第8話 決意


 ちょっと、一旦状況を整理しましょう。

 今日は学園がお休みだ。だから私は目覚めてすぐに、自室の本棚を隅々まで調べてみることにした。あんなことがあったから、頭の中を整理しておきたい。

 確か、この辺にアレがあったはずなんだけど……。


「あっ、あった!」


 いやぁ、もう無駄に身長があるから本棚の一番上の段にも楽々手が届く。

 そうそう、これこれ。手に取ったのは、私が小さい頃に使っていた手帳だ。革製の立派な表紙とは裏腹に、書き込んであるのは数ページだけ。飽き性の私はいつもそうだった。でも確かこの手帳には、魔法療法をする前に書いたゲームのディアナに関する重要なことがまとめてあるはず。

 だからもう一度、それと今の状況を照らし合わせて考えてみようと思ったの。



 手帳を開くと、お世辞にも上手いとは言えない字が続いていた。

 ページをめくるとそこには、殿下やリチャード様やギデオンの情報がびっしり書き込まれていた。


『ランドルフ・エメ・ルーブ。婚約者で第二王子。ディアナに関心がなく冷めきった婚約関係。ヒロインを虐め、殺そうとしたディアナに激怒。ディアナが影で王政批判勢力“ポプラレス”の犯罪行為に力を貸していたことを知り断罪する』


『リチャード・テューダー。魔法医令息。幼い時から傲慢なディアナに嫌悪感を抱く。ヒロインを虐め、殺そうとしたディアナに激怒。ディアナの悪事を親友のランドルフに進言しディアナは断罪される』


『ギデオン・アンブリッジ。ディアナと従姉弟同士。不仲。女性不信。ヒロインを殺そうとしたディアナを一族から追放する。その後ディアナはポプラレス関連の悪事が発覚、すでに一族を追放されたので誰も助けに来ずディアナは処刑される』


 私ったらこんな風に書いてたんだ……。

 今ではこの三人との関係もいい方向に向かっている。だけど先日の出来事のせいで、再び不安になってしまった。


 ふと、先日の幻術で見せられた“処刑前のディアナと殿下”のやりとりがフラッシュバックする。


 あの殿下は、ひどく心が傷ついているように見えた。ディアナを許せないと言いながらも、影でディアナを助けようとしていた。きっと王族として背負っている立場や期待と、本来の殿下の優しさがぶつかり合ってしまったんだと思う。

 あの夢の真相はまだ分からない。だけどあの生気を失った人形のような殿下の表情を思い出すと胸がチクリと痛くなる。


 あれは本当にループ前の記憶なのかな。グレンズ先生の言葉を全て信じるのは危険だと思うけど、あの夢にどこか懐かしさを感じたのも事実だ。

 それに実際に異世界転生をしてしまってる私からすれば、逆行現象がありえないとは言い切れない。

 何はともあれ、私はもう殿下にあんな顔をさせたくない。前世の記憶を思い出したばかりの頃は、ただ処刑を免れたい一心で行動してた。だけど今はそれだけじゃない。


 皆を守りたい。私に優しくしてくれた人達に悲しい思いはさせたくない。誰も傷ついて欲しくない。そのために私は、できることをするんだ。



 私はゆっくりと深呼吸した。気持ちを落ち着かせて、手帳の最後に書かれた部分に目を通した。


『ポプラレス。魔力を保持しない王政批判派の集団。主なメンバーは……』


 ここで記述は終わってる。この頃の私は、攻略対象三人のことで頭がいっぱいだった。だからポプラレスのことは二の次だったんだろう。記述は途中のままで終わってる。

 魔法療法の治療後、私は前世の記憶の一部にもやがかかってしまった。そのせいで、今思い出せるポプラレスについての記憶はもうない。だからグレンズ先生がポプラレスの一員だってことも気付けなかったんだ。


 私は椅子に腰掛けて、ペンを取った。そして書きかけの部分の続きを書いてみることにした。


『グレンズ・オルセン。魔法学園テネブライ教官。ポプラレス幹部。ジュリア・マグレガー暗殺を企てる。ディアナを利用。目的は何?』


 ポプラレスについて分からないことが多すぎて、結局曖昧な書き込みになってしまった。

 私は最後に『ポプラレスの陰謀、必ず阻止する!』と大きく書きこんだ。


 まずは情報を集めないと。ポプラレスについても、グレンズ先生についても、それに狙われてるジュリアちゃんについても。私は知らないことが多すぎる。


 この前のグレンズ先生の雰囲気は別人のように恐ろしかった。戦っても勝ち目がないってことが一瞬で分かった。


 でも逆に、そんなに強い人が今までジュリアちゃんに何も行動を起こせないでいて、わざわざ私に協力を頼むってことは……何か事情があるのだろうか。

 グレンズ先生自身の手ではジュリアちゃんを暗殺できない理由が何かあるのかもしれない。


 頭の中にいろいろな憶測や考えが浮かんでは消える。頭がパンクしそうだ。

 ポプラレスの陰謀を阻止するって決めたけど、私だけの力でそんなことできるだろうか。ジュリアちゃんやみんなを守れるだろうか。正直自信がない……。

 少しでもいいから殿下にこのことを相談したい……。

 だけどだめだ。こんな危ないことに殿下を巻き込んじゃいけない。それに私には口止めの“まじない”がかかってるんだった。


 だけどせめて誰か大人に、グレンズ先生の正体を伝えられればいいんだけど……。

 私はそう思いながら目線を下げた。あ、そうだ。この手帳を外に持っていけばいいんだ。そう閃いた私は、持っていた手帳を胸に抱えて部屋を出ようとした。


「あれ?」


 だけど部屋を出た途端、抱えていたはずの手帳が本棚に吸い寄せられるように戻っていった。何度試しても同じだった。どうやらあの夢のことを書き込んだものは外に持ち出せないらしい。

 持ち出せないなら、人を呼べばいい。私は周囲を見渡した。そしてちょうど廊下にいたメイドのリナに声をかけ、自室に招いて手帳を見せた。


 だけどその瞬間、手帳は糊を付けられてしまったように紙同士がくっついて開かなくなった。


「……! どうして?」


「お嬢様? どうかしたのですか?」


「いいえ……なんでもないの」


 私がそう答えると、リナは不思議そうな顔をして仕事に戻っていった。

 その背中を見つめて思わず溜息が出た。やっぱり他人には伝えられないんだ。


 私は恨めしげに小指に光る指輪を睨んだ。何度も外そうと試みたけどだめだった。恨めしい。これさえ無ければ……。


 私は切にそう思いながら、小指に化粧用油を塗ってみた。お母様曰く、油で指を滑らせておくと、どんなにきつい指輪でもするりと抜けるらしい。私は少し期待をしながら、再び指輪を引っ張ってみた。だけどやっぱり、それはびくともしなかった。

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