第15話



「……だが、あなたじしんが手をくだすのでは、ないだろう。魔法をつかえる、きょうりょくしゃが、いるんじゃ……ないのか?」


「……子どもの姿で大人の思考をする生き物って、こんなに不気味なのね。それとも昔からそんなふうに不気味な子どもだったのかしら。と違って元々不愛想だったってあの方も言っていたし――」



 カッと頭に血がのぼった。目の前が赤く染まる。



「誰に、聞いた……!」



 のことを。

 それを知っている人間はもうほとんどいないはずだ。ましてや魔法使いでなんて――。



(まさか、)



 思いついてしまった。魔法使いで――『悪い魔法使い』で、のことをそんなふうに語れる人間が一人いる。



「きょうりょくしゃ、は、……ディゼット・ヴァレーリオ――『黒の聖衣の魔法使い』か……!!」



 ディゼット・ヴァレーリオは、その通り名のとおり、常に聖職者の衣服を身にまとった『悪い魔法使い』である。通り名がつくだけのことをしておきながら、シュターメイア王国は未だその身柄を押さえられたことがない。

 彼は、ディーダ・ローシェ魔法士長とは反対に、『悪い魔法使い』を増やすように動いていると思われる人物だ。実際に彼が事件を起こして存在が判明するというよりは、彼に唆され『悪い魔法使い』になった者が悪行を為す、という形で存在をあらわす。



 そして、フィオラは一度だけ、そうと知らずに彼に会ったことがあった。


 魔法使いになり、『他人の苦痛』を代償とする『悪い魔法使い』の元から逃げ出した、その直後。



『魔法使いとしての誕生おめでとう、フィオラ・クローチェ。……は残念だったね?』



 そんなふうな言葉をかけてきたその瞬間の、怒りを通り越して冷えた感情を覚えている。

 フィオラの大事なもののことを、何の歯牙にもかけていない、どうでもいいくせに、フィオラを傷つけるためだけに口にしたのだ。


 今ならわかる。あの瞬間、彼はフィオラを『悪い魔法使い』にしようとしたのだ。それもきっと、できたら儲けもの、くらいの軽い気持ちで。



『あの子も「悪い魔法使い」としては長かったんだけど、魔法使いになったばかりの君の方が強かったね。性質タイプが違うからというのもあるけど――君の激情が、彼女を圧倒した』



 『あの子』と親しげに呼ぶ、フィオラを攫った『悪い魔法使い』についても、用を為さなくなったものを捨てるような気軽さで末路を語っていた。どうでもいいことのように。


 人間なのだと、その一度の邂逅で理解した。



 だからきっと、これも『どうでもいいけど』『たまたま機会があったから』『ちょっと手を出してみた』……そんなようなことなのだろう。



(そんな理由で人の人生を狂わす男だ。……この女性も、たまたま目についたから利用されたんだろう)



 もしかしたら本来は、普通の人が持つような、そしてそのまま恥じて秘めるような、そんな『邪魔だな』という感情だったのかもしれない。ディゼット・ヴァレーリオがそれを種に悪意を花開かせた、それゆえに行動に出たと考えた方が自然だ。

 もし彼女が元々害意になるまでの感情を抱いていたなら、今までに何らかの兆候や行動があってもおかしくない。それがなかったのだから、彼女の悪意は急速に育ったのではないだろうか。



「そう。そんな名前で呼ばれているわね、あの方は。……あの方は私の気持ちを分かってくださる。貴女を邪魔だという気持ちを肯定して、それを叶える術を与えてくださった」



 それが、フィオラの意識を失わせた魔法なのだろう。他人に魔法を使わせることは簡単ではないが、ディゼット・ヴァレーリオならば息をするように簡単にこなしてしまうのだろうと想像に難くない。



「そうだわ。あの方から頼みごとがあったの。貴女に訊いてほしいと――訊くだけでいいと」



 背に足を乗せたまま、女性が身をかがめる気配がする。

 耳元に、吹き込むように問いが告げられた。



「『片割れを失くして、生き続けるのってどんな気持ち?』」



 声が、高い女性のものでなく、男の――ディゼット・ヴァレーリオの声に聞こえた。

 そのことを疑問に思う前に。



(それを、お前が言うのか――!)



 激情が体を灼いた。

 瞬間、とても当たり前のように、『今ここでこの女性を代償にすれば元の体にすぐに戻れる』ということを理解する。



(ああ、私が『魔法使い』になる条件が揃ったのか)



 人間そのものを代償とする魔法は強力だ。元の姿に戻ることも、この女性をどうにかすることも――ディゼット・ヴァレーリオを引きずり出すことも不可能ではないだろう。



(捕らえられないとしても、一矢報いたい)



 それはずっと、自分達が攫われた間接的な原因が、ディゼット・ヴァレーリオだと知ったときから抱いていた思いだった。それがあるから、シュターメイア王国に魔法士として仕えているといっても過言ではない。



(それでも――それでも私は、『悪い魔法使い』にだけはならない)



 それは矜持だった。いなくなった片割れに恥じない自分でいることだけが、復讐のためならばどんな手段もいとわない――そんな思考になりそうになるフィオラを留める楔だった。

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