第14話
(面倒ごとにならなければいい、と思ったはずだったんだが)
薄暗い部屋で、フィオラは数日前のルカとの会話を思い出しながら溜息をついた。
手足は縛られ、うつ伏せの状態でろくな身動きもとれない。寝転がされている床が綺麗だったのだけが救いだろうか。
動かせない体を捻ってなんとか見回してみるが、見覚えのない部屋だ。明かり取りの窓がひとつある以外には、唯一の出入り口だろう扉しかなく、人が生活する場というよりは物置のような場所の印象を受ける。そもそも物がまったくないのだが。
こんな状況になる直前の記憶はといえば、魔法使いの宿舎の廊下を歩いていた、というものだ。
その途中で不自然に意識が途切れ、気が付いたらこの場所に転がされていた。
状況的に攫われたというか捕らえられたというか、そういった感じなのだろうが、手掛かりがなさすぎて犯人も目的もさっぱりだった。
(おそらく、意識を失う直前にすれ違った人物が関わっているんだと思うが……)
魔法使いの宿舎には訪問者が少ない。部屋を持つ魔法使いや王宮からの派遣の女官の他には、関わりのある騎士くらいのものだ。魔法使い全体があまり人間を好まないので、自然とそうなっている。
しかし、すれ違った人物は、女官の格好をしていたが、今まで見たことのない人物だった。基本的に新たな女官が来るときは通達があるので、何かあって普段の女官の代わりに派遣されたのか、誰かの使いだろうかと思って通り過ぎたのだが――。
(魔法の残滓がある。気を失ったタイミングからして、あの女官が魔法使いか、魔法使いの協力を得ているかどっちかだろうな)
通常、対面すれば相手が魔法使いかどうかはなんとなくわかるのだが、今のフィオラは『魔法使いではない』ため、そこの判別がつかないのだ。
魔法を使われたらしいのに予兆すら感じ取れなかったのも『魔法使いではない』からだろうな、と考えて、サヴィーノ魔法士にケガを治してもらったときに何となく察していたものの、きちんと確認しておかなかった自分の手落ちにまた溜息をつく。……まぁ、まさかこんなことが起こるとは思いもしなかったので仕方ないのだが。
と、キィ、と音をさせながら、扉が開く。そこから入ってきたのは、予想通りというか何というか、気を失う直前に見た女官だった。
「目が覚めたのね」
コツコツと靴を鳴らしながら近づいてきた彼女は、見上げるフィオラに対してそう言って――おもむろにフィオラの背を踏みつけた。
「憎らしい顔だわ。見せないでちょうだい」
言われなくても、痛みと苦しさで顔を上げる余裕は消えている。
さすがに全体重をかけられたりしていたら呼吸も怪しかったが、ぎりぎり呼吸が可能な程度の負荷のかけ方だったので、長時間このままだときついが、内臓にも骨にも異常は出ないだろうと経験から判断して内心安堵した。
刺激しないように無言でいるべきか、情報を得るために口を出してみるか。
両者がもたらす利益と不利益を天秤にかけて、フィオラは後者の手に出ることにした。
「私、は……あなたのかおに、おぼえがないのだが……こうまでうらみをかうようなこと、が、あっただろうか……?」
呼吸の合間になので多少途切れ途切れにはなったが、なんとか問いを口にする。
頭上の気配が鋭くなり、背にかかる力も強まった。
「その姿でその口調、気持ち悪いわ。本当に、フィオラ・クローチェなのね。……そうね、貴女は私のことを知らないでしょうけど、残念ながら私はあなたがとても憎いの。憎くて憎くて、消えてしまえばいいと思っているの――貴女がとても邪魔だから」
「そう、おもう……りゆうを、ききたいん、だが」
「セト騎士団長に想いを向けている人間で、貴女が邪魔じゃない人間がいると思って?」
やはり、というかなんというか。
当たってほしくない予感が当たったようだ。
「魔法使い相手に下手に手は出せないと思っていたら、今は『魔法使いじゃない』らしいじゃない。自分の魔法で無力な子どもの姿になるなんて、無様ね。まぁ、私にとってはいい機会だったけれど。今のうちに貴女を排除すれば、セト騎士団長が『何よりも優先する』貴女はいなくなるもの」
興奮しているのか、徐々に背にかかる圧が強まる。
(今の言葉からして、この女性は魔法使いじゃないということか。ならば間違いなく、魔法使いの協力者がいる)
この女性の目的はわかった。では、協力者の魔法使いの目的はなんだ。
(……目的が合致しているのか、そうでないのか)
十中八九『悪い魔法使い』だろう。『悪い魔法使い』相手だったら山ほど恨みを買っている自信があるので、目星もつけられそうにないが、目的がわかれば多少は絞り込めるかもしれない。
(ただ私を消し去りたいというだけなら、気を失わせて攫うなんて回りくどいことはしなくてもできる。『悪い魔法使い』は魔法使いの宿舎に入れないからこの女性を利用して場所を移したんだとしても、自然に目が覚める前にどうとでもできたはずだ。今この女性がしているように、何かを思い知らせたい、というのがあるのかもしれない)
そこまで考えて、フィオラは慎重に声を発した。
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