第9話 残されて泣き声を上げる

魔物というのはこの世界の突然変異種につけられる名称だ。突然現れて、あっという間に数を増やす。何がきっかけなのかは解明されていないが、見つけたらすぐに狩らなければ、滅ぼされるのは人間の方だろう。

ネズミよりも質が悪く、凶悪なのだ。


騎士団が砦に詰めて守っているのは敵国からの侵略だけでなく、国境付近の人目につかない場所で湧いている魔物の討伐も兼ねている。結果的に騎士団だけでは手が足りないので、順番に王都警備隊からも人手を出して討伐しているのが現状だ。


そしてその順番が13隊に回ってきた。朝早くから街道に沿って南下し、そろそろ日暮れの時間に差し掛かった頃、ベルグリフォンは街道脇で停止する。川が近くにあるため、馬を休ませるにも最適だ。


「そろそろ夜営の準備にしよう。フェンバック、皆に伝達してくれ。フィリオはガリムに伝えて夕飯の準備だ」


横に馬を並べていたフィリオが頷いて、そのまま飛び降りた。馬を近くの木まで連れていき手綱をくくりつけている。

その後でしんがりのガリムに話をしに行くのだろう。


今日の昼はフィリオが朝から仕込んでいたサンドイッチだ。休憩がてら手早く食べたが、しっかりと味のついた肉が旨かった。彼女の料理の腕に感謝する。

夕飯を思うとお腹が減った気がする。


「はぁ、1日馬の上で尻が痛い。今日の夕飯だけが唯一の楽しみですね。嬢ちゃんの飯はいつでも最高ですから」


伝達を終えたフェンバックが戻って来つつ、にやりと笑う。


「隊長が結婚できない理由もよくわかりますよ。あんなに可愛い子に胃袋がっつり掴まれてりゃ並大抵の女じゃ太刀打ちできないもんな」

「はあ? 俺はもともと独身主義なの、知ってるだろ」


フェンバックとの付き合いは傭兵時代に遡る。当時は商売女すら抱かないベルグリフォンは女嫌いだと言われていた。もちろん特定の恋人すら作らなかった。そんな自分を知っている筈なのに今更なんの話だ。


「あれ、隊長って独身主義なんですか? なんで、フィリオちゃんがいるからですか?」


いつの間にか傍にいたニクスが不思議そうに会話に入ってくる。


「フィリオは関係ない。昔っからだよ。俺はあんまり家族ってのに縁がないんだ。だから、欲しいとも思わない。そもそも家族養うのにこの給金はきついだろ」

「違いない!」


話したくない内容だったので、無理やり話を終わらせれば、それに気づいた独身のフェンバックがからからと笑う。ニクスは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「なんだ、最大の恋敵はやっぱり隊長ってことなんじゃないか」

「前からそうだって言ってるだろ。彼女が欲しけりゃ、あの親父を倒せ!」

「フェンバック、無駄に煽るなよ。部下を半殺しにはしたくないからな」

「あんたが強いって言ったって所詮、過去の話だろ。いい年なんだし引退しろよ」

「ばっか、ニクス冗談きついぞ! 隊長、こいつさっきもフィリオに料理の手伝いかってでて振られてヤサグれてるだけなんで気にしないでください」


慌てて駆け寄ってきたボルガがぱしんとニクスの頭を叩く。


「フィリオが気にしてないなら俺は気にしないが、アイツの嫌がることしたら一瞬で排除してやるからな」

「わかってます、こいつにもよく言って聞かせますから!」

「先輩、人の頭押さえつけないで下さいよ。だいたい、隊長ってほんと強いのか疑わしいつーか…」

「ほんと命知らずで無鉄砲だな! とにかく口閉じてさっさとマグワールのとこ向かうぞ」


暴れるニクスを羽交い絞めにしながら、ボルガがもう一人の新人の元へと逃げるように立ち去っていく。


「あんたの気持ちもわからなくもないが、あんなにいい娘を独り者決め込んでる男が抱え込むってのも考えものですよ」

「突然、なんだ?」


顔を上げれば思いの外、真剣な眼差しのフェンバックの顔があった。茶化す気はないようで、思わす言葉に詰まる。


ずっと同じ生活が、フィリオと二人だけの穏やかな時間が続くと考えていたわけではない。今度こそ終わりを決めている。ただ、穏やかな日々の終了を少しでも先伸ばしにしたかったのも事実だ。それを見透かされたように思えた。


「わかってる、さっさと話をするさ。しっかし、お前もそんなにフィリオの先を案じてるとか思ってなかった」

「連れてきてしまった責任くらい感じてますよ」

「ふぅん?」


12年前、確かにフィリオをベルグリフォンのもとに連れてきたのは彼だ。だが、そんなことをいつまでも気にするような男だっただろうか。

しかしフェンバックはそれ以上は語るつもりはないようでいつもの飄々とした表情に戻っている。


「嬢ちゃんがブチキレたら、なぐさめてあげますよ」

「お前の胸で泣くのはイヤだな」


できるなら、フィリオのふかふかの胸がいい。

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