先輩と先輩


 私がたまに中庭で昼食をとるのは、私が注目を集めて承認欲求を満たしたいからじゃない。

 私の友達である苺さんが、私に注目を集めて承認欲求を満たしたいからだ。


「ふふふ……今日も群がっていますよ。真理峰さんの美しさに飢えた羽虫どもが……」

「虎の威を借る狐とはお前のことやな、苺」


 椿さんがそう言って、紙パックのいちごオレをチューっと啜る。


「桜ちゃんも教室のほうが落ち着いて食べられるとちゃうん? 別にこのチビの承認欲求に付き合わんでもええんやで」

「んー……でも、教室は教室で、人が集まっちゃったら他のみんなに迷惑だから」


 私目当ての人が教室の入り口にわらわらと集まっちゃったら、むしろそっちのほうが気まずい。

 だったら、こういう公共空間に身を置いていたほうが気が楽だ。


「さすがやなぁ。ウチには一生到達できそうにない境地や」

「嫌だったら無理して一緒に食べなくてもいいんだよ?」

「何言うとん。しょうもない奴が話しかけてくんのを追っ払うには、ウチのこのタッパがあったほうが都合ええやろ」


 椿さんは女子中学生としてはかなり高い、170センチ台の身長の持ち主だ。

 成長期の途上にある大半の男子中学生にとっても見上げる存在で、おいそれと舐めた口は聞けないらしい。それは身長よりも性格のせいだと思うけど。


「まあ、苺ちゃんじゃないけどさ、民にも施しは必要だよ」


 と、礼菜さんが言う。


「こうやってレア感を薄めていったほうが、変に絡んでくる奴も抑えられるしさ。……まああたしとしては? そろそろ? 安全性の観点からも? 彼氏的なやつを用意してもいいのかなー的な――」

「絶っっっ対ダメです!! 真理峰さんは誰のものにもなりません!!」


 唾を飛ばす勢いで言う苺さんに、礼菜さんはケラケラと笑った。

 わかっててからかってるでしょ。


 まあ、いろんな面倒事を回避するために、盾になってくれる人を用意する……というのは、悪くない案ではある。

 でも現実問題として、それにふさわしい人材はこの世に存在しないと思う。

 いるとしたら――


 私は校舎3階の窓を見上げた。

 窓際には男子8:女子2くらいの割合で、こっちを見下ろしている3年生がひしめいていたけれど、その後ろのほうにはいつも――


 あれ?


 いつもそこの席でゲームをしているはずの先輩が、今日はいなかった。

 どうしたんだろ。席替えしたのかな……。

 もしくは、学食に食べ物を買いに行っているのかも。


 それからも私は、お弁当を食べながら、礼菜さん達と話しながら、折を見て先輩の席を確認していた。

 帰ってこない。

 先輩は全然、姿を現さなかった。








「あ、私ちょっと、トイレ行ってくるね」

「わたしも一緒にお花を摘みに行きます!」

「そんな勢い込んでいくなや。それと勝手にお上品な言い方に直すんちゃうわ」


 椿さんが苺さんを引きずっていってくれたので、私は単独行動を許された。


 一人で女子トイレに入った私は、鏡の前で髪型をツーサイドアップから二つ結びのおさげに変えて、常備している伊達メガネをかけた。

 通ってる学校の中なのに変装しなきゃいけないなんて、我ながら不便だ。

 でもこうしておかないと周りが騒がしくなってバレちゃうからなぁ……。


 それから私は3年生の教室がある3階に向かう。

 別に、心配なわけじゃない。

 先輩が席にいなかったくらいで、心配になって様子を見に行くほど過保護じゃない。

 ただ、ちょっと……そう、時間が余ったから、暇つぶしというか。

 たまには普段の先輩を見ておこうかなって……遊び心が湧いただけ。


 そういうわけで私は、3年生の教室を通りすがりのふりをしてチェックしていった。

 ……3年生には顔を合わせづらい人もいるから、なおさら気配を殺しておかないと。


 だけど結局、先輩の姿は見つからなかった。

 珍しくどこかに行ってるみたい。

 休みではないと思うけど……。


 だったら、と校舎を出て、前一緒にお昼を食べたことのある非常口の外を覗いてみる。

 いない……。

 どこに行ったんだろう。他に先輩が昼休みを過ごせる場所なんかあるかな。

 誰でも入れて、もしかするとゲームをしていても怒られない場所――

 ――図書室とか?


 元から散歩みたいなものだ。とりあえずチェックしてみよう。

 そうして私は、校舎の端っこにある図書室に足を運んでみた。


 そこで――目撃したのだ。

 先輩と、黒縁メガネをかけた女子生徒が、楽しそうに話しているところを。


「………………!」


 入り口のすぐ外で、私は呼吸を忘れた。

 その光景から受けた衝撃は、思考という思考が吹き飛ぶくらいのものだった。

 先輩が、私以外の女の子と話している――


 ――からではなくて。


「…………」


 

 そのことが……私にとっては青天の霹靂で、世界が一気に崩れ去るような、衝撃だった。


 私は1歩、2歩と後ずさって、図書室に背中を向ける。

 現実から逃げるように。

 過去から逃げるように。








 ……変な好奇心を出すんじゃなかった。

 いや……私が見ていたとしても、見ていなかったとしても、あの光景はそこにあったのだ。

 現実は……何も変わらないのだ。


 先輩は……どこまで聞いたのかな。

 先輩は……どこまで話したのかな。


 本当は、そのどっちでも構わないはず。

 あのことは、絶対、私は悪くない。

 悪いことをしたとは、これっぽっちも思ってない。ただ悲しかっただけ。ただ寂しかっただけだ。


 でも、それを――先輩に知られたかもしれない、って思うと。

 泣きたくなるくらい、怖くなる。

 逃げ出したくなるくらい、身体が震える……。


「……はあ……」


 今夜のログイン、どうしようかな……。

 急にそっけなくなったら、先輩も気になるだろうし。

 何にも気づいてないふりをする? 幸い、二人は私が見ていたことに気づかなかったようだった。


 うまくできるかな……。

 唯一、何も気にすることなく、話せるのが先輩なのに。

 その先輩に、隠し事をしながら話さなきゃいけないのが、……ひどく、……気が重い。


「あ、桜ちゃん、おかえりー」


 やっとの思いで教室に帰りつくと、礼菜さんが手を振ってくれた。

 なぜだか苺さん、椿さんと一緒に、私の席の周りにたむろしている。

 私は自分の椅子を引いて座りながら、


「何を話してたの? 私の席に集まって」

「いやね、ドラマの鑑賞会をしようって話になってさー」

「そうです! 是非真理峰さんも一緒に!」

「それって今日?」

「せやで。暇やったらでええけど」


 ドラマ鑑賞会か……。

 普通に面白そうだし……なにより、そっちに参加すれば、今日は予定があってログインできないって先輩に説明できる。

 ちょっと後ろ向きだけど……渡りに船だった。


「いいよ。今日は何も予定ないから」

「やったーっ!」


 大げさに喜ぶ苺さんに微笑んで、私は礼菜さんに尋ねる。


「場所はどこにするの? というか、何を見るの?」

「ほら、あれだよ。ネトフリの最近流行ってるやつ」

「ウチがあれ見てみたいって言うててんけど、ウチはネトフリ入ってへんねん。そう言うたら礼菜ちゃんが――」

「あたしの家のテレビで見れるから集まって見よーって! そういうわけで、今日は3人とも古霧坂家にご招待~♪」


 え?

 礼菜さんの家って……古霧坂家って……。


 先輩の家でも、あるのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る