第4話 それぞれの道(sideグレンズ)



【昨日、一年と十七日眠り続けたディアナ・ベルナール公爵令嬢がついに目を覚ました】


 ……眠り姫はやっと目覚めたか。

 新聞の見出しに大きく書かれた文字を流し読みし、そのまま捨てた。地面に落ちたそれの裏面には 皮肉にも【指名手配中:グレンズ・オルセン】と書かれていた。


 ディアナが無事に目覚めたのなら、私はもうこの国に用はない。


 あの日、私は王都を出て地方に逃れた。今はそこで知り合った女画家のジーナの家に転がり込んで暮らしていた。


 私はすぐさま部屋の荷物をまとめた。部屋の中でとぐろを巻いていた可愛い蛇達は、荷物の中に紛れようと体を変化へんげさせていた。



「もう行くの?」


 ジーナは私を見てそう言った。

 多くを語らず旅人だと伝えたおかげで、彼女は私がいつ去ろうと引き止めはしない。王都にいた頃とはある程度見た目を変えたおかげで、私の正体に気付かれることもなかった。


「ああ、色々とありがとう。世話になったね」


 貼り付けた笑顔と気の抜けたような声を作って私はそう言った。


「そっか、……だけどまだ貴方の絵が出来上がってないんだけど」


 そう言って彼女は描きかけのキャンバスを見せた。

 いつの間にこんなものを描いていたんだ。私の絵など残してしまえば、行く先で足跡をつけているのと同じだ。ただでさえ、王都からの追手が増えてきていると言うのに。


「買うよ。いくらだい?」


「非売品よ」


 勝気にそう言い切られて苛立った。それならば魔法で燃やしてしまえばいいだけの話だが、何故か躊躇してしまう。


「ねえ、旅人だなんて嘘なんでしょ? 王都からそんな風に逃げてきて、一体何をしでかしたの? 最後に本当のこと教えてよ」


 ジーナは目を輝かせてそんなことを言ってきた。なんなんだ、鬱陶しい。


「それ以上詮索しないでほしいなぁ。もしかしたら私は、凶悪殺人鬼かもしれないよ?」


 私はそう言い残し、その家を出た。もう二度と会うこともない。三流の画家の一枚の絵ぐらい……見逃してやるか。

 そう思っていると、背後から走る足音が近付いて来た。


「ちょっとっ! ねえ、さっきの話だけど……貴方、そんな悪い人じゃないでしょ」


「なんだ、君か」


 追いかけて来たのはジーナだった。そんなことを言うために走ってくるなんて、変な奴だ。


「ってことでさ、私も一緒に連れてってよ」


「はは、ごめんねぇ。それは無理なんだ」


「ねえ、その嘘くさい話し方やめたら?」


「な……」


「どうせ隣国へ逃げるんでしょ? 実は当てがあるの。大丈夫、きっと後悔させないわ」


 そう言い放った彼女は、有無を言わさず私の前を歩き出した。


「はあ……勝手にしろ」

 

 私はそう大きく溜息を吐いた後、表情を素に戻した。




 道中、王都の方角を一度だけ振り返った。ふとあの時の、ディアナの言葉が頭をよぎる。


『貴方の時が戻ったのは、復讐のためじゃない。幸せを掴むためよ』


 それを聞いた時は、何を馬鹿なことを言っているのかと思った。

 だけどあの日、ディアナのために大勢の人間が動いているのを目の当たりにした。もう“あの頃”とは違うのだと思い知らされた。

 そんな中で復讐なんてやってられない。結局私はそう思ったんだ。



 ディアナ・ベルナール……これからも、君の道を進んでいけばいいさ。君が新たに切り開いた道をね。



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