幼稚園に通う妹が、年上のお姉さんたちをお持ち帰りしてくる

柊咲

第一章 甘えさせてくれる二人のお姉さん

第1話 清楚な保育士さん


 ──幼いころに親を亡くした子供は世界中にどれだけいるのだろうか?

 その子供たちは、その時、どんな気持ちだったのだろうか?


 悲しかったのか、

 苦しかったのか、

 それとも、亡くなったという事実を理解できなかったのか。


 だけど俺は、どれにも当てはまらなかった。


 喪服姿の母さんが涙を流すのを見て、


『なんで誰も来ないの?』


 という、疑問に思う気持ちが強かった。


 お葬式というのは、親戚中が集まって行うのだと思っていた。

 なのに父さんが亡くなったお葬式で、親戚は誰も来てくれなかった。


 泣き崩れる母さんと、その母さんに抱かれる赤ちゃんの妹。

 そして長男として生まれた俺だけ。


 誰か来るのかなと思ってたけど、これ以上は誰も来ない。


 葬儀場の従業員の人たちは、母さんに聞こえないように小さな声で「かわいそうに」って口にする。


 父さんを亡くしたのだから当たり前の言葉だろう。

 だけど母さんに向けたこの言葉の本当の意味を、この時の俺はわからなかった。


 ──親戚から勘当かんとうされたのに、母親はこれからどう二人の子供たちを育てるのだろうか? 生まれつき病弱だというのに。


 かわいそうに、と。


 その言葉も、その意味も、小学生だった俺には理解できなかった。

 ただ母さんが、父さんを亡くして辛そうにしてるのだけはわかった。



「……おれが、母さんの分まで頑張るから」



 たしかあの日、こんな感じのことを言った覚えがあった。

 小学生のころの記憶は曖昧だから、はっきりとは覚えていないけど。


 元気付けようと、子供ながらにそう伝えたのは覚えていた。


 だけど一つだけ、今でもはっきりと覚えていることがある。

 それは母さんが、俺に向かって笑顔で「ありがとう」と言ってくれたことと、その瞬間、凄く嬉しく思ったこと、それだけは覚えてる。


 その時の気持ちを、俺はたぶん、これからも忘れることはない。


 だから俺は、父さんが亡くなったあの日。

 この家族の父であり、兄であろうと、そう決心したんだ。

 絶対に誰にも甘えない、強い男になろうって、そう決めたんだ──。


 




 ♦





 高校二年になった6月初旬──。

 朝日が昇りはじめた住宅街を、俺は颯爽と自転車をこいでいた。



「……はあ、はあ。よし、ここでラストだ!」



 マンションの前に自転車を止め、荷台に乗せた新聞の束を手に走り出す。

 一軒家であれば一軒一軒、自転車をこいで行かないといけない新聞配達。

 マンションだと、今やほとんどの家がオートロックのマンションで、入口の所に住民の郵便受けがまとまってある。

 新聞配達をしていて、これほど楽な物件はない。

 ああ、全部の家がマンションだったら、新聞配達の仕事も楽になるんだけどな。



「まあ、無理か」



 そんな風に願っても叶うことはない。

 そして、今日の分の新聞を全て配り終えると、自転車をこいで家へ向かう。



「……ふう、今日も妹菜が起きる前に終わって良かった」



 労働で流れる汗が風に吹かれ少し心地良い。

 新聞配達のバイトを始めたのは高校に入学してからだから、かれこれ二年目に突入した。

 最初は朝早くて辛いとか感じたけど、今ではこの生活にも慣れてきた。


 そうして普段通り6時前にアパートへ帰ってくると、静かに家の扉を開ける。

 2LDKのアパート。玄関で靴を脱いでいると、キッチンから足音が聞こえた。



「……陸斗、おかえりなさい」

「ただいま、母さん。って、顔色悪いよ、大丈夫?」



 廊下の壁に手を付いた母さんは、いつになく辛そうな表情で迎えてくれた。

 俺が心配そうにしていると、母さんは首を横に振って、無理矢理に作った笑顔を浮かべる。



「ううん、大丈夫よ。それより陸斗こそ、疲れてない?」

「俺……? 全然、平気だよ! 日課みたいなもんだからね」

「……そう。ごめんなさいね」

「母さんは謝らないでって。それより、そろそろ妹菜まいなを起こしても大丈夫?」

「ええ、もう朝ご飯の支度はできてるから大丈夫よ」

「じゃあ、起こしてくる」



 俺は自分の部屋へ向かう。

 スー、スー、という寝息が聞こえ、カーテンを勢いよく開ける。


 眩しい日差しが部屋へ差し込めると、俺は妹である宇野妹菜うのまいなの頭を撫でる。



「妹菜、朝だぞ」

「ん、んんー、おにいちゃん?」



 寝ぼけてるのか。

 目元をこする妹菜が辺りをキョロキョロする。



「お兄ちゃんはこっちだぞ?」

「ん、あっ、おにいちゃん! おはよ!」



 目元をパチパチさせた後、妹菜はにっこりとした笑顔を浮かべる。



「おはよう。朝ご飯もう少しだから、顔洗ってくるぞ」

「うん! まいな、おにいちゃんと、かおあらう!」



 手を繋いで洗面台へ。

 キッチンからは、母さんが料理をする音が聞こえる。

 そして洗面台へ向かうと、俺は妹菜の歯を磨く。



「ほら前歯も磨くから、イーして」

「イー、イー!」



 鏡に映る妹菜が前歯を見せるように顎を前に出す。

 丸っこい顔の妹菜の口元は歯磨き粉で真っ白くなっていて、いつ見ても面白くて笑ってしまった。



「おにいちゃん、どしたの?」

「いや、なんでもないよ。ほら、早くご飯たべて幼稚園に行く準備するよ」

「はーい!」



 妹菜はリビングへ向かって走っていく。


 それから俺は、妹菜と母さんと三人で朝ご飯を食べる。

 妹菜が何かすると母さんが控えめに笑い、嫌いな食べ物を残さず食べるよう俺が妹菜に言う。

 いつも通りの、三人の朝食風景。

 そして妹菜を幼稚園へ向かう準備をさせ、俺も高校のブレザーを着て玄関へ向かう。



「それじゃあ、母さん行ってくるから」

「……ええ、行ってらっしゃい。お母さん、今日は病院に行ってくるからね」

「わかったよ。今日もバイトで帰りは遅くなるから。じゃあ、いってきます!」

「ママ、いってきます!」

「……いってらっしゃい」



 母さんは弱々しく手を振る。

 その表情は辛そうで、嫌だけど、いつも通りの表情だった。


 俺は妹菜の手を握って幼稚園へと向かった。

 登校途中に幼稚園があるから、うちは幼稚園バスに迎えをお願いしないで、いつも一緒に登校するようにしてる。


 そうして、いつもの道を歩いていくと、幼稚園が見えた。


【青空幼稚園】


 すると、握っていた手が離れ、妹菜が走り出した。



「あっ、しいなせんせー!」



 走り出した先にいた女性は、妹菜を見ると優しい笑顔を浮かべる。



「妹菜ちゃん、おはようございます」

「おはようございます!」



 暗い色合いの茶色の髪を縛り、左肩から垂らした髪型。エプロンを付けててもわかるほどスタイルが良くて、整った顔立ちは美人だと思える。

 少しおっとりした雰囲気と清楚な印象を受けるが、唇の左下に色気も感じる。


 男子高校生には魅力的すぎるほどの幼稚園の先生──椎名七海しいなななみさんは、妹菜へ向けていた笑顔を俺に向ける。



「陸斗くんも、おはようございます」

「お、おはようございます!」



 大人っぽい視線を向けられると、声が上擦ってしまった。

 すると、七海さんは心配そうに近付いてきて、



「陸斗くん、どうかしたの……?」

「いえ、なんでもないです!」



 心配そうに見つめてくる七海さんを直視できない。

 思春期の高校生には大人の女性、それも魅力的すぎる七海さんを直視することができない。

 それでも妹菜の送り迎えをしていたから、少しは話せる仲にはなれている。



「それじゃあ妹のことお願いします。俺はこれで……」



 だけど恥ずかしくて、俺はいつも逃げるように学校へと向かおうとしてる。


 そんな俺を、七海さんは「そういえば」と止める。



「陸斗くん、今日もバイト?」

「あっ、はい。母さんは病院に行くみたいですけど、家にはいると思います」

「わかりました。じゃあ、帰りはいつも通りに妹菜ちゃんを幼稚園バスで送り届けますね」



 ニコリとした優しい笑顔。

 いつも俺のバイトが終わるのが遅いから、行きは送れるけど、帰りは幼稚園バスで家まで送ってくれる。



「いつもすみません」

「いえいえ。それじゃあ妹菜ちゃんは預かります。……だけど、あまり陸斗くんも無理しないでね。家庭事情は聞いてるけど、お兄ちゃんだからって無理して体を壊したら大変だもの」

「あはは、まあ、無理はしないようにしますね」

「何かあったら相談してくださいね。先生はいつでも相談に乗りますから」



 俺はありがとうございます、と伝えて、妹菜と七海さんに手を振られながら幼稚園を後にする。


 相談、か……。

 七海さんは妹菜だけじゃなくて、俺のことも親身になって心配してくれる。

 それは嬉しい。だけど、誰かに弱い部分を見せたくないと思ってしまう。



「弱々しく見えてるのかな。頑張らないと」



 ──だけど、この時の俺は知らなかった。


 後に清楚系な七海さんが家に来て──あんな感じで、俺を甘やかそうとしてくれるエッチなお姉さんになることを……。

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