第11話 お姫様とプリクラ


「喫茶店とか入る?」

「ゲーム以外に金は使わん」

「えー? ケーキがおいしいところ知ってるのになぁ……」

「座れる場所が欲しいんなら、ショッピングモールのフードコートとかでいいだろ」

「やだ、もっと静かなところがいい」

「じゃあ公園とかだな」

「もう寒いよぉ」


 そんな言い合いをした後、謎の地味巨乳女子・園倉姫乃と辺りをそぞろ歩いた。

 俺は生来、沈黙が苦にならないタイプで、初対面の相手と会話が続かなくても全然気まずい気持ちにならない。

 俺ほどかどうかはわからないが、どうやら園倉もそっち側のようで、俺の隣を静かに歩いていた。


 それから、何のタイミングなのかはわからないが、思い出したように話しかけてくる。


「里央君は、普段はどういうところに行くの?」

「ゲーム屋、ゲーセン、コンビニ」

「うわー、根っからのゲーマーだね」

「お前も大して変わんねえだろ」


 俺は園倉のほうに顔も向けないまま、


「ちょっとだけど、図書室で喋ったんだ。本物とにわかの区別くらいつく」

「……光栄だけど、里央君と同列っていうのは、ちょっとおこがましいかなぁ」


 ちらりと横を見ると、園倉は自嘲するようににへっと笑っていた。


「対人系はパーティーゲームくらいしかやらないし。好きなのはシュミレーションゲームかな。経営系の」

「MMOは?」

「似たようなもんだよ? わたしにとってはね。人を集めて、組織を強くして、やれることを増やして」


 ……こいつ、もしかしてクラン作ってんのか?

 ベータテストではまだクラン機能は解放されてないはずだが、ただ人を集めるだけならシステムがなくてもできる……。


「……姫プが得意技ってことか」

「えー? 人聞きが悪いなぁ~。庶民みんなが優しいだけだよっ♥」


 わざとらしく可愛いこぶった声色よりも、『みんな』の響きのほうが気になった。なんか別の意味が入ってなかったか?


「じゃあちょっと質問を変えよっかな」


 園倉は顎に細い人差し指を当てて「んー」と考える仕草をして、


「桜と一緒に行ったところがあったら、わたしにも教えてよ」

「……桜?」


 一瞬戸惑ったが、そうか――真理峰の下の名前か。

 俺は意味ありげに微笑んでいる園倉の顔を見た。


「やっぱり、あいつの知り合いか?」

「まあ、ちょっとね」

「なんで俺とあいつが知り合いなのを知ってる? 妹ですら知らねえんだぞ」

「偶然だよ」


 園倉は顔の横で謎に人差し指をくるくる回す。


「ちょっと前に、桜が保健室で寝てたことがあったでしょ? そのとき、保健室から出てくる君の姿を見たの」

「……うげ……」

「油断したね? 隠してるつもりなら、もっと気をつけなきゃ」


 園倉は緩く握った拳を口元に当て、くすくすと小さく肩を揺らした。

 仕草がいちいちあざとい。


「それから、ゲームの中で君たちがパーティー募集出してるの見たから、もしかしてってね。ふたりとも、プレイヤーネーム、本名のもじりだし」

「真理峰のほうはともかく……俺のプレイヤーネームの由来、あんまりバレねえんだけどな……」


 リオ→檻→Cage→ケージ。

 むしろケイジっていう本名だと思われることのほうが多いんだが。


「それで? 話戻すけど、桜とはどういうところに遊びに行くの?」

「お前と真理峰の関係はまだ聞いてねえぞ」

「答えてくれたら教えてあげる」

「……あいつとリアルで遊びに行くことなんかねえよ。強いて言えば1回だけ、ゲーセンで遭遇したことがあるけど……」

「ふうん……じゃあ、そこ行こうよ」

「静かな場所がいいんじゃなかったのか?」

「物は考えようだよ。ゲームセンターぐらいうるさかったら、わたしたちの話が他の人に聞かれることもないでしょ?」


 促すように、園倉は俺の制服の袖をくいっと引いた。


「行こ? わたしがどこの誰で、真理峰桜にとっての何だったのか――教えてあげる」








「うわ、こんな奥まで入るの初めてかも……」


 クレーンゲームの前を通り過ぎ、狭い階段を上がって、格ゲーや音ゲーの筐体がひしめく薄暗い空間に入ると、園倉はちょっと潜めた声で言った。

 その音量に合わせてか、肩がぶつかりそうなくらい身を寄せつつ、


「ちょっとアングラな感じするね。ドキドキしちゃう」

「30年くらい前は不良のたまり場みたいな感じだったらしいな」


 令和のゲームセンターはまったくそんな感じじゃない。

 まあ、ここは中でもちょっとディープなところだから、気持ちはわかる。今も筐体の光にぼんやりと照らされた男たちが、無言でガチャガチャとレバーを鳴らしているばかりで、はしゃいだカップルや家族連れはどこにもいない。


「ねえねえ、里央君はどれが得意なの?」

「どれでも」

「どれか見せてよ。見たい見たい!」


 ……ぐう……。

 何かの罠にはめられてるような気がとめどなくするが、こいつの言動には抗いがたい魔力がある。

 なんでそんなに男が喜ぶ言動がわかる?


 まあ実際、ゲーセンの中で筐体の間に立ちっぱなしっていうのも居心地が悪い。

 俺はできるだけ他の客の邪魔にならないよう奥のほうまで行って、適当な格ゲーの筐体に腰を下ろした。

 園倉は後ろから画面を覗き込んでくる。右肩に髪が少しかかって、気になるったらなかった。


「ネット対戦できるの?」

「そりゃあな。90年代じゃあるまいし」

「30年前はオフラインだけだったんだ」

「そうらしいぜ。対面に座った相手と対戦して、勝ったら相手から灰皿が飛んできたとかなんとか……」

「へえー! 怖っ!」


 ぐぬぬ……リアクションが気持ちいい。

 思えば図書室のときも、こいつのこのテクニックに上手く乗せられてたんじゃないだろうか。怖っ!


 財布からICカードを取り出し、筐体の読み取り部にタッチしてゲームを始める。

 久しぶりだな……。ちゃんと動かせるか?


 ちょっと不安だったが、手は滑らかに動いた。

 格ゲーは人によってブランクの影響が大きい人間と小さい人間がいるが、俺は明らかに小さい側の人間だった。

 最初にマッチングした相手を、ほとんど読み負けずにボコボコにして勝利する。


「よしっ……」


 格ゲーで勝ったときの嬉しさと安堵が織り交ざる感覚は、やっぱり癖になる。

 画面の向こうで負けてイラついてる相手がいると思うと、ちょっと申し訳ない気持ちになるけどな。


「これで満足か?」


 言いながら振り返ると、園倉と目が合った。

 さっきまでの柔らかな微笑みを消して、ずっと俺の顔を見つめている。


「な……なんだ?」

「あっ……ううん」


 園倉は慌てた感じで首を振って、笑みを作った。


「本当に上手いんだなって、びっくりしちゃって」

「これくらいしか取り柄がないからな」

「今のって、どのくらいのランクの試合なの?」

「一番上じゃね? 多分。プロはだいたい家庭用でやってるからレベルとしてどんなもんかは知らんけど」

「プロ……プロともマッチングするんだ?」

「そりゃするだろ。俺、どのゲームもだいたいトップ10を目標にしてやってるし。目標達成したらスパッとやめることにしてるけど」

「なんで? そのくらい上手いんだったら1位も目指せるんじゃ? っていうか、プロを目指すことだって……」

「ランクマはプレイ時間が物を言う世界だし、フルタイムでやってるプロと張り合っても仕方ねえじゃん。他のゲームやる時間もなくなるし……プロも、俺には向いてねえと思ってるよ」


 俺は遊ぶのが好きだし、勝つのも好きだが、勝つか負けるかに人生を懸けるってのはあんまり好きじゃない。ゲームがゲームじゃなくなっちまうような気がする。

 そんなのはもう、身体を傷つけないだけの殺し合いだろ。


 園倉は不思議そうに、少し首をかしげた。


「もったいないなあ……。せっかくの才能なのに」

「俺に才能はねえよ」


 心からの言葉だ。

 ゲームの上手さっていう意味では、もしかしたら俺は天才の部類に入るのかもしれない。

 でも、それにすべてを懸けるには……あまりにも、メンタルが足りていない。


「俺は半端者なんだよ。エンジョイ勢でいるのがちょうどいい」


 それでも十分上等だ。

 実際俺は、どんなプロより、どんな配信者より、たくさんのゲームを楽しめている自信がある。


 俺の言葉を聞いて、園倉は少しだけ目を細めた。

 それから、今までで一番優しくて、そして嬉しそうな目をして、微笑んだ。


「それじゃあ、わたしたち、お仲間だね」

「え? どこが?」

「ひとつしか取り柄がないのに、一番になれないところ」


 俺は黙って、さっきの園倉を真似するように目を細めた。

 俺の場合は、なれないっていうより、なる気がないっていうほうが正しいが――それは、なれないのと大差がない。

 園倉がなんでそんな風に言ったのかわからないが、その言葉は今までのような、俺を手玉に取るための言葉とは違うような気がした。


「ねえ、他のゲームは? 本当にどれでも上手いの?」

「一般的な基準で言えばな」

「もっと見せてよ。そうだなあ……音ゲーとか?」

「後ろから見てるだけで何が楽しいんだよ」

「楽しいよ」


 園倉は、温かな声で言う。


「涙が出そうになるくらい」








 園倉はその後、ゲーセンのゲームを一通り俺にやらせた。

 後ろから見られながら、たまに肩に手をかけられたりなんかしながら、「すごいすごい!」と褒められるだけの時間。


 なんか、そういう大人のサービスを受けてるみたいだった。

 後で料金取られるんじゃねえかって不安になる。


「じゃあ次はこれ!」

「は? おい、これは――」

「いいからいいから!」

 

 それから園倉は、俺をとある筐体の中に押し込んだ。

 プリクラである。

 狭苦しい空間の中で背中をぐいぐい押してくる園倉に、俺は何とか振り返って抗議する。


「俺はこういうのは――」

「ゲームセンターにあるんだから、これもゲームでしょ?」


 俺の唇に人差し指をピトッとつけて口を封じ、園倉はいたずらっぽく微笑んだ。


「どれでも得意だって言ったのは里央君だよね?」


 唇に触れた細い人差し指の感触、10センチ先から感じる園倉の体温――そして胸のところに確かに当たっている、彼女のブレザーの生地。

胸、当たってないか? 当たってるよな? 伝わってくるのはブレザーの固い生地の感触ばかりでよくわからない。

 前に大きくせり出した胸の膨らみと、俺の胸板の間合いのことが気になって、俺は何も口が聞けなくなった。


「記念撮影記念撮影。ほら、もうちょっと詰めて?」


 俺の唇から指を離し、肩でぐいっと俺の肩を押して、園倉は画面を操作し始める。

 距離感が……距離感が近い……。

 俺をからかって遊ぶのは真理峰も同じだが、あいつはここまで物理的な距離を詰めてこない。

 だけどこいつは何かにつけて触ってくるし、当たり前みたいに半径30センチ以内に入ってくるし、髪の匂いとか身体の大きさとか、こいつのあらゆる情報を強引に脳内に刻みつけられている感じだった。


 耳にキンキン響く高い声の案内に従って何枚か写真を撮ると、俺はようやくカーテンをくぐり抜け、密室から解放される。


「はあ……」


 プリクラをしてしまった……。

 この筐体にだけは入るまいと決めていたのに……。


「はい、里央君の分」


 園倉が機械が吐き出した写真を一部ちぎって渡してくる。

 全然いらなかったが、反射的に受け取ってしまった。嫌そうな顔で目をそらしている俺と、過剰に楽しそうな顔で俺に肩をくっつけて、手でハートを半分だけ作っている園倉が写っている。


 園倉は手元に残ったプリクラを両手で持って、じっと見つめていた。

 それから、上目遣いで俺を見つめて、プリクラで口元を隠しながら言う。


「ちなみに……これは、桜とはしてないよね?」


 俺はげんなりして答える。


「してるわけねえだろ……」


 実際こうしてやらされてみると、いつかあいつにもやらされるんじゃねえかっていう気はなんとなくしてきたが。

 園倉は目元だけでにんまりと笑う。


「いいね。『初めて』ひとつもーらいっ」


 昏い喜びが垣間見えるその目元を見て、俺はいよいよめんどくさくなって、肩から脱力しながら言った。


「そろそろ本題に入れよ。ちゃんと自己紹介をしてくれるんだろ?」

「あ、そうだったそうだった。普通に忘れてた」

「嘘つけ……」

「本当だよ。里央君とのデートが楽しくて」


 なおさら嘘くせえ。

 園倉はプリクラを丁寧にスクールバッグの中にしまうと、そのバッグをスカートの前で持ち直した。


「思ったより長居しちゃったし、やっぱり場所変えてもいい? 道すがら話すからさ」

「またうやむやにされたら面倒だから、とりあえずここでさわりだけでも話してくれよ」

「えー? ……まあいいかぁ。お願い聞いてくれた分、わたしも聞いてあげないとね」


 両手でスクールバッグを膝の前に下げた一見地味な女子は、真意の見えない微笑みをその顔に貼り付ける。


「わたしはね? 里央君」


 次に語られた言葉に――俺はあんまり、驚くことはなかった。


「真理峰桜がかつて所属していた同好会の『先輩』で――その同好会の、もう一人の『お姫様』だった女だよ」


 ――そんなことだろうと思ってたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る