝をつき、微笑む。若い女性が騒ぎそうな笑みだとフィオラは思った。



「ルカ=セトという。騎士団長の末席に名を連ねている。……一応君とは、友人……親友だと自負していたんだけれど、君からしたらどうだったんだろうな……」



 今のフィオラに聞かれても困る。その思いが顔に出ていたのだろう、彼は「今問われても答えようがないよな、すまない」と頭を下げた。

 次に動いたのは副騎士団長らしき彼だった。



「ジード・ガレッディです。一応ルカ=セト騎士団長の下で副騎士団長をやらせてもらってます。……クローチェさんとは、団長繫がりで顔見知りだったので普通よりは喋る方だったと思いますが、すごく仲良かったわけではないと……思います」



 なんだかその言われ方も微妙だな、とフィオラは思った。

 仕事で集まった人員なのだから仲がいいとは限らないのは確かだとしても、十数年後の自分が円滑な人間関係を築けていたかどうか不安になる。



「ベリト・サヴィーノ。魔法士だ。君とは別に仲良くはない。仕事上の相性で同行しただけだ」



 最後がまた難物だった。一応これでもフィオラは唐突な出来事に戸惑っているのだが、その戸惑いが吹き飛ぶほどの、完全無欠の無愛想を見た。



「『呪い』を解くには、恐らく普通に過ごしてもらうことが一番いい。――クローチェは仕事以外ではセト騎士団長と共にいることが多かったみたいだから、とりあえず彼と過ごしてみたらどうだい?」


「ローシェ魔法士長、それは――俺がフィ、オラと出会ったのは、数年後のことです。この姿の時と同じように過ごさせた方が……」


「それじゃあたぶん、一ヵ月には間に合わない。クローチェがシュターメイアで過ごした中で一番心を許したのは君だろうから、君に賭けるべきだと僕は考えるというだけだ。クローチェはどう思う?」



 問われて、セト騎士団長は何故名前を呼ぶときに変にひっかかったのだろう、と考えていたフィオラは意識を戻す。



「どう、と言われても……私にはどうすべきかというしひょうがありませんので、ローシェ魔法士長がそうおっしゃるなら、そうすべきなのかとかんがえるだけです」



 フィオラがそう答えると、ローシェ魔法士長は苦笑した。



「そういうところ、クローチェはこの時から変わらないな。僕の判断が間違っていたらどうするんだい」


「今の私にできるのは、私より状況をわかっているローシェ魔法士長を信じることだけですから」


「まぁ、そうなんだけど……。ここで『いや、信じられないから私は勝手にする!』とか言われても困るわけだし。でもちょっと、危うくて心配になるな」



 首を傾げるフィオラの頭をローシェ魔法士長が撫でて、立ち上がる。フィオラも座ったままではなんなので、遅れて立ち上がった。



「そういうわけで、セト騎士団長、任せたよ」


「任せたと言われても……」


「前にクローチェがこの姿になった時は嬉々として世話を焼いてたじゃないか」


「その時とは事情が違います」


「どっちにしろ、クローチェを一人で行動させるわけにもいかないんだ。魔法士長としての騎士団に協力要請を出すから、休暇だとでも思ってクローチェと過ごすといい」


「いえ、だから……」


「これは命令だよ、セト騎士団長」


「……了解いたしました。ローシェ魔法士長」



 今のフィオラにはいまいちわからないやりとりだったが、なんだかちょっとひっかかる内容があったのは気のせいだろうか。『嬉々として』あたりとか。



「えーと、……よろしく、フィー」



 手を差し出しながら言われた言葉に、反射的に後ずさった。



「? フィー?」 



 目の前がちかちかする。思い出が生々しく蘇る。……最期に呼ばれた時を、思い出す。



『フィー、フィー……逃げて。おまえだけ、でも……』



「その……呼び名を」


「?」


「私が……ゆるしたのか?」



 血の気が引いている自覚がある。この感情は何だろう。



「その呼び名って……『フィー』?」


「そう、だ」


「うん。……元は俺が他国の人間で、うまく『フィオラ』って発音できなくて……そうしたら『フィー』でいい、って」



 どうしてそんなことを聞かれるのだろう、といった表情でセト騎士団長が答える。

 それが、どうしても飲み込めない。



(未来の私は、それすらも乗り越えられたと……?)



「……もしかして、何か特別な呼び名だった……?」



 眉尻を下げたセト騎士団長がおろおろとしながら言う。

 それに、首を横に振った。――強い意志が、必要だったが。



「いや。……愛称を、ゆるすまでに仲が良かったのかと、おどろいただけだ」



 深く聞かれて、冷静に答えられる気がしない。

 自分のごまかしが下手なのはわかっていても、そう答えるしかなかった。


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