第19話 ちゃんと


 次の日から婚活パーティーは本格的に始動した。

 一対一での会話から始まり、今は、大きな会場内で参加者たちがフリーで互いのことを話したりしている。

 飲み物を手にしながら自由に行動して、気になる相手の場所へ向かう。

 人が多い場所もあれば、人が少ない場所もあって、参加者は自由に交流を深めていた。


 それに伴い、俺たちサポート役であるバイトの仕事も増えた。


 人と話すのは苦手じゃない。

 本屋のバイトだって上手く接客できていたし、学校でも同級生たちと仲良くやれていた。

 けれどここは少し違う。

 大人の男女の様子を伺って対応しないといけない。それは人によっては、良く思ってくれることもあれば、悪く思われることもある。

 無駄な気遣いが、逆に邪魔だと感じられてしまうこともある。



「陸斗くん、向こうのテーブルの人たち、上手く話せてないみたいだから気にかけておいて」



 相良さんは周囲を見て、場の空気を読み、上手くやれている。



「あー、そこのテーブルの男性、あんまりでしゃばったらダメっぽい。飲み物のオーダー聞くぐらいで、あんま近付かない方がいいかも」



 萌木さんも、相手の性格や表情、雰囲気なんかを見て上手くやっている。

 去年も経験しているから、勝手が分かっているのかな。 


 参加者の中には、もちろん綾香さんの姿もある。

 綾香さんのことは気になっていたけど、それでも、綾香さんだけに集中していられる状況じゃない。



「へえ、本屋での仕事ですか」



 だけどふと、綾香さんが参加者の男性と二人で話している姿が目に入った。



「ええ、小さな本屋ですが……」



 綾香さんは少しだけ表情を曇らせながら答えた。



「それでも凄いじゃないですか! 僕も本が好きなので、本に囲まれた仕事なんて羨ましいです」



 相手の男性は、とても優しそうな笑顔が特徴的な人だ。

 年齢は三十代前半ほど。身長は180ぐらいの高身長で、筋肉質というよりは知的な細見な体型。

 見た目の印象だけでも、どこか真面目そうな雰囲気があった。



「気になるのかい?」



 会場内の参加者がドリンクを求めていないかを巡回していた相良さんに声をかけられた。



「あんまり見たら駄目だと思っていても、知り合いだからか、やっぱ気になっちゃいますね……」

「まあ、そうだよね。だけどあんまり見ない方が彼女も過ごしやすいんじゃないのかな?」



 知り合いに見られながら、というのは確かに嫌かもしれない。

 相良さんの言う通りだと思い、綾香さんと視線を合わせないようにしながら仕事を続けた。








 ♦












 このバイトを始めて6日が経った。



「仕事と、ここでの生活には慣れたかい?」



 バイト期間中だけ寝泊りさせてもらっている部屋で、風呂上がりの相良さんに聞かれた。



「なんとかですね」

「高校生なのにこのバイト慣れるって凄いね。僕なんて、毎年参加してなんとかって感じなのに」



 最初は気を張り続けていて辛かったけど、今は少し慣れてきた。それに仕事の内容としてはあまり難しいことじゃない。

 飲食店のウエイトレスに似ていて、その業務に追加で参加者への色々な対応を行う。

 もちろん、自分の対応が完璧だったかはわからないけど、自分としては頑張っているはずだ。



「そういえば、給料の使い道って考えてるの? 高校生の短期バイトにしては結構もらえるから、何か欲しいものとかあるの?」

「欲しいのとかはあまりなくて、ほとんど親に渡して……」

「えっ、親に?」



 驚いた様子の相良さんは、すぐに「あっ」と声を漏らす。



「そういえば、色々と複雑な家庭の事情があるんだったね」

「まあ、はい」

「……大変だね」

「いえいえ、大変じゃないですよ」



 返答に困って、言葉を選んでくれたんだろう。

 俺が笑いながら答えると、相良さんは複雑な表情を浮かべた。



「陸斗くんって大人だね」

「そう、ですか……?」

「僕の高校生のときは、まあ……って感じだったから。喋り方とか考え方とかね」



 年上の相良さんに『大人』だと言われて少し嬉しく思う。



「去年とか一昨年とか、一緒にここで働いていた子たちはやる気なかったから。みんな陸斗くんのこと褒めてたよ」

「そうなんですか、良かったです! このバイトを紹介してくれた人たちの顔に泥を塗らないよう頑張らないとって思ってたので嬉しいです」



 このバイトを俺に紹介してくれた七海さん。

 そして、七海さんの紹介を受けて採用してくれた一ノ瀬さん。

 俺が失敗したり問題を起こせば二人に迷惑がかかるから、俺は誰よりも真剣に仕事をしないとダメだ。



「……陸斗くんって」



 そんなことを思っていた俺を見て、相良さんは笑顔を浮かべた。

 笑顔。いや、たぶん苦笑いだ。



「大人になりすぎてるね」



 その言葉の意味がわからなかった。

 ただ褒められてはいないのかなって、そう感じた。


 えっと、と返答に困っていると相良さんは慌てて言い換えた。



「いや、大人になりすぎてるってあれだよ、良い意味でだよ! 僕の高校時代とか、陸斗くんみたいな同級生いなかったなって」

「あはは、そうですかね」



 そんなぎこちない会話をしながら、その日の会話は終わった。


 ──大人になりすぎてるね、か。

 大人になりたい、はやく。ずっとそう思っていた。

 だってそうなれば、お母さんも安心できると思うから。

 手のかからない子供でいれば、心配事がなくなって、体調も悪化しないで済むと思うから。


 だからこのバイトも、雇って良かったと言ってもらえる仕事をしないと。

 また来年、夏の短期バイトが見つからないかもしれない。だけどここでちゃんとできれば、また来年誘ってもらえるかもしれない。

 だからちゃんと。


 ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと……。 

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