第12話.管理人さんとお隣さん
目の前には高層マンションが建っている。
そういえば姉ちゃんのマンションからは景色の一つと化してたよなこの建物。間近で見ると首の角度を酷使させられる。
――今日からここに住む? いやいや、そんなわけがない。
できればこっちがよかったなあ、なんて見上げていただけさ。
俺がこれから一人暮らしするとこを考えると、溜息をついてしまう。
少しはいい部屋を紹介してくれるのかなと思ったんだがなあ……。
暫く歩いて住宅街に入り、到着したのは見るからに古いアパート。
亀裂の走る壁にはよく分からん植物が生えている、所謂格安アパートってやつ。
俺の住む部屋は二階の角部屋だ。
風呂もトイレもキッチンもちゃんとある、設備は最新のに取り替えられているのはありがたい。トイレは拘る人間なんでね、和式は嫌なのだ。
六畳の和室も一人で暮らすなら十分か。
ちなみにこのアパート、ちょっとした事情がある方や警察関係の方が利用しているんだとか。
後者の点を踏まえると安全性は他よりも高いかな。
「あらぁ、君が新しく入る子ね?」
「どうも、今日から住まわせてもらう楠野浩介と申します。宜しくお願いします」
「よろしくね~。何か武術経験はある?」
「武術より剣術のほうが、豊富ですね」
美人な管理人さんだ。
腰まで伸びる長い黒髪、出るとこ出て引くとこ引くその大人の魅力を再現したかのような体躯には心の中でグッジョブと親指を立てざるを得ない。
エプロン姿で敷地内を箒で掃除をしているその様子は実に和むね……眼福眼福。
管理人さんはアパート敷地内の離れに建っている一軒家に住んでいるらしい、何かと理由をつけて遊びに行っちゃおうかな、なんて。
「そう、それはまた話が合いそうねえ。あ、防弾チョッキとか必要になったら遠慮なく言ってね?」
「防弾チョッキ」
「うん、あとは暗視ゴーグルなんかも置いてあるから」
「暗視ゴーグル」
「その他はねえ、ガスマスク、トンファー、警棒にスタンガン、メリケンサックといった生活必需品は一式揃ってるから」
「生活必需品の概念とは?」
管理人さんの話す内容は常識とは随分とかけ離れているなおい。
柔らかな笑顔でなんて単語を連呼してくるんだよ。日常では出てこない単語が軽く五個は出てきたぞ。
「たまに流れ弾が飛んでくる時あるけど気にしないでね」
「気にしますけど」
「大・丈・夫♪ 窓は防弾だから」
「その心配じゃなくてですね」
もしかして壁の植物は弾痕を隠すためのものだったりする? 流石にそれは穿った考えであろうか。
服の裾からちらりと見える肌にはいくつもの古傷が残っていたが、管理人さんが何者なのかは聞かないでおこう。
「お隣さんの挨拶はした?」
「あ、まだです。行ってきます」
「待って待って、これは私からの引っ越し祝いよ」
懐から何かを出してきた。
タダでくれるというのなら受け取っておこう。
「これは……」
「ヌンチャク!」
「……」
前言撤回したい。
どうしてこの人はそんな満面の笑みでこれをくれたのだろう。
「ラバー製よ」
「ラバー製」
笑顔に圧倒されて受け取ってしまった。
とりあえずこれは仕舞っておこう、お隣さんにヌンチャクを持って挨拶なんてしに行ったら通報されかねない。
アパートへ歩み寄るも、そこらに地雷かトラップでも仕掛けてないか不安だ。
真下の階は空き部屋らしく、というか……表向き空き部屋という話だとか。今後は魔物事件が発生した場合はこの空き部屋で話し合い等もするとか。
それはさておき、と。
ヌンチャクを部屋に置いて、お隣さんの部屋へ。
チャイムを鳴らし、ノックを数回。
「あのー」
平日の真昼間だと流石に留守かな?
と、思っていたら。
「……」
チェーンは掛かっているものの、僅かに開いた扉の隙間から、お隣さんと初対面。
警戒しているのかな。
「今日から隣に住む楠野浩介です。これ、つまらないものですが」
引越し、ご挨拶で調べたらサランラップが出てきたので三個ほど。
チェーンを解除して、彼女は粗品を受け取ってくれた。
おお、可愛い子。
いや待てよ、このアパートの住人はいくつか事情があったりする――であればこの子も……管理人さんのように武闘派属性があったり? ……それはないか、傷跡も無いし。
気になるのはずうっと無表情な事。
さっと彼女は粗品を受け取った。
ちらっと見えたが窓辺に望遠鏡らしきものを立てていた、星を見るのが趣味なのかな。
「どうぞよろしく」
「……ひあ」
握手を求めたところ、人差し指だけ握って握手してくれた。
ううむこれはこれで。
萌えというやつである。
「葵」
「葵?」
「
「ああ、苑崎葵さんね。よろしくっ」
寡黙的な印象。
見た目は十代――俺と歳はそんなに離れてないように見えるがもしかして年上? その童顔からでは年齢は計りづらいが年上だとしたらフリーター?
ニートの俺が余計な詮索したところでって話にはなるが。
彼女は言葉少なく、そのままそっと扉を閉めてしまった。
ううむ、反応的にはどうだったのか。あまりに無反応過ぎて不安だ。
「戻るか……」
さあ、一人暮らし一日目の始まりだ。
六畳間の中心にちゃぶ台を置いて、壁側にはテレビ台の上に小さな液晶テレビを設置してある。
押入れには布団をしまっておいてるので邪魔にならない、それなりに広々と使える。
畳の手触りも悪くはない、とりあえず寝転がろう。
「気持ちいい~」
といっても呑気に過ごしてもいられないんだけどね。
しばらくはここで様子見しながら敵の動向を窺い、街で調べた情報を集めながら敵の潜伏している場所も把握しにいく、と。
筋者は刑事さんが対応してくれるから気にしなくていい――って言われたけど気になるなあ……。
荷物整理も終えてこれといってやる事もない俺はとりあえずプレスタ4を起動した。
姉ちゃんは意外にもプレスタ4を持っていく事には反発はしなかった、ああもうこいつには何の未練もないのだなと。
飽き性だからなあ。ともあれプレスタ4で自由に遊べるのは大きいぞ。
「あんたが一人暮らしするなんて……」
「おわっ……! 姉ちゃん……ノックくらいしてよ」
扉がかすかに開いており、姉ちゃんが顔を半分だけ出して恨めしそうにこっちを見ていた。
室内に入るなり、早々にその深い溜息は一体何なんだ?
手提げ袋の中には生活用品の助けになるものが入っている、俺のために買ってきてくれたのか。それはありがたい。
「いやらしいもんでも見てたの?」
「そうじゃないよ、ゲームをするとこ」
姉ちゃんは上がりこんでは重々しく腰を下ろした、靴の整理すらせず一切の遠慮が感じられない。
今日は仕事のはずだけどどうしたんだろう、まだ昼だというのに。
「たまに飯食いに来るから。あとたまに部屋掃除しに来て」
「わかったわかった」
「てか飯作って」
「……はい」
食材も買ってきていたのは妙だと思ったがなるほど、昼飯目的か。
まあ俺も昼飯はまだだったから作ろう。
「姉ちゃん、スーツ姿だけど会社からはここ近いの?」
「そこそこ近いわよ、昼飯をどっかで食うよりだったらここで食べたほうがいいわ~」
昼飯どころか帰りには俺んとこよって晩飯を食うつもりなんじゃないだろうか。
許可無く冷蔵庫を開けて食材を放り込んでいるあたり、そのような魂胆を感じる。
「ここに住む人達ってなんか変な人ばっかねえ」
「そうかな?」
……そうかも。
特に管理人さんなんかはもう。
「家賃はタダっていうから許可はしたけど、やばくなったらすぐ戻ってきなさいよ」
「ああ、でも俺にはやる事が出来たんだ、終わるまで戻れないよ」
「とりあえずコントローラーから手を離して言いなさい、説得力ゼロよ? 早く飯作りなさい」
仕方がない、作るとしようか。
「無駄に正義感が強いのはいいけど、そのやる気を職探しに費やしたら?」
「い、今は一応ニートじゃないから!」
「半ニートってとこねぇ」
反論できない自分が悔しい。
仕方ないのでその悔しさを料理に注ぎ込むとしよう。
姉ちゃんも昼休憩には時間に限りがあるだろうし、手っ取り早く作れる野菜炒めにしよう。
豚肉を買ってきてくれているしこいつは多めに入れて、と。
うむ。
うむうむ。
ちゃぶ台で飯を食うのも、なんだかいいね。雰囲気が出てる。
「なあ、俺が飯を作れない時が増えると思うからさ、これを機に姉ちゃんも料理を覚えたら?」
「料理はそのうち」
姉ちゃんが言うそのうちとは、大体遥か先まで行わないという意味と捉えていい。
まったく、やる気もないのにそのうちなんて言葉を使わないでもらいたいね! おや、どうしてか心に今ブーメランが刺さったような。気のせいかな? 気のせいだな。
「彼氏出来たら料理が出来るってのはポイントが高いと思うんだけどなあ」
「いい男もいないのよねえ」
「きっとすぐ見つかるって、ちゃんと自分で家事ができるようになればね」
「なんで家事できる奴がいるのに家事をする必要があるの?」
「そこに疑問抱いちゃうかあ」
駄目だこいつ、早くなんとかしないと。
もしも俺が再び異世界へ旅立ったら姉ちゃんはどう生活するつもりなのだろう。
「浩介、さっきから気になってるんだけど」
「何?」
「あのヌンチャクは何?」
「深くは聞かないで」
どこにおけばいいのかも分からず行き場のないヌンチャクはカーテンレールに引っ掛けておくしかなかった。
魔よけ程度にはなるかなぁ……?
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