第6話 ティータイム


「それは、君がその“約束”を思い出すしかないよ」


 ランドルフ殿下は一息ついてそう言った。殿下がそう言うとすごい名案みたいに聞こえてしまうけど、それ私も思ってましたから。

 なんと今私は王宮の一室で殿下と一緒にティータイムしてます。なんでこんな事になったかと言うと、少し遡るけど……。

 例の誕生日パーティーもといリチャード様への謝罪をしたのが半年前。あれから数日後、私は突然王宮に呼ばれたの。殿下とは今までは公式な行事ぐらいでしか顔を合わせていなかったから、こんな呼び出しを受けて冷や汗が止まらなかった。だけど行ってみると、ただお菓子と紅茶が出てきて最近何か楽しいことはあったかとか、たわいない話をされて帰された。

 そんな事が何回か続いて分かったことは、殿下は茶飲友達が欲しかったのだということ。私は一応は婚約者だけど、茶飲友達の方がしっくりくる関係だ。


 それから週に一回ぐらいのペースで、王宮御用達の高級お菓子とともに雑談するのが日課になっていった。それで今日は最近の出来事を話して、従弟と仲直りするにはどうしたらいいか殿下に訊ねてみた。私はあれからギデオンに何回も謝ってるけど無視されるし、睨まれるしで完全に悪循環で嫌われる一方だったから。


「私もそう思ってはいるのですけど、どうしても思い出せないんです」


「本当に心当たりないの? おかしな話だね」


 殿下はそう言うと、他人事のように(まぁ本当に殿下にとっては他人事だけど)乾いた笑みを浮かべた。週一のペースで会うようになってから殿下は以前のような作り笑いよりも、こうやって高みの見物しながら鼻で笑うみたいな表情をすることが多くなった。ゲームではこんなキャラじゃなかった気がするんだけど……。確かに少し腹黒い一面はあったけど、基本完璧な王子様だったはず。

 でもそれはゲームヒロインに対してだったし、やっぱり私が悪役令嬢ディアナだからそこまで気を配る価値もないってことなんだろう。最初は殿下の態度にちょっとヘコんだけど、慣れたらどうってことない。今ではアララまた素が出ちゃってるよーぐらいにしか思わなくなった。


「私の小さい頃の記憶ってちょっと変なんですよね。最近のことは大丈夫なんですけど、三年以上前のことになると靄がかかったみたいに隠されてるような感じで。小さい頃ギデオンと会ったことは覚えているんですけど、何して遊んだとか、どこで遊んだとかは全く覚えてないんです」


「へぇ、誰だって小さい頃の記憶は曖昧だろうけど……その断片的な記憶に靄がかかってるっていう表現は引っかかるね。同じようなものを王宮図書の医学書で読んだことがあるよ」


「えっ、もしかしてこれ病気ですか?」


「病気というか、身体の防御本質って感じかなぁ。枝葉健忘しようけんぼうって言葉知らない?」


「シヨーケンボウ?」


 え、何語ですかそれは。私が頭にハテナを浮かべていると、殿下がニヤリと嬉しそうな顔をした。まずい。これはあれだ。今からあれが始まるやつだ。難しい話が。

 殿下は人生二回目かと思わせるぐらい色んなことに詳しい。いや、実際人生二回目なのは私なんだけどね。そして殿下はスイッチが入ると饒舌にそのことを教えてくれる。でもいつも私は話の半分ぐらいでついて行けなくなって、頭がパンクしそうになって終わる。


枝葉しようは木の枝に付いてる葉のこと。健忘は忘れること。つまり記憶の中の枝葉のような小さなことを忘れてしまうことだよ」


「なるほど、記憶喪失みたいなものですね」


「えーと。そのキオクソウシツっていうのはどういう定義か知らないけど、枝葉健忘は要するに昔のどうでもいい記憶を敢えて忘れることだよ」


 あ、記憶喪失って言葉はここにはないのか。こっちの世界にはたまに通じない言葉があるんだよね。ゲーム内で使わなかった言葉だからかな。不思議。


「敢えて忘れるんですか?」


「うん。昔のことを普通に忘れるのは誰だってある事だよね。でも断片的に靄がかかる状態になるのは、何かの衝撃で脳の許容範囲を超えてしまって、記憶の空きを作るために日常生活に支障のないどうでもいい記憶から優先して敢えて忘れるようにして平常を保つんだ。それが枝葉健忘。君がそうかは分からないけど」


 へー。初めて知った。たぶんこの世界特有の言葉なんだろうな。殿下って物知りだなぁ。

 ん? 待てよ。脳の許容範囲を超えるような衝撃……?


「原因となる衝撃は人それぞれらしいけど、何か衝撃的な出来事に心当たりがある? 例えば……子供が見ちゃいけないものを見たとか」


「見てません!!」


 私が強めに即答したら、何が面白いのか殿下は笑い声を抑えようとピクピクと震えだした。完全にからかってるわね。そもそも子供が見ちゃいけないようなものは我が家には置いてませんから!

 でも、脳のキャパを超えるような大きな衝撃か……。



「一応心当たりはあります。ちょうど半年ぐらい前ですけど」


「何があったの?」


「……それは言えませんけど」


 言えるわけない。ケーキを嘔吐した拍子に前世の記憶が戻ったなんて。


「……へぇ、言えないようなことか」


「いや、あの、そういう系じゃないですからね」


「え? そういう系って何かな?」


 ああもう、計算しつくされたキラキラお目々でこっちを見ないで欲しい。最近どんどん殿下のペースに嵌められてる気がする……。見た目に反して中身はとんだガキ大将だよ。


「そ、そんなことより。もしよかったらなんですけどそのシヨーケンボウについての本を見せて頂けませんか?」


 その本を見れば靄がかかった記憶を取り戻す術が書かれてるかもしれない。


「え、無理だよ。王宮図書の本は持ち出し厳禁だし、そもそも部外者は入れないよ」


「ぶ、部外者って……。私こう見えて殿下の婚約者なのですけど……」


 これゲームヒロインだったらきっと「好きな本を自由に読みたまえ」って言われて図書館に入れてもらえるとこでしょ普通……まぁどうせ私は悪役でヒロインじゃないですけど……。


「うん、部外者だよね。あそこには国家機密もあるし、あらぬ疑いをかけられたくないなら行かない方がいいよ。医学書が読みたいならリチャードのところへ行った方がいい」


「あ、その手がありましたね」


 リチャード様のご実家は、王族専属医師も務める歴史ある魔法医師の家系。だから医学書もたくさんあるはず。

 でも、リチャード様が了承してくれるだろうか。あの一件から許していただいたけど、未だに話す時はぎこちないし、目が合うとすぐに反らされてしまうし。私の自業自得だけど、まだちょっと怖がられてる気がするんだよね……。


「じゃあ今度リチャードに話を通してあげるよ」


「ありがとうございます」


 殿下って意外と面倒見がいいところある。意外と。まぁリチャード様が来てもいいって言ってくれるかは分からないけど。あんまり期待せずに返事を待つとしよう。



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