いっそ落としてくれたなら [1,230文字]
いつも、決まって体育倉庫だった。
校舎裏で、職員室からも遠く、教師の目に付きにくいというのが良かったのだろう。
僕は、見張り役だった。
彼らが女生徒を連れ込み、”ナニか”をしている間の見張り。
何をしているかなんて、聞かなくたって、見なくたって分かる。
けれど知らないフリをして、気付かないフリをして、僕はただ校舎裏に誰も近寄らないようにしていたのだった。
あれは、冬のことだった。
その日はいつもと様子が違っていた。
普段であれば女生徒の方も乗り気であるのに、その日の女生徒は腕を無理矢理引かれて倉庫に連れ込まれたのだった。
揉め事に、面倒な事に、ならなければいいけど。
僕が最初に考えたのはそんな事だった。
あまりにも自己中心的なその思考回路に、思わず笑ってしまうくらいで。
スマートフォンに記録された”弱み”を握られた女生徒は、いつまでも体育倉庫から出てこなかった。
僕以外の連中はみんなもうとっくに帰ってしまって、体育倉庫の後始末を任されている僕だけが、彼女が出てくるのを待っていた。
僕だって、早く帰りたいんだけど。
溜息をひとつ。
体育倉庫を根城にする彼らが吸う煙草の煙みたいな息が、ほうと、風に消えた。
「うううううううう、あああああああああ……!!」
ああ、面倒くさい。
彼女の哭声は、もうとっくに陽の沈んだ暗闇によく響いた。
まだ着衣の乱れすら整えていなかった彼女の、白い肌に劣情を催す事もなく。
僕はコンコンと、開け放たれたままの体育倉庫の扉を叩いた。
彼女はビクリと身体を震わせ、真っ赤に腫らした目で僕を見た。
そうして僕を睨み付け、素早い動作で肌を隠す。
「さっさと出てくれる? 掃除して鍵、閉めるからさ」
彼女は僕を睨んだまま、ぼどぼどと大粒の涙を零した。
ブラウスのボタンが一つ、地面に転がっている。
僕はそのボタンを拾い上げると、彼女の足元の地面に置いた。
彼女の視線が、そのボタンと僕に交互に注がれる。
「何。ボタン付けまでしろって?」
彼女は一瞬呆けた顔をして、それからぶんぶんと首を振った。
肩口で切り揃えられた黒髪から、埃に混じって清潔な香りがする。
可哀想だ、と。
思わない訳ではない。
けれど、僕だって所詮、彼女の側に落ちかけている人間だ。
弱みを握られ、いいように使われる。
「新しいオモチャが見付かるまでは、我慢だね。性病と妊娠に気を付けて。まあ、あいつら避妊はちゃんとするけど」
身なりを整えた彼女は、体育倉庫の入り口に向かい、そして僕の方を見た。
その瞳が、どうにも僕を哀れんでいるように思えて、無意識に舌打ちをする。
慌てて走り去る彼女の、小さくなっていく足音を聞きながら、僕は散らかったゴミを回収した。
鞄からビニール袋を取り出し、放り込む。
「抱かれる方が、上ってか? ムカつく……」
冬の体育倉庫は、容赦なく体温を奪っていく。
開けっぱなしの扉から吹き込む風が、スカートをはためかせる。
見張り役。
後始末役。
僕は。
僕は。
男にも、女にも、被害者にも、加害者にも、何にもなりきれない、半端物だった。
お題:哭声・弱み・冬の体育
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